4 幽霊屋敷と一軍女子の彼氏
閑静な住宅地を二人で歩きながら、俺は訝しげにこの学校一の美少女を横目でチラチラ眺める。
まあ……可愛いのは認めるよ。正直ハンパない。
だけど今俺が気にしているのはそこじゃない。こいつが自ら「祓魔師」だとカミングアウトしたことだ。
今さら母ちゃんの知識に頼るのも気分が悪いが、心霊関係の知識なんて自ら仕入れてないからそこしか情報源がない。
その唯一の情報源によると、祓魔師とは、儀式を行うことによって悪霊なんかを退魔する祈祷師のような存在のはずだ。その儀式を行うためには、確か十字架とか聖水とかそういう類のごちゃごちゃしたアイテムが必要だったはず。
しかし今、こいつは何も持っていない。
完全に手ぶらだ。バッグすら持っていないのだ。財布とかどこに入れてんのって思うくらいに何もない。
しかも俺の記憶が正しければ、霊を祓うには儀式の中で「霊の名」と「霊となった経緯」を霊に対して宣告しないといけないはずだ。自分の名と正体を知られた霊は強制的に成仏させられる……んだったと思う、確か。
仮に道具をきちんと用意できたとして、どうやってそれを知る?
正法さんのばあちゃんが亡くなってから心霊現象が発生したということで、ばあちゃんの霊だと当たりをつけているのだろうか。そうだとすると名は分かるかもしれないが、しかし霊になった経緯のほうはそう簡単に知れるものじゃない気がする。
いや、別に俺はいいよ? 信じてないから。
でもお前は信じてるわけだろ。なら、居ることを前提とした下準備ってやつが必要じゃないのかよ。
ええい、なんで俺がそんなことを心配しなけりゃならんのだ!
放っておけ、どうせ居ないんだから霊なんて。
胸をモヤモヤさせながらスマホを見ると、時刻は午後九時頃。
なんかデカい家ばっかの住宅地だなとは思っていたが、案の定だ。正法さんちは、すっげーお金持ちだった。
和風の大きな門に取り付けられたインターホンを六原が押す。
「はーい。どちら様ー?」
「琴音か。儂じゃ」
「俺だ」みたいな言い方で誰だかわかるというネタは漫画やドラマだけの話と思っていたが、若い女の声で「儂」ってのは確かに人物特定が容易かもしれない。
「うん、遅くにありがとー。ちょっと待っててねー」
インターホンの向こうで喋る正法さんは、舌足らずで可愛らしい声だ。
しばらく待つと、俺たちのいる門から三〇メートルは離れている家の玄関引き戸をカラカラと開ける長い茶髪の女の子が現れたが、ここからでは顔の造りが判別できないくらいに遠い。
彼女はこちらへ近づいてくると、喋る前に六原へ抱きついた。
「ごめんねー。今日も音が聞こえてさ。彼氏もいるんだけど、怖くて」
「早速確認しよう。ああ、電話で伝えたとおり助手を連れてきた。イッポーという」
「初めましてー。正法琴音です」
「初めまして、守勢一方です」
「え、なんでイッポー?」
「えっと。漢字がですね……」
他人の紹介をあだ名でやるな。余計な説明が増えたじゃないか。
「まだ助手じゃねえ!」と言いたかったが、俺がそれを口にする前に六原と正法さんはさっさと家のほうへ歩いて行った。
家へ入ると、どこの料亭かと思うほどの広さを誇る玄関ホールがお出迎え。
真正面にある衝立がまた普通の家っぽさを消していてインパクト大だ。和の高級旅館といった風情で、俺なんて借りてきた猫も甚だしい状態。
それにエアコンもよく効いている。外はむわっとした暑さだが、玄関ホールへ入った時点でめちゃくちゃ涼しい。さすがはお金持ちだ。
俺の自宅の延べ面積よりも広そうなリビングへ案内されると、うちの高校の制服を着たイケメン男子高校生が、高級そうなデカいソファーに座っていた。
「この人は、あたしの彼氏の空沼蓮くん」
正法さんから紹介された彼は、ソファーに深く背中を預けたまま、声を出さずに頭だけちょいと下げた。
話によると、正法さんのご両親は二人で旅行へ行っていて、大学生のお兄さんも趣味の関係で関西へ出かけているので誰も家には居ないらしい。
それで彼氏を連れ込んでいたんだろうか。
なんだか嫉妬で気分が悪くなってきた。というか、これから貴重な愛のお楽しみタイムが始まろうというのに俺たちみたいなのがズカズカやってきたのだから、むしろあっちのほうが気分が悪いのか。
「その辺に座っててね。お茶入れるから」
空沼は初めから遠慮が感じられない態度でソファーへ体を沈めている。
彼氏だから慣れてるのか? ああいう態度はさすがにできないので俺は丁寧にソファーへ腰掛けた。
大きくて高価そうな木製一枚板テーブルの上にホットコーヒーとチョコパイが出されると、途端に顔が明るくなる六原。もぐもぐしながら恍惚の表情となっているところからして、きっとこいつは甘いものに目がないのだろう。
続いて、コーヒーをブラックのままズズズ、と啜って、
「はあぁ……」
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
この家はガンガンにエアコンが効いているので、俺たち二人はホットをお願いしていた。六原と同じく俺もコーヒーが大好きで、ブラック派。この点だけは気が合うかもしれない。
チョコパイが無くなると──つまりそれはチョコパイが無くなるまで全く本題に入ろうとしなかったことを意味しているのだが、六原は急にキリッと顔を引き締めた。
「夜も遅い。琴音よ、早速だが起こったことをもう一度詳しく聞かせてくれ」
どうやら今日は、パチンパチンと鳴るその異音が特に激しかったらしい。空沼もそれを聞いたようなのだが、俺が見る限り、空沼は存外平気な顔をしている。
というか、女子二人の会話をつまらなさそうに聞いている。興味などございませんといった振る舞いだ。この後に繰り広げられる夜の営みのことしか頭にないように思えて、俺はだんだんムカついてきた。
なるほど、こいつがこういう態度だから正法さんは怖いんだ。
話を聞く限り、正法さんと空沼が電話をしている時にも度々この音は鳴っている。それで正法さんは空沼に恐怖を訴えたそうだが、この様子を見る限りこいつはきっと相手にしていないんだろう。
こいつ的には「幽霊だなんて何を馬鹿なことを言ってるのか」という心境なのかもしれない。
それは確かに俺も同感だが、せめて不安がる彼女のことくらいは優しく慰めてやってほしいと思う。こんな奴がモテるなんて、マジで世の中、間違ってる。
「琴音。この現象が始まったのは、婆様が亡くなってからじゃったな」
「うん。でも、おばあちゃんが化けて出るなんて、あたしは信じらんないけどねー。あたし、ずっと可愛がってもらってたから。恨みで音を鳴らしたりはしないと思うんだ」
霊を前提とした会話をしているからだろう、空沼が呆れたような顔をしている。まあ俺もだから人のことは言えないけど。
とりあえず、まずは正法さんのばあちゃんが使っていたという一階の部屋へ向かうことになった。