39 ミココの過去
電車を乗り継ぎ、目的の海岸へ移動する間、幽の言葉が頭を巡った。
あくまで、これはミココの命が懸っているから。
ミココが好きだからとかじゃない。人命の話なんだ。
本来は海水浴で賑わうはずの夏の砂浜。だけど、今は陽が落ち、真っ暗になったせいで誰の姿も見当たらない。
暗くなった砂浜で、ミココは一人ぽつんと三角座りしていた。
まだ無事なミココを見つけることができて、ずっとピリピリ胃が痛んでいた俺は緊張から解放されて気が抜けそうになる。
が……砂浜に座り込むミココの後ろから近づいて気づいた。ミココは、スマホで動画を視聴していた。
「おい! ミココ!」
声を掛けても反応はない。視線はスマホ画面に固定され、一切の外界情報がシャットアウトされている。
やめさせないといけない。こんなこと、命を懸けてまでやることじゃない。
俺たちの知らない他人が今後も犠牲になるかもしれないが、しかし俺たちがやらなきゃならない理由はない。ミココが命を賭してまで、やり通す義務はないんだ。
俺はミココの肩を掴んでやめさせようとする。
その時、意識が持っていかれるような感覚に陥った。
ミココが見ている動画の音声と、俺の頭の中で響く音声がリンクし始めた。
次第にミココが見ているスマホ動画が俺の頭に直接入ってくるような感覚になって。
どうやらミココに触れたことで、俺にも動画内容が見え始めたらしい。
────…………
棺桶が置かれている。ここは、お葬式の会場だ。
きっと家族葬なんだろう。参列している人の数はそれほど多くない印象だ。
俺は、この動画に登場する誰かの視点で見ているようだ。俺が乗り移っているこの人物は、葬儀場の最前列に座っている。
棺桶の奥、たくさんのお花に囲まれた顔写真に写っている男性は、俺の知らない人。だけど、この人、なんとなくミココに似てるような気がする。
「ミココ。いくよ」
隣に座っていた女性が俺に──というか、この視点の持ち主に声を掛ける。
「ミココ」と呼び掛けられたところからして、この視点はどうやらミココだ。でも、視界に映るミココの体は幼くて、到底高校生には見えない感じ。この動画、ミココの過去を追体験する動画にでもなっているのだろうか?
その女性が先導し、ミココは立ち上がる。
お焼香のために、女性と二人で並んで手を合わせる。この女性、なんとなくだがミココの母親のような気がした。
ミココの視界ははっきりと景色が見えない時が多くて、映像はずっと揺らいでいる。きっと泣いているんだろう。
「お父さん」
小さな声でミココが呟いた。
つまり、亡くなったのはミココのお父さん。あの顔写真は、ミココのお父さんなんだろう。
うつむいたミココの視界は歪んではっきり見えなくなった。
手で目を拭く。おもむろに女性のほうへ視線を向けて……俺は目を見張った。
その女性は、口元をほんの少しだけ引き上げていたんだ。
悲しすぎて逆に微笑んでしまっているとかでは絶対にない。
喜んでいるんだ。ミココは、すぐに女性から視界を外す。
モタモタしていると思ったのだろうか、女性は凍りつくような目つきでミココを睨みつけた。慌ててお焼香を済ませ、ミココは女性の後に続く。
家に戻ってからも、ミココはずっと泣いていた。
もちろん、お父さんの死がミココに涙を流させていることは間違いないだろう。
だが、部屋で閉じこもっている最中、彼女は妙なことを口にする。
「お父さん。本当は、どうなったの。知りたい。知りたいよ……」
俺には意味がわからない。
握りしめたミココの拳の上に、涙がポタポタと落ちる。ミココは自分の部屋の机の上に置いてあったノートPCを開いた。
パスワードの入力画面。ミココはそれをじっと眺めて、一つずつキーを打ち込んでいく。
しかしロック解除には至らなかった。
「お父さん。お父さん」
この様子からして、きっとこれはミココのお父さんのPCなんだろう。だからパスワードが分からない。
ミココはノートPCを畳んで抱きしめる。抱きしめたまま、嗚咽を漏らした。
その様子を俺が黙って見ていると……急にミココが小さく叫んだ。
「……あっ」
ノートPCを再び開ける。
パスワード入力画面がまたしても現れる。
今度は、慣れた手つきで入力する。
驚くべきことに、ロック画面は一回目で解除された。
ミココは、まるで自分のPCであるかのようにファイルを開いていく。
その中の一つ、文章が書かれたファイルを開ける。こちらにもパスワードロックが掛かっていたが一度も引っ掛かることなくミココは解除した。
俺はその内容を、ミココの視点で読んでいく。
そこに書かれていた内容を要約すると、「ミココの母が、ミココの父を殺そうとしている」ということだった。
度々奇声を発してヒステリックになったこと。突然情緒不安定になって包丁を持ち出すことがあったこと。食事には虫が入っていることが何度もあったこと。
頻回に渡る食事への異物混入が故意ではないかと疑った父がダイニングキッチンに小型カメラを仕掛けたところ、母が父の食事に何かの薬を混ぜているのを父は知ってしまったこと。
しかし即死する薬など混ぜたらすぐに捕まってしまうだろうから少量なら耐えられる毒なんだろうと考え、体調不良を言い訳にして家で食べる食事はごく少量にとどめたこと。
信じられない内容だった。やっているほうの思考も、やられる側の反応も、俺からすればこんなことがあり得るのだろうかと疑いの念を禁じ得ないほどだ。
しかし、どうしてミココはこのPCのパスワードが分かったのだろうか。
その謎は、今のミココが残留思念を読み取れることと併せて考えると、すぐに解けた。
強烈に真実を求める願いがサイコメトリーを手繰り寄せた。
父の遺品であるPCに触れて残留思念を読み取ったこの時に、恐らくミココは能力に目覚めたんだ。
その後、ミココはPCを持って警察へ行った。
しかし父は心不全で処理され、解剖しようにも既に火葬されている。
母を裏切ったミココは、母から暴行を受けることになった。
包丁を手に監禁しようとしてきた母の隙を突いて必死に逃亡したミココは、虐待を訴えて遠方にいる父方の祖父母を頼った。ミココの母の凄まじい形相をミココ視点で目の当たりにした俺は、憤りよりも恐怖が先んじ、母がミココを追跡して来ないよう祈るような思いだった。
だけど、俺が心配したようにはならず、母は追いかけてこなかった。子どもなど煩わしかったのだろうか。




