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38 克服できないトラウマ


 次の登校日。教室で自席に座る俺は、あの仙人がいつ来るのかとビクビクしていた。

 奴は、心霊(・・)動画投稿サイトが理沙さんを襲ったと言っていた。きっと一連の事件を解決するための何か掴んだんだろう。


 つまり俺のところへその情報を必ず伝えにやって来る。あの日はたまたま祝いの場だから自重しただけなのだ。

 だけど、俺はもう疲れていた。


 元はと言えば、無下(むげ)にしたらミココが可哀想だと思って始めた話。俺がこんなふうに必死になる理由はない。なのに、気がつけば霊を認めたかのように振る舞い、霊と戦っている。俺は断固として拒絶することができない腑抜(ふぬ)けだ。


「おー、オカルト復活した防戦(ぼうせん)一方(いっぽう)くんおはよう。六原(りくはら)はまだ来てねーのか」


 ……だから、こんな奴に馬鹿にされるんだ。


 俺がもっとも避けたい事態。頭のおかしい奴だと思われ、みんなから異常人として取り扱われる危機がまた目前に迫っていた。

 つまり、安藤が俺の肩を馴れ馴れしく触ってきたわけで。

 

「だから違うって言ってんだろ。あいつが勝手に言ってるだけだ」


「それだけであそこまでしつこく来るかよ? お前も受け入れてなきゃ、ああはならねーだろ」


「……何が言いたいんだ」


「お前の家はそういう変人(・・・・・・)の家だろ。ああ、お前の母親もそうだったな。オカルトをマジで信じて、周りにも布教しようとする危険人物だったじゃねーか」


 俺は、安藤の話を黙って聞いていた。言い返すどころではなかったからだ。

 呼吸を整えることを優先する。脳が機能していない。

 

「まあ、早く死んでくれてよかったよ。お前の親父も早く死んだら嬉しいわー」


 あはは、と小判鮫どもが笑う。

 その周りにいる普通の奴ら(・・・・・)すら、こっちを横目で眺めながらニヤけていた。

 

 俺が今まで積み上げてきたものが崩壊していく。

 常識的に振る舞い、論理的に話し、母ちゃんを悲しませてまで心霊現象を否定して生きてきたのに。

 気がついた時には、俺は叫んでいた。


「あんな頭のイカれた女と誰が()(この)んで喋ってるってんだ! 近寄ってきて欲しくねえんだよ! 俺が頼んでんじゃねえんだ! 六原(りくはら)の顔なんて二度と見たくねえんだよ!」


 俺が出し得る精一杯の大声を絞り出した。俺を覆い尽くそうとする異端者を見る目を弾き飛ばしたい一心だった。

 俺の怒号で静まり返っていたクラスメイトたちが、教室の入口を向く。

 俺もそちらに視線を向ける。


 そこには、ミココが立っていた。

 別に怒っている顔じゃない。どちらかとえば「無」だろう。

 まぁここ最近付き合いをしてきた感じでは、あいつはこの程度のことで凹む奴じゃない。そんな奴なら、そもそもこんなにしつこく付き纏ってきたりしないから──……


「幽霊なんかに、関わらないほうがいいよね」


 ミココは、俺のところへ来ることなく教室を出ていく。

 授業開始の鐘がなる。安藤たちも、その他大勢も、もう俺には構わずそれぞれの席へと戻っていった。





◾️ ◾️ ◾️





 放課後になり、俺はいつもの校舎裏の花壇の縁に座って缶コーヒーを飲んでいた。断っておくが、ここにいればミココが来るんじゃないかと思ったわけではない。

 正直あの時のミココの顔が気になって頭から離れなかったが、俺がそんなに悪いのかという思いが先に出る。大体からして非常識なのは向こうなのだから……。

 すると、幽がフラッとやって来て、隣に座った。

 

「六原さんとは、仲直りしてないの」


 俺は答えずにいたが、幽もまた無言のまま動かない。

 何か言いたそうなのは明白だ。


「……なんだよ」


「なら、あたしのことを選んでよ」


「あのな。そういう問題じゃ──」


「そういう問題だよ」


 幽が語気を強める。


「あたしは、かずくんのことが大好きだってずっと言ってる。いい加減に結論を出して。かずくんが六原さんのことを好きなのはわかってる。でも、あたしだって譲れないんだ」


 何を馬鹿なことを……と言ってやりたかったが、幽の瞳は問答無用で俺を黙らせた。今日、決着をつける気でここへ来たと言わんばかりの視線に俺は気圧されて言葉が出ない。


「なら、あたしがかずくんの気持ちを確かめてあげる」


「……なんだって?」


「六原さんがさっき言ってたの。心霊動画投稿サイトの正体は『海坊主』だ、って。

 本来、海で命を失った魂の集合体である海坊主は海に住むけど、船上でインターネットを使うある船の海難事故をきっかけに、棲家をネット空間へ移動させたって。

 霊力で作った心霊動画投稿サイトへ、お化け配信者を呼び寄せてコンテンツを掲載させる。それに釣られて視聴してきた人間へ、お化け配信者たちは取り憑くって。

 お化け配信者たちは自分たちの欲望のままに視聴した人間たちへ取り憑く。そして、心霊動画投稿サイトのプラットフォームを提供する海坊主は、その対価としてお化け配信者たちが捕らえた人間の魂をもらい、食べるんだって。

 だから、動画投稿サイトを閲覧した人間だけが死ぬって現象が起きるんだ、って」


 俺に視線を()える瞳にいい加減な気持ちは見られない。

 幽の(たたず)まいは、何を馬鹿な、と俺に言わせない。

 ミココが言ってるのなら、情報に間違いはないだろう。


「そしてこうも言ってたんだ。海坊主の『霊の手がかり』を知るには、心霊動画投稿サイトを実際に六原さんが閲覧しながら残留思念を読み取るしか方法がないって。

 でも、閲覧すると死んじゃう。視聴してから死ぬまでの間に海坊主を祓えばきっと助かるけど、視聴してからしか遺品の場所はわからないし、どれくらい時間的猶予があるか読めない。普通に動ける保証も無いから、死んじゃうまでの間に『遺品』の場所まで自分を連れていってくれる力のある男の人に来てほしい、って。

 でも、かずくんには断られちゃった、って。この話を聞いて、あたしは、一緒に行くとは言い出さなかった」


 ドクン、と鼓動が跳ねた。


「この前の花嫁さんの私物に触った時、海坊主が元々()んでいた砂浜海岸の場所はわかったみたい。六原さんはそこに遺品があると睨んでる。その砂浜海岸の場所を、あたしは聞いた」


 幽は、俺に抱きついた。

 抱きしめる力は予想外に強く、それは彼女の気持ちをそのまま表しているように思えた。


「男の人なら、中野くんも、一乗寺さんもいる。あたしは、もうかずくんの命を危険に(さら)したくない。だから行って欲しくない。あたしのことを大切に想うなら、行かないで」


 俺は、幽の肩を両手で掴んで突き放す。

 

「その場所はどこだ!」


「…………やっぱり、ね」


 目にたっぷり涙を溜めた幽は、力無く微笑んでその場所を俺に教えた。

 俺は、荷物を取りに教室へ戻ることなく、そのまま駅へ駆け出した。



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