37 幸せは、簡単なことではない
雲ひとつない快晴は、新しい人生を歩み始める新郎新婦を祝福しているかのように色鮮やかだ。
ホテルの敷地内にあるチャペルの正面入口の外に立っているのは、純白のウェディングドレスがまるで天使のような装いの理沙さんと、隣に立って理沙さんの手を取っている彼女のお父さん。お父さんはこの時点で既に涙ぐんでいる。
参列者たちはチャペルの中。きっと、新郎は一番奥でその時を静かに待っていることだろう。
理沙さんたちから少しだけ離れたところで立っている俺とミココは、このまま外から挙式の様子を見守る予定だ。
ミココの除霊が間に合ったおかげで、理沙さんは正気を取り戻した。
体力は消耗していたけど、それでも「大丈夫」と強気に答えた理沙さんの目は、強い意志に満ちていた。
逢坂さんは一足早く式の準備に行ったから、元気になった理沙さんのことをまだちゃんと自分の目で確認していない。
まあ一応は無事成功したことを連絡してあるけど、「花嫁の姿を見るのは式本番のお楽しみにしたら?」と気まぐれで言った俺の案が採用されたという……。
とりあえず、全てが間に合い、これから式が始まるところ。
「それで? 廃ホテルはどうだったんだよ。なかなか遺品が見つからなかったのか」
「難易度は低いほうじゃったな。事前に読み取っていた情報では、霊となった女性──『雪代みなみ』は当時、控え室で手鏡を使いながら化粧の確認をしていたところで凶報を耳にしていた。恐らくその辺りの物品じゃろうとあたりをつけていたが、まさにその通り、残留思念はその鏡に宿っておった」
「じゃあもっと早く帰ってこいよ! マジで大変だったんだぞ」
軽く言われてついイラッとしてしまう。
除霊が終わった直後からマジで気が抜けちゃって、すげー風邪ひきそうな体調続いてんだぞ馬鹿。
「ここから中国地方まで新幹線を使い、そこからタクシー移動し、既に廃墟となってどこが控室かわからん状態でホテルの中を漁り、時間的に新幹線が無いせいで一乗寺テクノの広島支社で車を借りて新大阪まで飛ばしてから新幹線で帰ってきたんじゃ。現地の廃ホテルの侵入許可は一乗寺が手配してくれていたとはいえ、普通に考えてギリじゃろ」
「ま……そりゃそうか」
俺に寄り添うようにするミココは、じっと俺を見上げる。
なんだか、微笑ましいものでも見るかのような表情で。
「よくやった」
「あ?」
「よくぞ花嫁を護り抜いた。さすがは儂の助手じゃ」
急に褒められると、なんだか妙にこそばゆい。
俺はついミココから顔ごとそらす。
「俺はまだ認めてねーぞ」
「これだけ霊を目の当たりにしても認めんとは、うぬも頑固者じゃのう。まあ、いくら意固地になろうが当初の宣言通りうぬが降参するまでお化けづくしの刑に処するだけじゃ」
「やめろ」
ミココは真面目な顔に戻ったが、これが本当に真面目モードなのかを判別するのはちょっと難しい。だから俺は、油断せずに目を細めながら様子を窺う。
「それはそれとして、今回の事件で重要なことが判明したぞ」
「なんだよ」
「花嫁である西山理沙が雪代みなみに取り憑かれたのは、動画投稿サイトに関わったからなんじゃが」
「ああ。それが?」
「花嫁は動画再生ボタンをタップしたものの、おぞましい気配を感じ取って、視聴する前に動画投稿サイトから離れた。霊的な危機感を自覚したところからして恐らく霊感が強かったんじゃろうな。かろうじてサイトからは逃れたが、フライング気味に襲ってきた雪代みなみには捕まってしもたんじゃ」
「……サイトから、逃れる?」
「間違いなく高木や空沼を殺したのと同じ。あの二人も、この心霊動画投稿サイトのせいで死んでおるのじゃろう」
花嫁入場の合図がきた。
これから始まるのは愛する二人のためのお祝いだ。
こんな話、今日はふさわしくない。だから俺たちは口をつぐんだ。
音楽が鳴る中、両開きのチャペル正面扉が開かれる。
俺たちは、理沙さんとお父さんの後ろからチャペルの中を遠目で覗いた。
両サイドに分かれて並んだたくさんの参列者が立ち上がり、こちらへ注目している。
その奥には、神父と新郎の姿が見えた。参列者の中には、ハンカチを手に取って早くも目にやる姿がちらほら見える。
神父の隣で花嫁を待つ新郎の気分ってどんなんだろうな。
ドラマで見る限りこんなのベタな状況だ。親戚の式に出席したことくらいはあるから実際に見たこともある。泣いている奴もいるけれど、俺的には別にそんなに感動するもんじゃない。
ただ、あくまでそれは当事者でない高校生という立場での話だ。
チャペルの扉が開いたところにいる、真っ白なウエディングドレスに身を包んだ愛する人の姿。それは、新郎にとってもドラマの中や他人の結婚式でしか見たことのない光景だったはず。
現実にそれが自分の身に起こった時にどう感じるのか、今の俺では実感し得ないことだろう。少しくらいは分からないもんかなぁ……なんて、さっきまでそう思っていたんだけど。
教会の奥で立ち尽くしたまま、拭いても拭いても追いつかないほどの涙に塗れた逢坂さんの様子を見れば、一目瞭然だった。
まだ花嫁がバージンロードを歩いているのに、新郎は腰を折って深々と礼をした。
この場面で新郎がこんなふうに礼をするのって普通なのか? と俺はミココへ耳打ちした。
するとミココは首を小さく横に振り、「応えてやれ」と口にする。
逢坂さんが顔を上げた時、俺とミココは、チャペルの外で親指を立ててグーサインを作った。この距離で果たしてちゃんと見えたか怪しいと思ったけど。
幸せいっぱいの一日が始まる新郎は、愛する人の向こう側に見える俺たちの姿を確認し、遠くからでもわかるくらいの満面の笑みを浮かべてくれた。
◾️ ◾️ ◾️
式が終わり、場面はホテルの中で行われる披露宴へと移る。
俺たちの役目はこれで終わりだ。披露宴が始まる前に帰ろうかと、俺は仲間たちと話す。
すると逢坂さんは、新郎新婦入場が控えているのに、披露宴会場の外にいる俺たちのところへ慌ててやってきた。
「本当にありがとうございました。なんとお礼を言えば良いのか……ですので、やはり報酬でお返しをしたいです。事前のお話では必要ないとのことでしたが──」
ミココは右手を突き出して、逢坂さんの言葉を制する。
「よい。報酬は、儂の要求をなんでも一つ飲むことであると言うたじゃろ」
「ええ……しかし。……では、その要求とは」
「どちらかが命を終えるその日まで、毎日『愛している』と言え」
しばらく口をぽかんと開けて、呆然としていた逢坂さん。
俺は、つい口を挟む。少しだけ、からかいの意味も込めて。
「そんなのでいいのかよ。お二人には、ちょっと簡単すぎないかー?」
愛する二人を見ていると、そんなことはとても容易に思えたからだ。
だが、ミココはドヤ顔。
「わかっとらんな。そう簡単なことではないぞ」
「おっ……お前が何を知ってんだよ!」
幸せな笑い声がホテルに響く。
逢坂さんは、帰路につく俺たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。




