33 真夜中のSOS
「ここからだね」
逢坂さんの部屋で起こったことをみんなへ話したとき、この気合の入った声を真っ先に出したのは真性陰キャのはずなのに自分のキャラをすっかり忘れている幽だ。見た目は人を変えるってのは本当なのかもしれない。
俺も嫌々ながら気合を入れていたが、そこへ中野が質問した。
「だけどよ、全員が部屋へ戻った後、どうする? 見張れないぞ」
「逢坂さんからスマホの連絡先を聞いてるからこちらの希望は言えると思うけど……みんなどう思う? どうするのが最善なのかな」
「このホテルの一階には広いラウンジがあって、お茶も飲めるようになっている。見張るならそこに居てくれたほうが都合はいいと思うが、反面、突然暴れ始めて一般人に危害を加えるリスクもある。まあ……霊がそんな目立つ暴れ方をするイメージはないがね」
「うーん……やっぱり無関係な一般人を危険に晒すわけにはいかないですかね……」
ということで、話し合った結果、皆さんには部屋へ戻ってもらうことにした。逢坂さんからのSOSを待つスタンスだ。
逢坂さんは、俺たちにも部屋をとってくれていた。俺と中野、ミココと幽。一乗寺は「それには及ばない」と言って断り、自分で部屋をとっていた。お仲間のスタッフの分も含めて、自腹で。
各自が自由に部屋で過ごす中、俺はなんとなくラウンジでコーヒーが飲みたくなって一階へ向かった。
注文を済ませてラウンジの高級そうなソファーの背もたれに体を預ける。
モヤモヤ考えちゃってるけど、もうこれは「賽は振られた」ってやつなんだろなぁ。でも、何も起こらないって可能性もまだ……!
諦め悪くそんなことを悩んでいると、老夫婦が俺の前で立ち止まった。
俺は姿勢を正した。確かこの二人はご両家のうちのどちらかだ。
座っていた位置からして、おそらく──……
「初めまして。私は理沙の父、西山隆男です。こちらは妻の陽子」
やはりだ。二人が立ったまま挨拶してきたので、俺もまた立ち上がった。
「始めまして。守勢一方です。えっと……どうして俺のことを」
「友也くんから事情は聞いてます。娘のことを、報酬なしで引き受けてくれていると」
本来なら祓魔師ってやつは報酬なんてもらわないんだけど、ミココの場合は完全なる無料ではなくて、だけどそれはお金ではなくて……。
俺はこの点については無言を貫くことにした。言ったところで話がややこしくなるだけだから。
テーブルを挟んだ真正面のソファーに腰掛けた二人は、疲れ切ったように背中を丸めていた。
「理沙は、なかなかおてんばでね。おとなしそうに見えるでしょう? 昔はかなり手を焼きました」
「あなた」
「いいじゃないか。少しは話さないと気が紛れない。お付き合いいただいてもよろしいですか」
「ええ、もちろん。聞かせてください」
高校生の俺のことを、下に見る素振りはない。
理沙さんのお父さんは、昔話を始めた。
「私が仕事一筋で家にあまりいなかったからか、理沙は荒れましてね。中学生の頃には、ある日突然、髪を真っ金金に染めた。何を尋ねても『うるせぇ』と言われたし、私の財布から何度お金を抜かれたか。クレジットカードの番号を教えろと言われた時にはさすがに怒りましたが、理沙はただ睨んで、現金を持って友達と外に遊びに行く始末で」
絶対にお近づきにはなりたくない。同じクラスだったら間違いなくイジメられてる自信がある。髪を染める程度ならミココも似たようなものだけど、素行のほうは明らかに悪い。
「私も妻もお酒は飲まないのに冷蔵庫にはいつの間にかビールやら日本酒が入れてあるし、隠れることもなくタバコを吸って、それを注意した妻を突き飛ばして」
「それは……大変でしたね」
もっとマシなことを言ってあげたかったが、これ以外に思いつかなかった。
それにしても、今はあんなに清楚そうな感じの人が。人は見た目によらない。
「話を聞くだけだとそれほどでもない印象を持たれるかもしれませんが、いつまでこの状況が続くのかと思ったら、人が想像する以上にこれがまた辛い。何が悪かったのかと思い詰め、妻にだけ子を任せて娘の相手をしてこなかったことをただただ後悔しました」
話に聞いただけでもまあまあ嫌だと思ったよ?
俺は黙って頷く。
「高校を卒業しても相変わらずで。仕事もせず友達と遊び歩いていましたが、娘ときちんと向き合おうとしたのが良かったんでしょうか。それともそれが娘の成長だったのか。分かりませんが、徐々に理沙は普通に会話してくれるようになり、一緒に買い物へ行くようになりました。
そうこうしていると仕事を見つけてきて働き始めて。自分がいない間に歳をとった母が洗い物をするのは大変だからと、他に買いたい物もあったろうに初任給で食器洗浄機を買ってくれて。父の日や母の日には欠かさず贈り物をくれます。今では私たちの健康を心配するよう……に……」
理沙さんのお父さんは涙を拭った。
ハンカチを握り締めた手は震えている。隣にいる奥さんも、うつむいて静かに泣いていた。
「ある日、一生を添い遂げようと想う人ができたと私たちへ紹介してきました。それが友也くんです。ようやく幸せが訪れたと……それなのに」
親が子を思う気持ちなんて、俺にはわからない。
父ちゃんはいつも馬鹿みたいなことを言ってるし、母ちゃんはオカルトのことばかりだった。俺のことを大切に思ってくれていたと確信が持てる場面はろくに思い浮かばないんだ。
それでも、この二人の様子を見ていると少しは思うところがある。
子にはわからないが、親には親の気持ちってものがあるんだろう。色々なことを乗り越えて、やっと掴んだ家族の幸せだ。
それを叩き潰す資格は誰にもない。もちろん、霊にもだ。
「うちの祓魔師は、今、理沙さんを助けるために全力を尽くしています。きっとなんとかなる。そう信じましょう」
理沙さんのご両親は、涙に濡れた顔をあげる。
俺は、二人に元気を出させないといけないと思って、笑みを作った。
「親御さんは、息子さんを立派に育てられましたね」
すると、こんなことを言われた。
あの父ちゃんが? とんちんかんなことばっか言ってる奴だよ?
まあ俺が立派だという言葉だけは素直に受け取っておこうかと思う。
そろそろ部屋に戻ります、と一言俺へ伝え、二人は自室へと戻って行った。
◾️ ◾️ ◾️
理沙さんは、逢坂さんと二人で部屋にいるはず。もし理沙さんに何かあれば、逢坂さんから連絡が入る手筈になっている。
今の時刻は夜の一一時。ホテル内の売店も閉まり、ほとんどの人は部屋で過ごしている時間帯。
逢坂さんから聞いたところ、明日の朝、式はホテルの敷地内にあるチャペルで挙げられる。挙式は午前一一時からだが、親族やゲストの来館は一〇時からで、新郎新婦の準備は九時頃には始めたいらしい。
どんなに遅くとも、一〇時には花嫁の心霊呪縛を解かなければならない、とミココは出発前に言っていた。
夜は長い。スマホだけは音が鳴るようにしておいて、寝れる時に寝ることにする。
俺が全員にそう伝えたとき、壁に背もたれて腕を組んでいる一乗寺がニヤつきながら鼻で笑った。
「……なんすか。気持ち悪いな」
「君もかなり様になってきたじゃないか。祓魔師の助手が」
「心外ですね。俺は霊なんぞ認めないし、逢坂さんたちが困っているから黙って手伝っているだけです。霊のことなんて関係ない」
「そうだな。ミココも似たようなものだと思うぞ」
「何が言いたいんですか」
「誰がなんと言おうと心霊現象は存在する。そしてミココは、霊が存在することを前提として人助けをしているだけだ。君との違いは、心霊現象を認めているかどうかだけ。ミココと君は、似たもの同士だってことさ」
面と向かって「霊はいる」とか馬鹿みたいに断言するいい大人。
恥ずかしい。みっともねーとしか思わない。
ここからが正念場だから仲間内で正面切って喧嘩しようとは思わないが、少しは抵抗してやらないと気が済まなかった。
「いい大人がそんなことばっかり言ってたら、他人から馬鹿にされますよ」
「いずれ君にもわかるさ」
喧嘩腰になりつつあった俺とは対照的に、嘲笑うどころか微笑ましげにする一乗寺に、余計にイライラさせられる。
俺は霊のことなんてすっかり忘れ、一乗寺をどうギャフンと言わせてやるかばかり悶々と考えながら中野と一緒に自室へ戻った。
────…………
チリリリリリリン──……
遠くでベルの音がする。
いや、これはベルの音のようだが本物のベルじゃない。
電子音。スマホに設定した俺の着信音だ。
「っっっ!」
跳ねるように上体を起こす。
ベッドから飛び降りて、テーブルの上に置いていたスマホの画面を慌てて確認する。逢坂さんからの着信だ。
応答ボタンを押して、スマホを耳につけた。
「逢坂さん! どうかしましたか」
応答はない。
「逢坂さん! 逢坂さん!!」
電話は切れた。
「おい! 中野、起きろ!!」
「うーん……なんだよ守勢。朝か?」
朝? そういえば今は何時なのだろうか。俺はスマホの画面を改めて見直した。
時計表示は、夜中の三時だ。
一乗寺を電話で呼び、急いで用意してから隣にある幽の部屋へ向かう。
しかし、スマホで連絡しても幽だけが部屋から出てこない。ドアをどんどん叩いたが反応はなかった。
みんなで集合してから向かいたかったが、もう起こしている時間はない。
俺たちは、集まった三人で逢坂さんの部屋へと向かった。




