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31 潜入調査


 東京湾が一望できるホテル・ラグナアモーレ東京に到着した頃には、時刻は夕方の五時半頃だった。


 会食の場はそのホテル内にあるレストランだが、そこへ同席して欲しいと依頼されたのにもかかわらず、俺たちは両家の親には紹介されなかった。

 なぜなら、同席を提案した逢坂(あいさか)さんに対してミココがこう答えたからだ。

 

「ホテルへは行くが、同じテーブルには座らん。霊に勘付かれたくないからな」


 というわけで、俺たちは今、逢坂家と西山家が座っているテーブルから少し離れた位置にあるテーブルへ案内されて座っている。

 両家の方々に気づかれないよう遠目に見張りながら、いざという時には飛び出して対応するという方針だ。逢坂さんが手配したホテルの食事を楽しめるうえ、両家の方々と会話する必要もないから気を遣わなくて良い。俺たち的には最高の形だ。

 

 ホテルのコース料理なんて滅多に食べれない。ワクワクしながらこれから食べるコースの内容を確認したが、横文字が多すぎてマジで何が何やら分からなかった。

 とりあえず食前酒。これについては、俺たちは未成年だからお酒ではなくてミネラルウォーターとかソフトドリンクのようだ。

 そのあと付き出し的なものが来て、それから……野菜の、えーと、なんちゃらとともに、みたいな名前がついてるのは何? 

 その次は……ソテー? うーん……一体、何が出てくるんだろう。幽と中野もお品書きと睨めっこだ。落ち着いているのはミココと一乗寺だけ。

 

「かずくん、このメニューわかる? あたしはちんぷんかんぷん」


「わからん。だが、わかってるフリをしろ」


「えっ? なんで」


「場から浮いてしまうだろ。ってか、お前らフォークとナイフの使い方くらい分かってるんだろうな?」


「前から思ってたけど、かずくんってすごく体裁(ていさい)を気にするよね。陰キャって言われるのも嫌そうだし。ねえかずくん、陰キャは別に悪いことじゃないんだよ?」


 こんな言われ方をするのは心外だ。

 俺がムスッとしていると、中野がイキがって俺にアドバイスをする。


守勢(もりせ)、自分のことを偽る必要はないぞ。知らないものは知らないと正直に言うのは大事なことだよ」


「お前は誰目線で物を言ってんだよ。食べ方も分かんないなんて恥ずかしいに決まってんだろが!」


「中野くんの言うとおりだぞ守勢くん。一乗寺グループの一つ、一乗寺テクノの代表取締役であるこの一乗寺宗次郎といえども知らないことは山ほどある。世界は広いのだ。恥のことなど考える必要はない、むしろ知らないことを知ることができる機会を得たと捉えて喜べ」


「あんたは人前で心霊現象の話を平気でできる人だからな! 俺は違うんだよっ」


「そしたら、かずくんはあたしがフォークとナイフの使い方を知らなかったら嫌いになるっていうの!?」


「いつ俺がお前のことを好きって言ったんだよっ」


「ひどい!! あんまりよ、あたしはこんなに好きなのに!」


「うぬらはもう少し静かにせい。周りの注目を集めてしまうぞ」

 

「だってこいつらが三対一で色々言うから!」

 

 なんでこうも素の自分を出そうとする真っ直ぐな奴らばっかなんだ? そんなに俺が悪いのか? (ひね)くれているのか? 一人くらい俺の味方はいないのか? 本来なら陰キャの幽が俺の味方のはずなのに、こいつはイメチェンと同時にすっかり自分のキャラを忘れてるようだ。

 このミッションには逢坂さんと理沙さん、それに両家の人たちの幸せがかかっているので、ここは大人しく引き下がるしかない。しかし何かが納得いかなかった俺は、素の自分なんて絶対に出してやらねー、と心に決めた。


 メンタルを切り替えて逢坂・西山両家が座るテーブルへと意識を戻す。

 結婚式前夜の会食だというのに楽しい会話をしていそうな雰囲気がないのは一目で良くわかった。表情は暗く沈み、口が動いている時間はごくわずか。逢坂さんの言うとおり、理沙さんの様子については全員がご存知なのだろう。


「しかしミココ、これからどうするんだよ。計画では、まず理沙さんの持ち物とか周りにある物品から残留思念を読み取る予定だろ。でも、両家の方々に近寄らないんだったら、どうやって読み取るんだよ」


 そうなのだ。ミココが残留思念を読み取るには、理沙さんの思い入れのある物品に触れなければならない。

 この疑問に対するミココの回答は、俺の予想を悪い方向に裏切った。


「二つあるルームキーのうちの一つを逢坂から借りておる。イッポー、儂と二人で新郎新婦の部屋へ侵入するぞ」


「えっ……いやいや、ちょっと待てって。そんな犯罪まがいのことを──」


「事前に逢坂から聴取した限りでは、母親から貰い受けた大事なネックレスを花嫁はこのホテルへ持ってきておるらしい。そのネックレスには相当の思い入れがあるはずだと逢坂は言うておった。じゃが、花嫁が今朝暴れた際に千切れてしまったようなのじゃ。彼女は今、そのネックレスをしておらん。十中八九ネックレスは部屋の中にあるじゃろう。心配するな、逢坂の許可はとってあるから無断ではないし犯罪でもない」


「でも、理沙さんの許可はとってないんでしょ?」


「当然じゃ」


 馬鹿言ってんじゃないよ……。

 俺は背もたれに上半身をずっしりと預けて、天井を見つめた。

 ああ。やっぱり、ろくでもねーことになりそうだ。





◾️ ◾️ ◾️

 




 ミココの合図で、ホテルレストランのテーブルから席を立つ。

 レストランから出る途中、両家のテーブルへ一瞬だけ視線を馳せると逢坂さんと目が合った。逢坂さんはすぐに俺たちから視線を外して、会食の場で会話を続ける。


「何階なんだ?」


「二七階じゃ」


 物音や衝撃を感じない静粛性に優れたエレベーター。フロアも絨毯のような素材で足音は目立たない。俺たちは音もなく歩いて廊下を進み、「二七〇一」と書かれた部屋の前で立ち止まった。

 ルームキーを差し込んでロックを解除し、部屋の中へと進むミココはまるでこの部屋の主であるかのような堂々たる振る舞い。それに比べて、あとに続く俺はまるで挙動不審の塊だ。


「おい、お前は緊張してないのかよ。こんなことやって……」


「モタモタしている時間はない。部屋の主たちが戻ってくる心配はなかろうが、儂は霊の遺品を探しに行かねばならんのじゃからな」


 そうだった。緊張感ですっかり忘れていたが俺たちの仕事はそこからが本番だ。

 情報が確かならネックレスはちゃんとあるのかもしれないけど、探し出す作業に手間取る可能性は十分に考えられるだろう。

 

 すごく広い部屋だった。洋風のインテリアには統一された高級感があり、おそらく二〇畳以上あるはずだ。ベッドだって、たぶんキングサイズってやつ。

 これってスイートだよね……? 


「そういやミココ。ネックレスの話だけどさ、普通は貴重品って金庫に入れたりするんじゃないのか? そうだとするとルームキーじゃ──」


「逢坂から話を聞いた限り金庫ではないはずじゃ。金庫だったらそっちの鍵も預かる必要があったが、花嫁は自分の荷物の中に入れていたと逢坂からメールが届いておる」


 荷物か。それはきっと、部屋の隅に置かれたあの茶色いバッグだろうか。

 ミココはそのバッグに手を伸ばし、躊躇なくジッパーを開けて中身を漁っていく。俺だったら罪悪感でオドオドしてしまうところだ。


「たぶん、これじゃな」


 笑顔で俺のほうを向いたミココはグレーの革製ケースを手に持っていた。なんか泥棒がお宝を見つけた時の顔に見えてしまうのは気のせいか。 

 でもまあ、これで第一段階はクリアだな──……。


 その時、外で話し声が聞こえた。


 


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