30 必ず護り抜け
カフェで依頼を受けた俺たちは、続いて今後のスケジュールを逢坂さんから聴取した。
式は、結婚後に住むはずの新郎側の職場近く──すなわち東京で行う予定。
なので、地方から出てきた新婦のご両親は、今、明日ホテルウェディングが行われる予定のホテルに泊まっているらしい。そこには、ご両親との最後の夜を明かすために、理沙さんも一緒に泊まるという。
そして式の前夜──つまり今夜は、両家がそのホテルで会食をする予定だ。
「今夜の会食の場に、三心さんもご出席していただきたいのです」
逢坂さんからの依頼ではあるが、両家が仲を深め合う場に無関係の俺たち高校生が突然ゾロゾロ現れて立ち会うのはいくらなんでも不自然極まりない。
だけど、どうやら理沙さん以外の全員が事情を把握済みらしい。
今朝も例の現象が起こり、みんなで必死に抑え込んだという。
逢坂さんはその場に居合わせなかったが、理沙さんのご両親から電話で状況を聞き、急いでホテルへ向かうため駅へ自転車をかっ飛ばしている途中で事故に遭ったのだ。
「今日の朝は酷かったようです。話を聞く限り、室内の物があちこちにぶつかって割れ、理沙は宙に浮かんだとか。それで、本当に大丈夫だろうかとみんな心配になってしまいました。でも、もう式は明日だし、理沙自身はそもそも事情を知らないから中止するというのもできなくて……なんとか式の間だけでもあの現象が出ないように、みんな祈ることしかできなくて」
もはやいつものことだが、俺は、はぁ……と、深いため息を漏らす。
毎回毎回ため息が止まらないよ。きっと処理しきれないほどのストレスが心へ溜まっているに違いない。
幽霊なんて認めねーっつってんのに。もっと心霊現象を欲してる奴のところに出てやれよ。
「件の現象を目撃したご両親は、他に何か言うておらんかったか。直接話を聞かせて欲しいのじゃが」
「今夜、頃合いを見て場を設けましょう。僕が聞いた話では、どうやら羨ましいらしいです」
「何がじゃ」
「霊、です。『羨ましい』と。僕と一緒の時はいつも『愛してる』とか『嬉しい』と言うんですが、今日の朝は『羨ましい』と言ったそうで」
そんなもの怨霊確定じゃねーか。いや、霊なんて認めてないけど。
もし時を戻せるなら、勢いで格好つけて依頼を受けたさっきの俺に言ってやりたい。「やめとけ」と。
「うぬらは、そのホテルに何かゆかりがあるのか。例えば昔に訪れたことがあるとか」
「ホテルですか? いえ、初めて使うホテルですね。ホテル名は『ラグナアモーレ東京』です」
「最近、家族が亡くなったりはせんかったか。花嫁の家族、もしくはうぬの家族が」
「そうですね……理沙のおじいさんは、何年か前に亡くなったそうです。うちは今のところ健在で」
ミココは、しばらく顎に手を当てて考え込む。
「一乗寺を呼ぶ必要がありそうじゃな。あいつのHMDの技術修正がちゃんと終わっとるのか心配じゃが」
「?? なんであいつが必要なの?」
「イッポーよ、うぬにも動いてもらうことになるぞ。恐らくかなり重要な役目になる。ずっと儂に頼りっきりで筆頭助手が務まると思うなよ」
くそ! こいつ、逢坂さんの前で俺があからさまに暴言吐けないと思って調子に乗ってんな!
そうは言っても仕方がないので俺は、
「もちろんですよ、お任せください」
助手っぽく装ってこんなふうに返してやったのだが。
するとミココは、俺を無言でじっと見つめる。
なんなんだよ!
「うふふふ。にひひひ」
じんわりと表情筋を動かし、はち切れんばかりに嬉しそうな表情となって、少しだけ座高の高い隣の俺を見上げてくる。
マジで鬱陶しい。俺の意思とは関係なく勝手に眉間にシワが入った。そして、ミココを睨みつける幽の眉間のシワは、間違いなく俺よりもはるかに深く刻まれているだろう。
「よし。逢坂殿、今夜そのホテルにはここにいるメンバーのほか、追加で一名連れて来る。さらにスタッフが三名程度来るが、そちらは別室で待たせよう」
「承知しました。人数分のお食事とお部屋をご用意しますので、正確な人数が分かり次第、ご連絡いただけますか」
こんな感じで、会食の段取りが粛々と決まっていった。
◾️ ◾️ ◾️
話を終えると、逢坂さんは先にレトロカフェを出て帰って行った。
最初と比べると段違いに活力のある表情。希望とは生きるエネルギーそのものなんだなあと俺は実感した次第だ。
今の時刻は夕方の四時。会食は夜の六時かららしいから、もう少ししたら移動を始めるくらいでちょうど良いと思う。
服装に関しては、俺たちは高校生だし学校の制服で大丈夫だろう。
一応正装ということで各自ブレザーを家へ取りに帰ることにしたが、まずはこのままカフェに残って作戦タイムと洒落込んだ。
「なあ。『儂らに任せておけ』とか自信満々に言い切って大丈夫だったのかよ。全貌を解明する段取りが見えてんのか?」
「うぬも『俺たちが必ずこの現象を解明してみせます』とか大口叩いておったろうが。どの口がそれを言うか」
「そ、それはそうだけどよ。あれは場の空気を読んでだな……」
「仮にこの事案が霊の仕業だったとしたら、まず間違いなく怨霊ということになるじゃろう」
「まあそうなるだろうな。『羨ましい』とか言っちゃうくらいだから、何かが猛烈に妬ましいんだろうな」
「そして、その怨霊を祓わなければ、この事案は解決しない」
「へい」
「じゃが、霊を祓うためには、霊の手がかり──すなわち『霊の名』と『霊となった経緯』を知る必要がある」
「……あ。そっか。それで最近亡くなった人はいなかったかって尋ねたんだな」
「遺品のありかを探すのはなかなか大変での。仮にその霊が親族だったとしても大変なのに、親族でなかった場合はさらに難易度が跳ね上がる」
「そりゃそうだよな。どこの誰の霊なのか分からない上に、そいつの思い入れのある物品を探し当てなきゃならないってことだから。……いやいや、じゃあなんで『任せとけ』とか大言吐いたんだよ!」
ふん、とミココは鼻を鳴らす。
なかなかの余裕じゃねーか。この荒波を乗り切る相当の自信があるらしい。
「霊に取り憑かれたのなら、必ず何かきっかけがあったはず。強い思い入れが発生するような……物質に残留思念がこびりつくほどのきっかけが。なら、花嫁の持ち物から、霊の正体や遺品のありかに関する残留思念が見つかる可能性は高い」
なるほど。つまり、理沙さんの周辺にある物品を漁って遺品のありかに関するヒントを探し当て、それから遺品を探しに行くってわけか。
でも、それってミココにしかできないよね? その間、理沙さんのことは放っておくのか。毎日霊が現れてるって話からして、結婚式前日の今晩とか、かなり危ない気がするんだが。
……え? ってことは。めっちゃ嫌な予感がするんだけど!
「まさか。俺らの仕事ってのは」
冷や汗が背筋を流れ落ちる俺の顔を、嬉しそうに眺める仙人様。
「花嫁周辺を調べることによって遺品のありかを突き止めたとして、儂はその遺品を取りに行く、もしくは触りに行く必要性が生ずる。それが式場であるラグナアモーレの近くなら良いが、遠ければ相当の時間を要するじゃろう。場合によっては他府県、それも関東どころか北海道などの可能性もある。
タイムリミットは、式が始まる明日の午前一〇時。それに間に合わせるため、儂は一乗寺の力を借りて遠方へ乗り出さねばならぬかもしれん。場合によっては、うぬらだけで夜を徹して狂った花嫁を抑え込むことになるじゃろう。恐らく今夜から明日の朝にかけて──すなわち結婚式前夜から式の最中の時間帯にかけてが勝負所になるはずじゃ」
「勝負所? どういうことだよ」
「結婚式が迫った今朝、霊は初めて『羨ましい』という文言を口にした。幸せな結婚式をあげる花嫁が羨ましいのじゃろう。じゃとすれば、花嫁の命が危険にさらされるのは想像に難くないな?」
くそ……。やっぱ、そういうことかよ。
俺は額に手をやって冷や汗を拭い、天を……というかカフェの天井を仰ぐ。
「ああ……つまり、お前抜きで、凶暴化した理沙さんを抑えろってことだな?」
呆れてしまう。俺は若干薄ら笑いを浮かべていたが、しかしミココは至って真剣だった。
「暴れるくらいならまだしも自殺を図る恐れがある。この両家の幸せを不幸のどん底へ叩き落とすには、それが一番効果的じゃからな。
恐らく今晩、これまでとは比較にならんほどの心霊憑依が発現するじゃろう。儂は一乗寺のスタッフを借りるから、一乗寺本人はお前のところへ貸してやる。最悪の事態にならぬよう、うぬらだけで必ず花嫁を護り切れ」
いくら俺に霊を認めさせたいからって、これはさすがに酷くない?
幽と中野が無邪気にやる気出してる姿を目の当たりにして、俺は余計に不安になった。




