28 闇の深淵へ向かう花嫁
ミココの予言どおり、朝の事故のあの人からは、学校にいる間に電話が掛かってきたらしい。
しかも、ミココはそれを学校にいる間に俺へ知らせに来た。どんなふうに知らせに来たのかというと、もちろん例の如く、俺のいる教室へ入ってくるなり叫ぶという方法で。
「イッポー! おるか! あやつから電話が掛かってきたぞ!」
「馬鹿野郎! でけー声で叫ぶな!」
速攻でミココの手を引っ張って教室を脱出した俺は、心の中でミココのことをしこたま罵ってやった。
「そんなに邪険にするな。わかったわかった、人前では気をつける。というか、酷いのう。そんなふうに言わなくても良いじゃろう」
「言ってねー、人の心を勝手に読んで会話すんな!」
そんな俺たちを必死の形相で追いかけてくる幽。「手を握ったらダメ」とかなんとか叫んでいたと思う。そして、どこで嗅ぎつけたのか知らんが謎に中野まで合流する始末。
結果として一乗寺以外全員集合した俺たちは、以前中野から話を聴取した校舎裏にいた。
ミココは、満足そうに頷く。
「うむ。者ども、優秀じゃ。一声掛けるだけで助手が全員集合したわけじゃから」
「まだ一人も入ってないけど」
「みなまで言うなイッポー。うぬが入れば、なし崩し的に全員が入ることは間違いないと儂は見込んでおる。うぬを落とすために儂は全力を尽くそう」
もう真剣に相手するのも疲れたので、俺は話の先を促す。
「それで?」
「朝の自転車事故の男から電話があった。名は『逢坂友也』。今日にでも会いたいとの要望じゃ」
「えっ、今日? 体は大丈夫だったのかよ」
「特に異状はないらしい。急いでいてつい全力ダッシュしていたようなのじゃが、その理由が今回の依頼じゃ」
はぁ、と勝手に深いため息が出る。
しょうがないのは分かってる。証明してみろと言ったのは俺なんだ。でも、実際問題こうも連続で付き合わされるとは思ってなかったし。
こちらの心境を察したらしいミココは、ニタニタしながら俺の態度を戒めようとしてきた。
「イッポー。まさか、自信満々に言い放った自分の宣言を反故にするわけではあるまいなぁ?」
「はいはい分かってますよ。ちゃんと付き合いますよ」
「かずくん、無理に付き合う必要はないです。六原さんのことが本当は嫌なんだよね? なら、あたしがかずくんのオンリーワンになれるよう頑張る。だから──」
「ありがとう」
幽のセリフをお礼の言葉で遮断する。幽はほっぺをパンパンに膨らましていた。
とりあえず、俺たちは放課後、カフェで依頼人と待ち合わせすることになった。
◾️ ◾️ ◾️
そのカフェは、今時の全国チェーン店に見られるようなカフェではない。
昭和な香り漂う、いわゆる純喫茶だ。これを単にカフェと呼ぶのはいささか違和感を感じるがミココがそう言うので俺たちもそう呼ぶことにした。より適切に言い表すなら「レトロ・カフェ」が良いかもしれない。
薄暗い店内の天井からは独特の形をした照明灯やシーリングファンがぶら下がり、フロアには高級そうな革製の椅子が並んでいる。アンティークな雰囲気を醸すインテリアは、まるで異世界を訪れたかのような錯覚を来客へ提供していた。
店内には数名の客がいたが、誰が依頼者かを迷うことはなかった。頭に白い包帯を巻いた男性客が、六人用のソファー席に一人で座っていたからだ。
一直線に自分のところへやってくる俺たちを目に留めると、彼は立ち上がった。
「逢坂殿じゃな」
「はい。逢坂友也と申します。三心さん、今朝は本当にありがとうございました」
逢坂さんは丁寧に腰を折って礼をする。
テーブルを挟んで、俺、ミココ、幽の順で逢坂さんの正面側に、中野が逢坂さんと同じ側に座ることにした。
「掛けるがよい。それでは、早速じゃが事情を聞かせてもらおう」
「はい……」
ミココが場を仕切って話し始めてすぐ、これって逢坂さんが文句を言いたくなる状況なんじゃないかと俺は心配になった。
祓魔師とは、悪霊を退散させる祈祷師だ。ならばそれなりの修行を積んだおじさんやおばさん、なんならお爺さん的な人たちを連想するんじゃないだろうか。
なのにやってきたのは高校生ばかり。しかもリーダーは「のじゃっ娘」という変わり者。
だけど、逢坂さんには、そこを気を留める様子は見られなかった。
彼が話した内容は、次のとおりだ。
彼──逢坂友也は、明日に結婚式を控えている、本来なら幸せ絶頂のはずの新郎。
逢坂さん自身は濃い顔ではなく塩顔タイプのスマートな男前。背も高いし、優しそうな雰囲気を持つ大人なイケメン男性という印象だ。
彼女との関係は順調そのものだった。告白は彼女からだったが、パートナーを愛する気持ちは今や自分のほうが上回っていると彼は自負しているらしい。愛し、愛されながら幸せな交際を続けてきた。
二年間付き合ったあと、彼は東京へ転勤になる。彼女を地方へ残しての一年間は遠距離で過ごしたようだが、頻繁に連絡を取り合い、彼もいそいそと会いに行ったので、その間も二人の関係にヒビが入ることはなかったという。
そして彼からプロポーズ。彼女は涙を流して喜んでくれたらしい。
親族同士も仲が良く、結納の代わりに行った顔合わせの食事会も滞りなく終了。とうとう明日は、待ちに待った結婚式を迎える。
霊を祓うという依頼をこなすだけなら、結婚相手である彼女との今までの経緯なんて長々と聴取する必要はない気がするし、正直いつまで惚気んの、と俺は早くも頬杖をついていた。
対して、ミココは相槌を打ちながら前のめりに話を聞いている。なんなら、さっきの情報の一部はミココが質問したから引っ張り出せたもの。まさかこいつ、単なる好奇心じゃないだろな?
それを裏付けるようにミココは若干冷やかしたりしていたので、俺はこいつに冷ややかな視線を向けていたんだけど……どうやら、ようやく本題が迫ってきたらしい。
逢坂さんの様子が陰に落ちた。
「彼女──名前は西山理沙と言いますが、理沙の様子が最近になっておかしいんです」
その一言を聞いてパッと思い浮かんだのは新婦さんのマリッジブルーだ。なんかそういう映画とかもあった気がするし。
「一ヶ月前くらいでしょうか。理沙が上京してきて僕の部屋に泊まった時でした。僕は寝ていたんですが、突然妙な声が聞こえて起きたんです」
「妙な声?」
「ええ。『嬉しいわぁ』って。時計を見ると夜中の二時半でした。どこから聞こえるのかと耳を澄ますと、どうやらトイレなんです。
不気味なのは声色でした。おどろおどろしい声で、『ううれしいいいわぁあああ』って……。低くて震えるような聞いたことのない声で、僕は誰か他人が家に侵入してきてトイレにいるのかと思いました。見回しても部屋の中に理沙の姿は見当たらなかった。
僕がベッドから起きて立ちすくんでいると、トイレから理沙が出てきたんです。『どうしたの』って聞いても、『ちょっと目が覚めちゃって』って。その時の声は、もういつもの理沙でした」
まあ……確かに変だけど。
だからといって、祓魔師なる如何わしい人間をいきなり頼るだろうか。
逢坂さんは話を続ける。
「それだけじゃないんです。次の日、理沙は『体の調子が悪い』と言ったので、その日のデートは取りやめて彼女のことはベッドに寝かせていたんですけど……夜になってそろそろ寝ようかと思った時に、急に彼女の体が跳ねて」
「跳ねた?」
「ええ。ベッドから五〇センチくらいは浮き上がったと思います。彼女の筋力でそんなことができるとは思えませんし、そもそも彼女は調子を崩して一日中ベッドで横になっていたんです。
それから彼女は白目を剥いて痙攣し、暴れ始めました。その時も、前日と同じように異常な声で今度は『愛してる』って言ったんです。痙攣があったので念のため病院へ連れて行きましたが、異状はないと言われました」
「今、彼女はどうしているんじゃ?」
「その次の日に彼女は実家へ帰って、それから今日まで直接は会っていません。会ってはいないんですが……」
「まだ何か問題があったんじゃな」
逢坂さんはうつむいた。
「僕たちは、離れ離れの時は毎日のように電話をしていました。会える日は少ないけど、電話やビデオ通話を必ずしようと……。それで、毎日ビデオ通話をしていたんですが」
ここで一呼吸おいた逢坂さんは、辛そうに顔を歪めていた。




