26 ミーティング in 守勢の家
前回俺んちへ来た時にミココが美味そうにコーヒーを飲んでいたのを抜かりなく覗き見ていたらしい父ちゃんは、まあまあ美味しいドリップコーヒーを事前に仕入れていた。
チョコパイの合間にコーヒーを口へ運んだミココは、そっと目を閉じると幸せそうな顔で喘ぐ。
「ふぅぅん……。うまぁ……」
だからその表情と声やめろ。破壊力がすげぇんだよ。
心の中で毒づきながらも、滅多にお目に掛かること叶わぬ恍惚の表情をしたアイドルの様子をつい横目で凝視する。
「イッポー。何を見ておる」
「そうだよかずくん。どうして六原さんのことばっかり見るの? あたしだって」
幽はチョコパイの箱から乱暴に一つ掴み取った。
バリバリと音を立てて包装を汚く破り捨て、ガブっとチョコパイにかぶりつく。
「うふぅん……」
「なんか気持ち悪ぃなその声」
「どうして! 何が違うっていうの!?」
リビングを覗くと、一乗寺が中野と父ちゃんへ霊視HMDの説明を始めていた。
各自が好き勝手に振る舞っているが、こいつらが俺の家に来た理由は全員それぞれ異なるので当然と言えば当然。そう考えるとこれが正しい姿なのかもしれないが。
一応、今日の集まりの核となっているのは「霊のことをあからさまに教室で喋ろうとしたので俺に強制中断させたミココの話を聞く」というイベント。霊の話なんぞしたくはないが、これが終了しないことにはこいつらはきっと陽が暮れても帰らないだろう。
仕方がないので、俺は家の者としてビシッと一同へ言い渡すことにした。
「おい。いい加減にふざけるな。話が進まないだろ」
こちらの意思は端的かつ明確に伝えることができたと思うのだが、言うことを聞くどころかミココと幽は「信じられない」といった表情で俺を見つめ返してくる。完全に半眼だ。
「なんだよ」
「どの口がそれを言うのか。儂はうぬのことがもう信じられんわ」
「そうだよ。話が進まないのはかずくんが話をそらすせいなんですけど」
俺の部屋を盲目的に漁っていた幽が話をきちんと聞いていたというのはちょっと納得いかなかったが、この際、目をつむろう。
「わかったわかった、ワザとじゃないから勘弁しろって。つい無意識にさ。ってか、どうしてお前はこういう話を教室でしようとするかね。しかもあんな大声で」
「ほれ。また話をそらそうとする」
「いい加減にしてほしいです」
「へいへい。それで?」
「どこまで話したかの?」
「悪ガキ三名に事情聴取しようとしたところまで。これからその内容」
「ほう。きちんと覚えとるあたり意識しながら儂の話を案外ちゃんと聞いておったのじゃなぁ。そうなるとワザと儂の話を妨害していたということになるが幽霊はどんな奴を呼んで欲しい?」
「すみません」
「話の続きじゃが、空沼の様子に普段と変わったところはないかと尋ねたら、最近、ある動画投稿サイトのエロ動画のことをしきりに話すようになったと、三人ともが口を揃えておった。そのエロ動画に出演しておるセクシー女優に、実際に会ったのだと」
「エロ動画の女優だって? あいつ、学校のリアル女子を掃いて捨てるほど手に入れてんのに、そんなものにまで手を出してたんか。お盛んだねぇ。……ん? 動画投稿サイト?」
なんかどこかで聞いたことあるワードだ。どこだったっけな……。
思い出そうと努力する俺を見て、ミココの表情にいつものドヤ感が漂う。
「なんだよ。得意気にしやがって」
「むふふ。ヒントをやろうかー?」
意地悪そうな顔を近づけながら、下から見上げるようにしてくる。
それがまたとんでもない威力だったので、俺は頬を熱くしたまま反射的に顔ごとそらす。
そらした先には幽がいて、俺のことをぶん殴りそうな勢いでこちらを睨んでいた。いや俺のせいじゃないからこの状況全部。
「……んだよ。鬱陶しいな、早く言え」
「もうちょっと女子に優しくせんと、うぬは彼女もできんまま一人寂しく一生を終えて土に還ることになるぞ。ここでバド部の高木の話に戻るのじゃが、缶蹴りを部員たちに提案した高木もまた、動画投稿サイトで缶蹴り動画を見ておった」
「ああ、そうだ高木だ。確かそんなことを言ってたんだったな。おい彼女の話は言い過ぎだろ」
「もしかすると、二人が見ておったのは同じサイトなのかもしれん。そう考えると、全く関係のない二人の共通点が一つ見つかったわけじゃ」
「はぁ。でもよ、動画投稿サイトなんぞ今時は誰でも見んぞ。果たしてその程度で共通点と言えるのか」
「まだわからんがな。ただ、その辺りのことは儂が遺品に触れてサイコメトリーでアクセスすれば判明する可能性は高い」
「この前、お前は空沼のスマホから残留思念を読み取っただろ。そこで霊の類のものは読み取れたのかよ」
「女と逢うシーンは琴音以外にも溢れかえっておったが、空沼の思念が気持ち悪すぎたから目的の情報以外は深く読み込むのをやめてしもたんじゃ。だから知ることはできんかったが、次は動画投稿サイトに的を絞って思念を探るから高木のは恐らく大丈夫じゃろう」
動画投稿サイトを直接見た者だけが死んでいるって?
全くハードルを感じることなく誰もが普段から視聴しているコンテンツ。
そんなものに「死に至る罠」が張られているとするなら、論理的に考えてもっと世の中で大勢の死者が出ていてもおかしくないし、その結果ニュースになっているはずだ。
真剣に気に留める必要なんてないオカルト談義としてなら和気あいあいとみんなで楽しめるだろう。謎めいた生徒たちの死。楽しむには不謹慎かもしれないが噂話としてなら誰もが興味をくすぐられる。
だけど、今、ミココの話に余計な寒気を感じさせられたのは、やはりこの前の缶蹴り鬼のことが頭にこびりついているからか。
不特定多数の一般人の目に留まるところに置かれた動画を見て死ぬのなら、もっと大勢死んでいるはず? そしてニュースになっているはず?
俺の「科学万能説」に意義を唱えた母ちゃんに言わせれば、理論的に解明できるものなどそもそも怪異とは呼ばない。この世とあの世の境へ迷い込んだ人間だけに見える死兆。だからこそ怖いんだと。
科学で証明できない存在。いくら追いかけても真理を掴み得ぬ影。そして、どれだけ逃げても逃げきることができない闇の深淵。
母ちゃんによるなら、それこそが怪異だからだ。
中野と父ちゃんにHMDを披露をしていた一乗寺が戻ってくる。ってか戻ってくんな。六畳一間に五人も入るとマジで狭苦しいから。
父ちゃんが、リビングから声を張り上げた。
「みなさん、メロンをご用意いたしました! ささ、リビングへどうぞー」
そんなもの用意するなとそろそろ文句を言ってやらないといけない。家計は大丈夫か? 父ちゃんはミココに気に入ってもらおうと必死だから、タガが外れていないか心配だ。
わーい、と声をあげた幽を筆頭にゾロゾロとリビングへ向かったが、俺は心理的に少し一人になりたくて部屋に残っていた。一乗寺はHMDをケースに収納しようとしている。なので、今、この部屋には俺と一乗寺の二人だけだった。
それはそれで気まずいところもあるのだが、こいつもすぐにリビングへ向かうだろうと見込んであまり気にしないようにした。
俺は部屋の中央にある背の低い丸テーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばす。
どうにも気分がすぐれない。心霊現象など認めないと言ったのに、気がつけば妙なことになっている。
あんなものは夢か幻。そう断じてきたのに。
しつこいんだ。もう放っておいて欲しかった。普通、あれだけ強硬に拒絶されたらやめると思うんだけどな。
自分が正しいと信じているから、そんなことができるのか。
まあ……ミココから見たら、屁理屈を捏ねているのは俺のほうだろう。
ただ負けを認めないだけの、諦め悪く足掻くだけの哀れな奴に見えているんだろうな。
顔を上げると、一乗寺はあぐらで座ったまま俺のことを見つめていた。早く向こうの部屋へ行けよ、と内心イライラしてしまう。
「どうしたんだ? 元気がなさそうだが」
「なんでもないです」
「狭い家がこれほど騒がしくなると、それも無理もないことだが」
余計なお世話だこのやろー、と顔で主張したものの一乗寺は意に介さず……というか全然気づいていないのかもしれなかった。こいつみたいな奴は悩みなんて無いんだろうな。いちいち気にしていたら会社なんて経営できなさそうだし。
結果として、ははは、と愛想笑いを浮かべるにとどめる。
「僕でよければ、相談に乗るぞ」
「え? あなたがですか?」
「ああ。ミココには直接言えんこともあるだろう。一般人が付き合うには少々酔狂な人間だからなあいつは」
人のことが言えますか、という喉まで出かかった攻撃的なセリフは俺には似合わないので飲み込んだ。
代わりに、別のことを聞くことにする。
「……一つ、お尋ねしていいですか」
「なんでも聞いてくれ」
「どうしてミココとつるんでるんですか」
企業の経営者と知り合いだなんてどういう経緯なんだろうと思っていた。
そんなこと根掘り葉掘り尋ねることじゃないとは思うが、話の流れ的にちょうどいい。俺の本音をこの男にさらけ出すなんて論外だし、かといって無視するのも可哀想な気もするし。
「それが君の悩みかね? ……ああ、なるほど。世間一般的な水準からすると飛び抜けて容姿の優れた僕が、もしかするとミココの恋人ではないかと訝しんでいるわけだ。うむ、全く心配する必要は無い。僕は──」
「違います!!」
とんでもない勘違い野郎だ。でかい声で言いやがって!
「かずかたーっ! どうしたんだ、早く来なさい! 一乗寺さんもお連れして!」
「わかってるよ!」
父ちゃんが、叫ぶように俺を呼びつける。
質問の回答は得られなかったがそれは別にどうでもいい。こいつとの話は、このあたりで切ろう。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」
「もし心に抱えるものがあるなら、吐き出していかねば改善はされないぞ。毒を体内に持ち続けると、いずれ心や体は壊れてしまうからな」
リビングへ向かおうとした俺の体が勝手に止まる。
──あんたに何がわかるんだ。
関係のない他人に相談したところで解決する話じゃねえんだよ……。
危うく感情が沸騰しかけたが、そういうのをグッと抑えることには慣れている。
無感情で短く告げることだけを意識し、笑顔を作ってから顔だけ振り返った。
「いいえ、大丈夫です」




