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25 見知らぬ美女


 昼休みの終わり際。

 教室で自席に座っていると、一人の女子生徒が俺のいる一年三組の教室へ入ってきた。


 濡羽色(ぬればいろ)の髪は毛先を遊ばせたセミロングで、目は大きいし、丸顔気味の顔は愛嬌のある造りだ。控えめに言っても可愛いとしか言いようがなく、クラスのみんなも会話を止めて目で追っていた。


 この女子生徒、俺は見たことがなかった。だから、別のクラスの女子がうちのクラスにいる友達を訪ねて来たんだろうと俺は思っていたんだけど、何を思ったのか彼女は最前列の中央席、つまり幽の席に座った。

 

 そしてなぜかその子は俺へジトっとした流し目を向けてくる。

 俺に好意を持つ人間の視線とは思えないが、しかし見知らぬ女子から恨まれる覚えもない。そう考えると元からの性格じゃないかと思った。


 よく見れば、放たれる気配は闇属性を帯びた完全なる(いん)の者だ。そういうところは幽に似ている。幽が居ないからって勝手に幽の席に座るくらいだからあいつの友達なのかも知れないが、数少ない幽の友達にはこの子はいなかったような気がする。

 

 だからと言ってうちのクラスにこんな美少女闇魔導士キャラは絶対にいなかった。

 一軍女子にも手が届きそうなほど可愛いこんな子のことを一度見たら忘れるはずはないので、同じクラスだったら覚えてないなんてことはあり得ない。

 うんうん唸りながら悩んでいると、その子はスッと立ち上がって俺のところへツカツカ歩み寄ってきた。


「かずくん。あたし、コンタクトレンズにしてみました。髪型も、六原(りくはら)さんくらいの長さにしてみました。どうですか」


「は……え!? ゆ、幽!?」


「はい」

 

 人間、本当に驚くとアホみたいに口を開けたまま思考停止するらしい。まさに今俺はそんな感じだ。けど正直無理もないと思う。幼馴染の俺ですら予見不可能なほどの化けっぷりなんだから……いやむしろ、こいつのことをずっと見てきた幼馴染だからこそ驚きも大きかったのか。


 確かに、幽はかなり目が悪くて厚めのレンズをはめ込んだメガネをいつも掛けていたから、周りから見ると目がちっちゃく見えていたのだろう。そうだとするとコンタクトにすれば目は大きく見えるだろうし、顔の印象はガラッと変わるかも知れないが……それにしてもこれは異次元。

 呆気に取られる俺の前で、幽は話を続ける。


「これで、六原さんのこと諦めもつくよね」


「はい?」


「六原さんはもう必要ない。可愛い彼女が欲しいなら今のあたしで十分なはず。だから、」


「ちょ、ちょっとちょっと。こっち来て」

 

 いつものようなボソボソ声で、至って真面目な顔をしながらとんでもない妄言をほざかれた。

 またもや意に反する注目を浴びてしまった俺は、幽の手を引っ張りながら慌てて教室から連れ出した。

 




◾️ ◾️ ◾️





「ほぉ、馬子にも衣装じゃな!」


「馬鹿にしてますか?」


 言葉の意味を間違えているらしいミココは、幽を褒めたつもりでディスっている。

 幽は間髪入れずにこう吠えていた。


 俺たちが今どこにいるかというと、またもや俺の家だ。

「俺たち」とは誰のことを指すのか? それは、俺と、ミココと、幽と、一乗寺と、なぜか中野。


 中野はバド部なのに謎について来ようとする。「練習をサボるのか」と言ってやったら「恩を返す義理がある」とか訳の分からんことを言い返してきた。もう報酬は貰ってるからいいんだよ馬鹿、ただでさえ狭い家にわざわざ入って来んな。


 一乗寺はまたスタッフを三人も連れてきていた。六畳しかない俺の部屋へぎゅうぎゅうになって入ろうとしたので、もちろんこいつらは総員リビング送りにしてやった。

 

「イメチェン成功じゃぞ幽。儂の美人助手としてどうじゃ」


「えっ。美人……」


 一瞬にして(ほだ)された幽が指を顎に当てて悩み始めたので、話を正規路線へ戻すために俺は慌てて口を挟む。このグループにいると、俺の役割は話を戻す役に固定だ。


「だいたいよ、なんでまた俺んちに集まるんだ」


「居心地が良いじゃろ」


「あたしは何度でもかずくんの部屋に来たいです。かずくんの匂いが充満していて体が喜びます。こいつらのことはすこぶる邪魔だけど」


「僕は仕事に有益な場所を望んでいる。そういう意味でこの場所は興味深いし特に反対意見はない」


「俺も守勢(もりせ)の家とか初めてだし」


 中野は本棚に置いてある漫画を漁り始め、一乗寺はHMDを装着したまま俺の部屋どころか家中を歩き回り、幽は俺の机の引き出しを勝手に開けて物色しはじめた。この前に俺の家へ来た時と比べても遠慮というものが見られない。


 とりあえずエロ漫画・エロ動画はスマホで見る時代。古き良きエロ本の(たぐい)はこの部屋には存在しないのでPCを勝手に見られない限り漁られてもまずいものはない。

 だから俺は慌てることなく心を落ち着けて傍観していた。

 

 俺は座り込み、父ちゃんが出してくれたコーヒーに口をつける。

 同じくミココも背の低い丸テーブルを挟んで座り、コーヒーカップを手に取った。


「それでな、イッポー。『面白い話』の続きじゃが」


「それは俺がまだ霊を認めていないことが前提の話か?」


「もちろんじゃ。次の話でうぬにとどめを刺してやろうと思うてな。霊を目の当たりにしても心が折れんとは、それはそれで見込みが……ってか、よう考えたら、うぬが認めようが認めまいが霊がおることは証明したじゃろ! 認めるかどうかはうぬの問題じゃ。霊を証明したのに儂の助手になっとらんわけじゃから、うぬは儂との約束を反故(ほご)にしておる! 当初の(ちぎ)りの通りこの家を幽霊屋敷に」


「証明してねーよ! あれは夢だ!」


「あくまでも(とぼ)けるか。よかろう。ならば泣いて許しを乞うまでうぬを霊に漬け込んでやろう! うぬは儂の事をまだよく解っとらんようじゃが、霊と喋れるということは友達もおるということじゃぞ? 昨日の缶蹴り鬼みたいな奴をたらふくこの家に呼び寄せてやるからな」


「うううっ……」


 念のために言っておくと、ミココは冗談半分で霊の話をしているわけじゃない。

 もちろん、本気と分かれば常識人は引く(・・)だろう。だから俺はずっと疑問だった。

 どうしてこいつは一般人の前で、あけすけに心霊現象のことを口にできるんだろう?


 いくら考えてもこんな奴のことなど理解できないのは分かってる。

 俺は俺。ミココはミココ。こいつは謎の自信を見せて「分かり合える」などと豪語していたが、進む道が真逆である限り俺たちが分かり合える日など訪れることは決して無い。


 では、なぜミココは俺に付きまとうのか。


 たかだかネットで出会っただけの存在だ。ちょっとゲームで気が合ったからといって、ここまで俺に絡む理由がわからない。

 見た目に関しては俺だって悪くはないと思うが、実際に並んで立てばこいつと釣り合っていないのは一目瞭然だ。なにせ学校のアイドルなんだから。実際に会ってみるとカッコ良かったから……なんてことは絶対にないだろう。俺だってそこまで自惚れてないし。

 結局、俺に付きまとうミココの目的について、解っていることは一つしかない。


 こいつが最初から一貫して望んでいるのは、霊の存在を俺に信じさせること。


 ミココは、ずっとそれだけを望んでる。常に装っている「のじゃっ娘」をやめてまで感情的に主張するミココの様子に嘘偽りはないと感じたんだ。 

 初めて会った日も、そして昨日も、俺に向けられた真っ直ぐな視線が頭から離れない。結局俺は、ミココのことを考えれば考えるほど、(もぐ)りたくもない迷宮の奥深くへ迷い込んでいくんだ。


「それでな、イッポー。『面白い話』の続きじゃが」


「ごめん。俺が話をそらしてたよね。そういや授業中からそんな話をしようとしていた気が」


「よい。今後気をつけろ」


「……はい」


「空沼のことじゃが」


「はぁ。それがどうしたの。葬式にでも参列してきたのかよ」


「高橋、上田、山崎の三人に、空沼のことについて聴取してきたんじゃ」


「なんでまた」


「もちろん、この学校で交通事故死が二連発で続いたことに不信感を抱いた儂の勘じゃ」


「交通事故なんて珍しくもないだろ。毎年すげー数の人間が死んでんだぞ全国的に」


「しかし高木は霊に関係しておった」


「それを言うなら関係してた奴は大勢いたろ。部員みんなで缶蹴りをしてたんだから」


「無論じゃ。じゃが、儂らは祓魔師(ふつまし)とその助手じゃぞ? うぬはもっと自覚を持ち、霊に対して感性と注意力を磨かねばならん」


 まるで既に俺を助手にしたかのような物言いがチラホラ目立つようになってきた。

 あんまり調子に乗らすのも癪に障るので、ここらで少し反抗してやることにしよう。


「なってません」


「もうすぐなるのじゃから一緒──」


「そんで?」


 言い終わりへ被せるようにして無理やり話を流すと、ミココは「むぅ」と口を尖らせた。

 超一軍女子の顔でその仕草すんな。攻撃力たけーんだよ。


「高木の話はまた後でする。とりあえずな、仮に霊が干渉しているとすれば必ず空沼の様子におかしいところがあったはずじゃ。じゃから、悪ガキ三名に、最近の空沼の様子で何かおかしい所はなかったかと尋ねてみたんじゃ」


「なんか刑事とか探偵みたいだな。やっぱ事前に情報を手に入れてんじゃん。そうなると空沼のパスワードの件も尚更怪しい気がしてくるんだが」


「儂は本物の祓魔師じゃ! これまでも心霊事件をちゃんと解決しとる!」


「はいはい、そうですか」


 ミココはまた口を尖らす。

 イライラしてそうな印象を受けたので、潮時と判断した俺はここらでやめておくことにした。機嫌を損ね過ぎたら逆に厄介だし。

 とりあえず、俺は話の先を促した。


「それで?」


「…………」


 以前として口を尖らせ、無言のままの仙人様。

 やり過ぎた。どうやらヘソを曲げてしまったらしい。だが「ごめん」と謝ってしまうと元の木阿弥(もくあみ)だ。


 俺はここで必殺のアイテムをテーブルの上にバン! と置いた。

 それはチョコパイの箱。俺は箱の封を破って一つ取り出し、手のひらに置いてミココへ差し出す。それを険しい表情でじっと眺めていたミココは、数秒後にゆっくりと手に取り、丁寧に包装を破った。


 もぐもぐもぐもぐ。


「一つ言っておくがな。儂がいつもいつもチョコパイでなんとかなると思い込んでおるならそれは途轍もない勘違いじゃ。……あれ? これ、プリンの味がする! わぁい」


 なんとかなったようだ。のじゃっ娘の仮面が剥がれているから心が(あら)わになっているんだろう。なんか大体わかってきた。




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