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22 祓魔屋ミココの送り方


 俺は、のそのそと進む真っ黒な人型怪異のあとについて歩く。

 二組の教室を覗き込むと、ミココは息を切らせながら例の机に手を触れていた。呼吸苦で顎が上がりながらも、リュックを俺へ投げてよこす。


「イッポー。ほれ」


「おい、こいつは大丈夫なのかよ」


「ああ。もうこやつは儂らを襲うことはない。サイコメトリーを使って抗議したら理解してくれた。もともと悪意のある霊ではないからの」


 事前にミココが俺へ指示していた通り、俺は準備を始めることにした。


 教室のコンセントに電気ケトルのプラグを差し込む。

 ミネラルウォーターのペットボトルを開けて電気ケトルへ注ぎ、沸騰ボタンを押した。

 ちょっとだけお高そうな紙コップを三つ取り出してドリップコーヒーのバッグをセットし、それから机を挟んで椅子を二つ置いた。俺の椅子は用意しない。俺もコーヒーはいただくが、怪異と向き合うのはミココ一人だから。

 開けたドリップバッグからコーヒーの良い香りが教室内にふわっと漂った。


「これでいいかよ? お前はブラックだろ。こいつは、砂糖とミルクはどうすんの」


「ブラックで良いらしい。やはり趣味が合うの」


 片方の椅子に足を組んで座ったミココは、チョコパイの袋を一つ開けて机の対面側に置き、もう一つチョコパイの袋を開けると自分でもぐもぐ食べ始めた。

 それを大人しく見届けた怪異は、反対側の椅子にちょこんと座る。


「うぬは、いつも缶コーヒーだったのじゃろ? 高級品とまではいかぬが、スーパーで安売りしとるやつよりは上物じゃ」


 ミココは、机に手を添えたまま怪異に話しかける。

 俺には怪異の声は聞こえなかったが、怪異はミココの話に頷いたりしている。

 それに、 


「はは。そうじゃろう。楽しみにしておれ」


 ミココが一人で喋る内容は怪異と会話が成立している雰囲気だ。

 

 パチン、と電気ケトルから音がした。俺は沸騰した湯を紙コップに注ぐ。

 教室に立ち込める冷気が、紙コップから立ち昇る湯気を際立たせている。

 さっきまで散々走っていたからTシャツでも十分なほど暑かったんだけど、止まると途端に冷えて寒くなってしまった。早く熱いコーヒーが飲みたい。


「さ。熱いうちに飲むが良い」


 ミココと怪異は、紙コップを手に取った。

 俺は二人から少しだけ離れたところで立ったまま机にもたれかかる。紙コップに口を付けつつ、二人が続ける奇妙なコミュニケーションを黙って見届けた。


 やがて、真っ黒だった怪異は人の姿に変わっていった。

 黒髪ミディアムの少年だ。おそらく高校生くらいだろう。彼はミココの言葉に合わせて表情を(ほころ)ばせ、合間合間に頷き、笑っている。

 もちろん、俺の耳で聞く限りはミココが一人で喋っているだけなので、本当に「二人の会話」なのかというのは証明できることではない。

 

 教室の窓から満月が見える。差し込む月明かりがミココと少年を照らしていた。コーヒーが生み出す湯気がキラキラと光を反射して、どこか幻想的ですらある。

 

「さて、ここでお別れじゃ。儂らも、生徒たちの魂を返してもらわねばならんのでな」


 コーヒーを机に置いたミココの横顔は、どこか物悲しげだ。

 一呼吸おいてから、彼女は怪異が怪異となった経緯について話し始めた。





────…………

 




 ずっと、人と付き合いをするのが苦手だった。

 だから、友達はいなかった。

 クラスにいじめっ子がいたわけじゃない。だから、僕はいじめられはしなかった。 

 それでも、友達はできなかった。うまく話ができない。コミュニケーションを取ろうと頑張ってみたけど、どうしてもうまく喋れなかった。


「グループに分かれましょう」と言われれば、それが何人組であろうと必ず僕一人が単独端数になる。楽しそうにしている友達の仲間に入れて欲しい。そう思っていたけど、口も態度も思う通りには動いてくれなかった。


 中学から高校に上がった新学期、ずっと閉じ込められてきた自分の器から抜け出せるかもしれないと期待に胸を高鳴らせたけど、僕と周りの人達の間には決して破れない透明の壁があると分かっただけだった。


 授業が終われば、大好きなブラックの缶コーヒーを握りしめながら、三階にある一年二組の教室から下を見下ろす。楽しそうに下校する生徒たちを見るためだ。

 他人が楽しそうにする様子を見ることで、自分もその仲間に入ったつもりになって楽しんだ。

 誰とも心は繋がっていなかったけど、きっと繋がることができたならこんな毎日が待っているんだろうと思った。


 今日なんて、あの子達は中庭で缶蹴りをしてるんだ。

 そっちから行ったら見つかっちゃうよ!

 あ、あの子はなかなか良いところから攻めようとしてるね。でも、もし僕が鬼だったら、こういうふう見張るから通用しないよ?

 そんなことを考えながら眺めていたら、つい一時間半くらい経っていた。


 外にある眩い光を目の当たりにしてから内に目を向けると余計に思い知らされ、振り子のように反動をつけて気持ちは陰に入り込む。

 自分というものの存在意義を見失った。そして、なんのために生きているのか分からなくなった。

 

 今日も二組から見下ろしていると、何人かの生徒たちが楽しそうに缶蹴りをやっていた。

 あの子たちは、今、缶蹴りにハマっているのかな。すごく楽しそうだ。缶蹴り、僕もやりたいな。缶蹴りが終わったら鬼ごっこをやったりしてる。もう高校生だよ? まるで子供みたいだ。 

 僕も、いつかあんなふうに、楽しく友達と触れ合えたらいいな……。





────…………





「その日、うぬは首を吊った」


 霊には、霊ごとに霊となった経緯がある。それは霊の人生そのものだ。だから(ないがし)ろにしてはいけない。

 これもまた、俺が母ちゃんから教え込まれたことだ。こうやって霊となった経緯を読み上げることは、霊が人間だった頃の人生や気持ちを生者が理解し、(とうと)ぶ意味もあるのだと。 

 ミココが読み上げた話を聞いて、首を吊る場所をこの教室にしなかった気持ちがなんとなくわかる気がした。


「山田陽介。これより生徒たちの魂を解放し、()の国へ旅立て。そこで、」


 ミココは(まぶた)を閉じた。


「次こそは、友達ができるといいな」


 少年の体が霧散していく。

 月光を浴びて輝きながら弾け飛び、まるでマジックのように星の屑となって消えた。


 物音ひとつ無い教室。 

 じっと様子を(うかが)う俺に、ミココが合図する。 

 

「逝った。もう大丈夫じゃ」


 気づけば、教室は真夏の夜にふさわしい汗ばむ熱気に包まれていた。

 少年が使っていた紙コップを覗くと、すっかり(から)になっている。中身を失ったチョコパイの包装が、閉め忘れた窓の隙間から流れ込む風に揺られていた。

 

 死者を弔う時、棺桶には死者が生前に好きだったものを入れたりする。

 それは、故人が生前に好きだったものをあの世でも楽しめるようにという、送り出す側の気持ち。ミココが用意したコーヒーは、きっと、そういう意味が込められていたんだろう。

 

 そんな非科学的なことをするのは無駄なことだと、ずっと思ってきた。

 でも、空になった紙コップを見た俺の心へ不覚にも去来したのは、それとは真逆の感情。

「そうだったらいいのにな」だった。



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