2 いつもの五軍勢の正体
幽霊の存在を証明してやると今こいつは口にしたが、恐らく、伝承されてる心霊話だとか、誰々がこういう体験をしたとか、そんな話を連ねて俺を説得しようとしているんだろう。だって、本当に幽霊なんているはずはないから。
つまり、要はこいつは自分の趣味であるオカルト話に付き合ってほしいと言っているわけだ。
サンシンと知り合ってからの二ヶ月間、幽霊のことなんてこいつは一言も喋らなかった。最初は気後れして自分がオカルト好きなのを言い出せなかったのかもしれない。そろそろ仲良くなったしオカルト仲間に引き込もうって感じか。
運が悪かったな。俺は完全にお前のことを見切っている。
どういう理論で幽霊を証明しようと俺がとる態度は「その都度否定」の一択だ。興味なさげな雰囲気を出し続ければすぐにこいつも諦めるはず。
とりあえずゲームは一区切りついたし、ようやくこの馬鹿の話に本腰を入れる準備が整った。
「あのな。幽霊がいることを証明するなんて、できるわけないだろが」
【では、うぬは幽霊がいないと証明できるのか? できないならおるかもしれんじゃろが】
「悪魔の証明かよ。証明責任を俺に転嫁するんじゃねーよ」
【頑なに幽霊はおらんと言い張るから言うたまでじゃ。最初から証明してやると言うておるじゃろ】
「おお。いいぜ、上等だ。じゃあ証明してくれよ今から」
さあ、どんな話を持ち出してくることやら。何が来ても全否定してやるからな。
俺は、ふっふっふ、とつい勝ちを意識した笑い声を漏らす。
サンシンは、うふふふ、と、体の内から溢れ出る歓喜の波を抑えきれないような声を返してくる。
……なんだよ。気持ち悪いな。お前は笑ってないで早く心霊話をしろっての。
【集合場所は何処がいいのじゃ】
「は?」
【待ち合わせ場所じゃ】
「え……リアルで会うのかよ!? でもお前──」
【心霊現場を見に行かずして、どうやって霊を証明するんじゃ】
いやもちろん至極もっともなご意見だが、それを言われるとは考えてもみなかった。実際に心霊現場へ行って幽霊を直に見せようってのか?
こっちがそれを提案するならまだ話はわかる。実際に見せてみろと。
でも、こいつのほうからそれを言い出すかね。どういう自信なのか知らんがちょっとイカれてる感が漂ってきたな……。これは会わんほうがいいかもしれない。
いずれにしてもネットの出会いなんてちょっと怖いし、さすがにこれは断る方向で考えるのが無難か。
とりあえず、そんなに都合よく近隣に住んでるとか有り得ないので、
「無理だろ。そんな近くに住んでるわけないんだから」
【どこに住んでおるんじゃ】
「東京だよ」
【儂も東京じゃ】
「東京っつっても広いからな。端から端まではすげー距離あんぞ」
【東京のどこじゃ】
「神隠市だよ」
【奇遇じゃな。儂もじゃ】
「はっ!?」
いや待て。落ち着け。こいつは嘘をついている。偶然にも同じ市に住んでるとか、そんなことあるわけがない。というか、俺としたことがつい乗せられて住んでる市までゲロってしまった。
「お前、嘘ついてるよな。先に俺に言わせたろ」
【なーんでそう思うんじゃ?】
このまま何も考えずに話を続けるとまた同じ返しの連発に付き合わされてしまうだろう。
誰が乗ってやるか!
「えっと……たまたま同じ市に住んでるとか話が出来過ぎなんだよ。じゃあよ、今から神隠市駅前へ二〇分後に集合できるか? なら信じてやる!」
【オッケーじゃ。では二〇分後、南口に集合な】
サンシンは、あっさり回線を切った。
……嘘、だよな? まさか、ホントに来るわけじゃないよな?
「ちょっと支度がある」とか言い訳をして移動時間をたっぷり稼ごうとしたらバッサリ断ってやろうと思っていたのに。
とうしよう。本当に行くか?
確かに約束はしたけど、「後で冷静になったら行くのは嫌になったのでやーめた」とか全然ありだと思う。ネットでのやり取りで乗せられちゃっただけってことで。
……ただ、一応はそこそこ仲良くゲームしている仲であることもまた事実であり。一方的に無下にするのも何だか憚られるなぁ……。
ったく、しょーがねーな。
着替えるかどうか一瞬悩んだが、会ったこともない陰キャ女子から幽霊を証明されるイベントのためだけに着替えるのも馬鹿臭い。
なので俺は部屋着のまま──すなわち、いつもパジャマ代わりに着ている擦り切れた膝丈ハーフパンツと、使い古された日本手ぬぐいばりにほつれたTシャツ姿で家を出た。
生ぬるい風が頬を撫で、湿気た空気がまとわりつく。ただ歩いているだけでもジワッと汗ばむ、夏の夜の八時半頃。
暗くなってからそれほど経っていないからか、駅前は人が多かった。まだ夏休みには入っていなかったが、期末テストも終わった俺たち高校生の気分はもうすっかり夏休みだ。
約束の南口、入口近くで立ちスマホしながら待ち合わせしてそうな奴は何人かいるが、仙人語を使うオカルト女に該当しそうな陰キャラは見当たらない。そういやサンシンのヤロー、どうやってお互いを認識するつもりなんだ?
せめて連絡先くらいは交換しておくべきだったか……イヤイヤ何考えてんの! なんで俺のほうから見ず知らずの女に連絡先を教えてやらなきゃらなんのよ。
仕方がない。約束の時間まで駅前で待ってから、五分経過したら帰ろう。
約束は「通信回線を切ってから二〇分後に駅の南口」だ。それを過ぎてからも待ち続ける義理は無い。
スマホの画面を触って時計を表示させると、約束の時間を一分間過ぎていた。
よーし、あと四分間だけ待ったら帰ろう。
つーか、わざわざ俺を駅に来させといて自分は来ないとか悪質極まりない。
どこかホッとしながらスマホをポケットに入れる俺の真隣で、スウウ、と大きく息を吸い込む音がする。
直後、
「イッポ──────────っっ!!!!」
とんでもない大声を張り上げる女。俺が飛び上がったのは言うまでもない。
周りにいた人々も軒並み驚いていたが、もしかすると名前を叫ばれた張本人である俺は、その他大勢とは違う表情をしていたのだろうか。
俺の名を叫んだ女は、ニヤついた内心がすぐさま見てとれる視線で真横にいた俺を捉える。
くっくっく、と声を押し殺すように笑ったかと思うと、
「あはは。みっけ」
そんな変わり者の女の子の様子を呆然と眺めているうち、驚愕の事実に気が付いた。
俺は、この女子のことを知っていたんだ。
金色セミロングの髪は、そこらへんのドラッグストアで買ったブリーチ剤などでは出せなさそうな透き通った美しい色合い。
俺如きが直視するなどおこがましいくらいに可愛い顔、妖艶な曲線で形造られた肢体のアウトラインはモデルとか芸能人だと言われても素直に信じてしまいそう。
さらには、短くしたグレーベースのチェックスカートの柄は、うちの高校の制服。
うちの学校の一年生女子は一〇年に一度の豊作と言われるほどに可愛い子が多いが、この子はその中でもダントツ人気を誇るエースだ。
俺とは住む世界がまるで違う、突き抜けた美貌を振り撒くみんなの女神様。
彼女の名は「六原ミココ」といった。
放心する俺の様子がよほどおかしかったのか、六原は悪ガキのように白い歯を見せる。
「うぬがイッポーじゃろ? 解っとらんって顔をしておるな。儂がサンシンじゃ」
その女神様が、なにやら仙人みたいな喋り方をしている。みんなの憧れのアイドルって、こんな喋り方だったんだ。知らなかった……。
それにしても、ずっと遠くから眺めるしかなかった陽キャの超一軍女子と、いつもゲームの話ばかりする陰キャの五軍勢だと思っていた女が、実は同一人物?
メンタルの切り替えがうまくいかなかった俺は、ついボイチャしている時と同じノリで雲の上の女神様に話しかけてしまう。
「お、おまっ……五軍じゃなかったのかよ!?」
「なんのことを言うておる。とりあえず行くぞ」
「へっ……あの、ど、どこへ?」
「決まっておろうが。幽霊屋敷じゃ」
六原もまたボイチャしている時と同じノリのまま喋り、さっさと一人で歩いていく。
俺は慌てて後を追いながら、早くも自分の名前の通りになっていた。