18 一年二組へ行こう
クラブ活動に打ち込む生徒しかいなくなった時間帯。しばらく中野の話を聞いた後だったが、午後四時半を過ぎても夏の夕方はまだまだ明るい。
静かになった校舎の中を、三階にある一年二組の教室へ四人で向かう。
「それにしてもよ、そいつが自殺したのは自分の家なんだろ。どうして一年二組へ行くんだ」
「死んだ場所に思い入れがあるとは限らん。思いが込められた遺品が家にあるとも限らん」
「そりゃそうだけどよ……。例えば、噂になってないだけで仮に原因がいじめだったとすれば、教室になんて嫌な思い出しか──そっか! 教室に怨念がこもってる的な! …………ハッ」
ミココが俺を見てまたニヤニヤしている。
不覚だ。つい、まるで心霊現象の話をするのが楽しいかのように振る舞ってしまった。
俺はこれでもかというくらいに眉間を険しくさせて、腕を組んだ。
「いじめだけが自殺の動機だとも限らん。うぬが言うようにいじめが周囲に知られていないだけの可能性も考えられるが、いずれにしても霊の出現場所が学校である以上、手始めにそいつが属しておったクラスへ行ってみるのが妥当じゃろう」
俺たちは、二組の表示がある教室へと辿り着く。
「そんでもよ。正法さんの時は自分の家だったからそりゃ遺品もあったけど、教室なんて持ち物ももう片付けられてるだろうし、今更この教室に来てもそいつの遺品が残ってる可能性って低いんじゃないのか」
ミココは俺の質問には答えない。
教室へ入るなり、あちこちに手を触れていく。俺はその様子を黙って見守った。
黒板、ロッカー、生徒たちの机。
教室に置かれたたくさんの机へ順番に指先を這わせていたミココは、ある机で手を止める。天井を仰ぎ、もの悲しそうに眉を歪めた。
教室の窓から差し込んだ西陽で体が影になったミココは、まるで輪郭から光を放出しているかのようだ。浮世離れした神秘的な佇まいに、俺たちは言葉を失っていた。
「霊は、遺品や場所に取り憑く。今回はその両方じゃ。教室には思念がこびりついておるし、この机には強い残留思念が込められておる」
一件目にしてビンゴだったと言いたいらしい。
すなわち「霊の手がかり」や出現条件を、こいつは読み取れたということなんだろうな。
そうだとするなら、霊を祓う準備は整ったわけだ。
「この前の話で言うと、霊が記録し続ける思念を継続的に読み取ることでお前は霊が見えるんだったよな。なら、今お前はその霊が見えてるのかよ」
「いや。ここにはおらん」
「大体、自分のことを退治しに来た俺らがここへ辿り着く前に、どうして妨害しなかったんだ? やっぱ霊なんぞ居ないんじゃないか」
「言うたじゃろ。出現条件があるんじゃ。この霊は、生きている間に叶わなかった自らの願いを盲目的に叶えようとしておるだけじゃからの。すなわちそれこそが、この霊が霊となった動機でもある」
訳の分からん返しをされた。
愛でるように机の表面を撫で、ミココは目を閉じる。
「今から準備をして作戦を練り、今夜、こいつのことを送ってやろう」
「えっと。退治じゃなくて?」
「退治などと人聞きが悪い。霊の人権……もとい、霊権を無視した傲慢な言い方じゃ。うぬは霊の事情も知ろうとせずに一方的に攻撃しようと言うのか? 相手が人間でもそうするのか? 見損なったぞ」
「言い過ぎだろ。んなこと言ってもよ。中野の友達が──」
「霊をあちらへ送れば部員たちの魂も解放される。それで文句なかろう」
「文句は言ってねーよ。疑問に対する質問だ」
「あーいえばこーいう」
「お前だそれは」
でも、それってそんなに悪い奴じゃないってこと?
部員たちの魂を奪るような奴だけど。