17 調査開始
クラブ活動中の缶蹴りで起こった異常体験を話し終えた中野は、ここでふうっと一息吐く。
「だから俺は六原さんを訪ねんだ。あんたが教室でオカルトの話をしてたって聞いて、もしかしたら詳しいんじゃないかって──」
「いやいやいや。夢でも見てたんだろ。だって、気づいたら三人とも寝てたってことだろ?」
俺が中野へ掛けた第一声はこれだが、それも当然だ。話が現実離れし過ぎている。
大まかな状況だって基本的には正法さんの時と変わらない。夢オチを完全否定する要素は見当たらない。
結果、事情を聞いた後でも感想は変わらない。んなわけねーだろ、としか思わない。
「夢じゃねー! 寝てたのは翔太と夏川だけだ、俺は寝てねーんだ」
「で、気づいたら夜が夕方になってた、って? 冬が夏になってた、って?」
「……そうだよ」
そんなこと言われてもなぁ。
「気が狂ってるわけじゃないし、気のせいでもねー! 頼む、信じてくれ守勢!」
中野は、すがるように懇願した。
嘘をついてまでする態度じゃないようには思うが、だからって俺は霊の類なんてもちろん信じてはいない。正法さんちで起こった現象だって、結局ミココは俺にグウの音も言わせないほど完璧に証明することはできなかったんだしな。
中野の怪談話を聞き終えたミココは、何やら眉毛をひん曲げて、納得いかなさそうに腕を組んでいた。
「しかし、その心霊現象は聞いたことがないぞ。この学校程度の怪異は全て把握しているつもりだったんじゃがな」
「はぁ。他にどんな怪異があんの」
「屋上から飛び降りて死んだ女子生徒が夜な夜な屋上を徘徊するやつとか、好きだった男子生徒にフラれた女教師が首をくくった化学室で男子生徒が頻繁に昏睡状態になるやつとか、サッカーの部活中に後頭部を強打して死んだ男子生徒がインターハイ予選に出られず口惜しすぎて運動場に化けて出るせいでサッカーをやっていたら知らない間に人数が一チーム一二人になっているやつとか──」
「うちってそんな怪奇現象多いの」
「そういや」
黙って俺たちの怪談話を聞いていた中野が、ポツリとこう漏らした。
「今、思い出したんだけど……ちょっと前に、一年二組の誰かが自殺してたよな」
「しかし、原因はいじめなどではないと噂が回っておったな。事件になったわけでもない」
「ああ。確かクラスの奴らすら何も分かってないって話だった。家で自殺したのに家からも遺書は見つからなかったし、家族も自殺した原因が分からないらしいって」
「ふむ……」
ミココは指を顎に当てて、難しそうな顔になって地面に視線を落とす。
こいつどうするつもりなのかな。「この件は霊じゃない」って判断することもあるのかな。
「事件解決を請け負うことはやぶさかではないが、それには一つ条件がある」
「条件?」
表情筋に力を入れて身構えた中野とは違い、もちろん俺はミココがこれから何を言わんとしているのか知っている。
「そうじゃ。儂は心霊現象の解決にあたって、報酬をいただくことにしておってな」
「……俺、そんなにお金は持ってなくて」
「ああ心配せんで良い、金は受け取っておらん。その代わり、解決した暁には儂の要求を何でも一つだけ飲んでもらうことになるが、それで良いか」
そっちのほうが心配だよと言わんばかりに中野の視線が綺麗に揺らいだ。まだ人間関係もろくに築いていない赤の他人の要求を「何でも」とか、怖すぎるからな。
中野はしばらく迷っていたが、やがて覚悟を決めたようだ。
「……わかった。何でも言うことを聞くよ。それで、要求ってどういう……?」
「それは事件解決後に言い渡す。よし、では行くぞイッポーよ」
「あ? どこへだ」
「一年二組の教室じゃ。中野よ、うぬは一旦帰って良いぞ。用があればこちらから連絡するから連絡先だけ教えてもらおう」
ミココは、スマホ同士を近づけて中野と連絡先を交換する。
俺もファミレスの時に交換させられたけど、こいつ結構ポコポコ連絡入れてくるんだよな。しかも心霊現象とか全然関係ないどうでもいい話題を仙人語で。まぁ楽しそうにしてるから別にいいんだけど……中野にもそんな感じで連絡をするんだろうか。
ミココはさっさと立ち去ろうとしたが、中野はミココへ追いすがった。
「あ、あのっ。俺も行く! このまま黙って手をこまねいている訳にはいかないよ」
ミココは、拳を握りしめる中野の意志の強さを確認するかのように、しばらく視線を交わしていた。
「ええじゃろう。うぬもついてこい」
こいつも行くのか。
そりゃバド部の面々が抜け殻のようにされてしまったんだから、中野がこう言い出す気持ちも分からなくはないんだけど。
だからって、なんか、別にこいつを連れていく必要はない気はするんだけど。
「どうしたイッポー。何か気がかりか?」
「へ? あ、うん」
考え事をしている最中に突然問いかけられると咄嗟に反応できないことがある。
ミココにじっと見つめられた俺は、まさに今、そんな感じで。
目が泳いじゃたかもしれないけど、とりあえず俺は何か言わないと……と思って場当たり的に考えついたことを口にした。
「あ──……そうだな。仮にこいつの話が本当だとしたらだけど──」
「本当に決まってんだろ!」
「ああ、わかったわかった。わかったからお前はちょっと黙っててくれ。ミココよ、この霊は……いやもちろん霊だったとしたらだぞ!? たとえ話だから勘違いすんなよ。……こいつは自ら人間に干渉して、しかも危害を加えたってことだよな? そういうのって相当危険なやつじゃないのか。そんな案件に一般人を──」
くっくっく、と愉快極まりない様子でミココは声を押し殺しながら笑う。
……うわー。めちゃくそ嬉しそうな笑顔に変貌しやがった。
くっそ。やっぱ母ちゃんの知識を不用意に語ったのが間違いだったか。「知らんけど戦法」が通じてねーじゃねーか。
「相変わらずよう知っとるの。やはりうぬは一刻も早く儂の助手になるべきじゃぞ。
その疑問に回答するなら、うぬの言う通り恐らく危険性としては高めの案件じゃろう。
この缶蹴りで捕まった部員たちは霊に魂を囚われておる。全員の魂を無事に助け出すには霊を成仏させる必要があるが、そのためには霊の手がかり──すなわち『霊の名』と『霊となった経緯』を知る必要があるのは既に言うたな。
しかし、一年二組の教室は今も普通に使われておる教室じゃし、そんな霊が出たというのは初耳じゃ。恐らく霊の出現条件があるのじゃろう。霊の手がかりを手に入れても、霊が現れてくれなければ対話することはできんから成仏させることもできん。まずはそこから調べる必要がある。
恐らくこの案件は人手が多いほうがうまく事が運ぶと見込まれるから、多少の危険があったとしてもやる気があるなら連れて行くぞ。だいたいからして、そもそもこいつの依頼なのじゃからな」
「ん──……そしたら三人で行くか」
「あたしも行きます!」
幽が、存在を忘れるなと言わんばかりに高々と手をあげる。
「あのなぁ、幽。お前いい加減──」
「いいじゃろう。うぬも非常にモチベーションが高くて見込みがある。感心じゃ。なんじゃったら幽もまとめて儂の助手第三号に──」
「断ります!」
被せるように幽は言った。