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16 太陽の下に現れた闇②(中野視点)


 俺と翔太は三階廊下の窓から顔を出し、慎重に中庭を観察した。

 噴水の近くには、一人また一人と部員が横たわっていった。()に捕まったと思われる部員たちは、まるで魂を抜かれたように目を見開いたまま微動だにしていない。


海斗(かいと)、どうする? なんかヤバいよ……これ、高木さんがワザとやってるの?」


 不安そうな顔をする翔太に「そうだ」と言ってあげたかったが、どう考えてもそんな訳がなかった。空がこんなに暗かったはずはないし、第一、真夏なのに──さっきまで汗が吹き出すほど暑かったにもかかわらずこの寒さ。

 完全に人間がどうにかできる範疇を超えている。お化け的なものなんて信じるタチじゃなかったが、俺の思想がどうであろうが自分の目と耳で感じた現在の状況を現実のものとして受け入れるしかない。


「翔太。たぶん、捕まったらヤバい」


「……だよね。もしかして、死んじゃうのかな……」


 月明かりだけが照らす校舎の中を、姿勢を低くして二人で走る。

 まずは仲間を探そうと思っていると、


「夏川!」


「中野くん! 田中くん!」


 出会うなり俺へ抱きついてきた夏川の流す涙が、俺のTシャツを濡らす。

 俺は、嗚咽してまともに喋れない夏川の両肩を掴んで問い正した。


「どうした。何があった!」


柚葉(ゆずは)が、真っ黒なお化けに、見つかって。缶を踏まれながら、名前を呼ばれたら、光る玉みたいなのが、口から出て。そ、それから、糸が切れたみたいに倒れて。柚葉は、目を開けたまま、横になってる。今、息をしてるのかもわからない」


 震える体を自分の両手でギュッと抱きしめ、涙と鼻水でびしゃびしゃになった顔を取り繕うことも忘れて、夏川は途切れ途切れに言葉を絞り出す。それを見た俺は、身体中をほかほかさせる熱そのままに、力いっぱい拳を握りしめていた。


 いきなりこんなめちゃくちゃが起こって焦ってしまってたけど、いい加減、俺だってムカついてきたんだ。

 俺の好きな女を泣かせやがった。絶対に許さねえからな、あのお化け野郎!


 冷静になって思考を回せ。

 翔太じゃできないんだ。こいつは試合本番の緊張に対処するのも戦術的に考えるのも得意じゃない。逆に、俺の得意分野はこういう場面なんだからな。


 これは缶蹴りだ。そして、鬼が提示した条件は制限時間以内に缶を蹴ること。捕まれば魂を抜かれて抜け殻になり、他の部員たちと同じように噴水のところで転がることになる。


 さらに、もう一つ条件があった。「捕まったらずっと缶蹴り」だ。

 捕まっても死なないかもしれないがエンドレスで缶蹴りをやらされる可能性はあるし、二度と脱出のチャンスを貰えない可能性すらある。

 しかし逆を言えば、缶を蹴りさえすれば、部員たちの魂を取り返し、この悪夢から脱出できるかもしれない。


「お化け相手に、まともに行ったんじゃ話になんないな」


 二人が俺のほうを向く。


「でも、こんなのどうするの?」


「落ち着けよ翔太。俺が(おとり)になる。その隙にお前は缶を蹴るんだ」


「ばっ……何考えてんの! 山城さんがどうなったか、今聞いたじゃないか!」


「このままじゃジリ貧だ。全員が捕まっちまえば、きっと俺たちは一生ここで缶蹴りをさせられる。だけど、一人でも缶を蹴れば全員この状況から無事に脱出できるかもしれない」


「それは……」


「この中でダッシュ力に優れてんのはダントツお前だろ。切り札はお前だ。やれるな?」


 翔太は見るからに狼狽(うろた)えていた。

 まあ当然だろう。バドの試合程度で頭真っ白になってる奴が、生死が懸かったこのデスゲームで緊張しないはずはない。

 だけど、今はお前に託すしかないんだ。翔太をやる気にさせられるかどうかに、この作戦の成否がかかってる。

 信じてんぞ俺は。お前が呼応してくれるのをよ。


「……うん。やってみる」


 よし!

 怯えながらも力強く返事した翔太を、俺はしっかりと抱き締める。


「任せた」


「うん」

 

 それから俺は、不安そうにする夏川を鼓舞した。


「大丈夫だ。心配するな夏川、絶対に山城を取り返してやる。全員ここから脱出させてやるから」


「中野くん、あなただけにやらせたりしないよ。私もやる」


 普段おっとりしている夏川が、歯を噛み締めている。涙と鼻水を袖で拭き、夏川もまたしっかりとした声で言った。


「……上等」


「でも、どう動くの?」


「缶を蹴りに行く本命は、ダッシュ力が一番ある翔太。配置は、翔太が東校舎、夏川が北校舎、俺が西校舎だ。

 まずは俺が、誰だか確認されない程度に姿をチラ見せして、すぐに西校舎の(かげ)へ戻る。うまくいけば奴は追っかけてくるから、その隙に反対側の東校舎にいる翔太が全ダッシュだ」


「でも。うまくいかなかったらどうするの? チラッとでも見られたら名前を呼ばれちゃうかも」


「そんときゃ、奴が缶を離れるまで隠れろ。夏川と翔太のうち、奴に追いかけられたほうが囮になりつつもう一人が缶だ」


「「了解!」」


 心細かっただろうに、夏川も翔太も、それぞれバラバラに配置場所へ向かう。この時点で見つかったら水の泡だから、俺たちは慎重に動いた。

 俺は西校舎の壁を背にして空を見上げる。少しだけ欠けた月が俺を見下ろしていた。


 手は震え、吐く息は白い。

 手が震えるのは寒さからか、それとも命を懸けた勝負だからか。

 

 ……おもしれー。俺は、試合本番は得意なんだ。


 各人が配置についた。静寂に響く心音を聴きながら、滅多に祈らない俺が祈る。

 頼むぜ。うまく行ってくれ!


 西校舎から中庭側へ出て、俺は一瞬だけ幽霊に姿を見せてやる。黒い奴が振り向ききる前に、素早く西校舎の陰へ駆け戻った。


「ミイイイイツケタアアアアアア」


 地響きのような絶叫がこだまする。

 囮である俺はこれ以上逃げる必要はないから、校舎の陰から(のぞ)いて状況を確認した。


 猛烈な速度で走る真っ黒お化けが、真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 両目を赤色に光らせ、叫びながら、俺を殺すために。

 怖い。くそ……馬鹿野郎、怖気付くな! この作戦に、みんなの命がかかってんだ!

 震える体を両腕で押さえつけて逃げ出したい衝動を必死に(こら)え、俺は壁の陰から奴を観察し続けた。


 缶から離れて追いかけて来るところからして、あいつは俺が誰なのかまでは認識できていない。そして、あのお化けは空中を飛んだりはしていない。

「缶蹴り」という遊びのルールは守るつもりなのか。なら、俺たちにだって勝ち目はある。

 この動き、計画通りだ! 奴はこのまま俺のところへ来るはず──……


 西校舎の陰から中庭を覗く俺は、予定通り翔太が対面の東校舎から飛び出したことを視認する。が、ここで異変が発生した。

 真っ黒お化けが急制動をかけて立ち止まったんだ。

 奴は首だけグルンと一八〇度向きを変えて、東校舎を飛び出した翔太をまともに見据える。


「ミイイイイツケタアアアアアア」


 奴は叫びながら、上半身をグデングデンに振りつつも物凄いスピードで缶のほうへ駆け戻る。

 仮に翔太が今から引き返しても、もうまともに顔を見られているだろう。だからって、このまま缶のところまでつっ走ったところで間に合いそうな感じはしない。

 どうする──……


 俺は不覚にもこの大事な場面で迷っていたが、試合本番の時にいつもオドオドしていた翔太は、どうやら迷っていなかったらしい。

 

 翔太は一瞬、クラウチングスタートのような低い姿勢を作った。

 引き返すどころかむしろ加速する。幽霊にも決して引けを取らない卓越した加速力。恐れを()()けた、力強い表情をした翔太は徐々に上体を起こしながらトップスピードに入って缶の方向へと一直線に駆けていく。

 しかしそれでも間に合いそうにない。僅差(きんさ)で幽霊が先に缶へ到達してしまいそうなタイミングだ。


 俺もまた覚悟を決める。

 西校舎から飛び出して缶の方向へと全ダッシュ。幽霊を追いかける形だ。


 西校舎の陰から出て視界が開けた瞬間、北校舎から飛び出した夏川の姿も見えた。

 スマホで連携をとる間もないタイミングだったが、まるで心が繋がっているかのように考えることは同じだった。

 幽霊が三人の名前を呼び終わるまでに、缶を蹴ってやる!


「「「ああああああああ!」」」


 幽霊が缶に辿り着き、足裏で缶を踏んだ。

 紅に輝く瞳を三人へ順番に向けながら、学校全体へ響くような声で俺たちの名前を読み上げる。


「タナカショウタ、ミツケタ! ナツカワアイナ、ミツケタ! ナカ──」


 かああああん!

 

 スライディングのような俺の蹴りが、幽霊が踏んでいた缶を捉えて吹っ飛ばす。三人目の刺客である俺の名前を呼び終える前に、缶は水平に飛んで転がった。


 コロコロと転がる缶をただ茫然と見つめる時間が過ぎる。

 気が付けば幽霊は消えて無くなり、凹んだ缶は落ちかけた西陽(にしび)に照りつけられていた。

 近くには、夏川と翔太も倒れていた。俺は慌てて起き上がり、二人の体をゆする。

 二人は俺の呼びかけで目を開けた。

 無事でよかった、と俺は胸を撫で下ろした。凍えるようなさっきまでの寒さが嘘のように蒸し暑い。


 だけど、翔太も、夏川も、一言も喋らなかった。

 家へ帰ってからも気になって二人に電話した。だけど、何回かけても通話にはならなかった。

 学校でもクラブ活動は無断で欠席し、電話にも出ず、話もせず、あれからあいつらの声は一度も聞いていない。


 缶蹴りであの幽霊に囚われたはずの部員を順次尋ねてみたが、やはり生気が抜かれたかのように喋らず、抜け殻同然の様相を呈している。もしかして、あの缶蹴りで捕まった奴は、こうなっているのだろうか。


 なんとかしなければ──……。

 

 この学校に、オカルトに詳しい奴がいる。

 そんな噂を最近耳にした。金髪の、この学校一の超一軍女子がそうだって。


 こんな突拍子もない話、信じてもらえるかは分からない。でも、わずかでも可能性があるなら、無様に(すが)ってでも頼らなければ……。

 俺は、そいつ──六原ミココへ助けを求めることにした。




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