背負った過去とわずかな希望
雪解けの頃、リオは村の外れにある小さな丘の上に立っていた。
遠くには、木々の間に小さな集落がぽつぽつと見える。彼の住む農家もそのひとつだ。
まだ幼いながらも、リオの心は先の見えない混迷の海のようにざわついていた。
あの夜、図鑑を胸に抱え母に問うたときの、優しい言葉の奥に隠された冷たい壁。
それは「違い」を認めず、拒絶し、排斥するこの世界の真実だった。
「違う」ということだけで「下」とされ、差別される。
かつて前の世界で命を懸けて共に戦った者たちは、ここでは「劣った種族」として言葉も心も通じない存在にされている。
リオはこの現実を受け入れがたく、胸の奥で何かが裂けるような痛みを感じていた。
だがその痛みの根源には、まだ気づいていなかった「自分自身の存在」があった。
父がふと現れて、リオの肩に手を置く。
「リオ、お前ももうすぐ五歳だな。これからは村の仕事を手伝ってもらうことが増える。いいか、人は皆違うが、それが当然だ。だが、村を守るためにはお前も強くならねばならぬ」
父の言葉には重みがあった。
彼もまた、この世界の常識と価値観に縛られている。
「違いを受け入れろ。だが、それを超える強さを持て」
リオは黙って頷いた。
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるように響いた。
彼の魂の中では、前世の光景がかすかに揺れていた。
優しさと理解に満ちた世界で育まれた「共存」の記憶が、今のこの世界の冷たさと相反していた。
その記憶は、リオにとって灯火であり、また呪いのような重荷でもあった。
自分がここにいる意味、この世界で生きる理由。
まだ幼いリオは、やがて自分がどんな存在であるかを知らねばならなかった。
「男の生まれ変わり」として背負った過去と、この世界の差別と排斥の間で揺れ動く、長い葛藤の始まりである。
夕暮れの空が赤く染まるころ、リオは小さな拳を握り締めた。
「違いは否定されるものじゃない――それが、この世界にだって、本当はあるはずだ」
彼の心はまだ迷いの中にあったが、決して折れはしなかった。