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記憶の断層

 死の床にあった男の瞳が、静かに閉じられた。

 英雄としての輝きは消え去り、世界の平和を守り抜いた魂は、次の旅路へと向かう。

 そして、男は再び、生まれ変わった。まったく異なる世界へ。


 新たな生命の胎動。冷たい朝の空気。小さな泣き声が響く農家の家で、リオは産声をあげた。


 この子こそ、かつて英雄だった男の生まれ変わりである。

 彼の記憶は、まだ霧の中に埋もれているが、魂の深奥には確かな灯火として宿っていた。


 ---


 それから三年後。


 雪がしんしんと降る冬の日、リオは母の膝の上で絵本を開いていた。

 囲炉裏の火のそば、母の膝の上で、リオは絵本を読んでもらっていた。


「そして勇者の子は、仲間たちと一緒に旅に出ました。悪しき魔王を倒すために……おしまい」


 母の声はやさしく、眠気を誘うようなあたたかさがあった。

 絵本には、勇敢な少年とその仲間たち――剣士、魔法使い、僧侶――が描かれていた。みんな人間。リオと同じ顔つきで、同じような言葉を使っていた。


 それを見たリオは、ふと尋ねた。


「ねえ、おかあさん。このおはなし、エルフとかオーガはでてこないの?」


 母は少し驚いた顔をして、微笑んだ。


「ふふ、そうね。そういう子たちは出てこないわね。この世界では、冒険に出るのは、わたしたちみたいな人だけなのよ」


「でも……むかし、エルフとか、オーガとか、いたんでしょ? いっしょに……」


 言いかけて、リオは口を閉じた。

 “いっしょに何をしていたか”を、自分が知っているはずがなかった。

 けれど、なぜかその言葉が自然に出てきた。どこか深い場所で、それが“当たり前のこと”だった気がしたのだ。


 母はやさしく微笑んだまま、言葉を濁した。


「むかしのことは、むかしのことよ。いまは、わたしたち人ががんばって、平和を守っているの」


 その言葉に、リオは釈然としないまま頷いた。


 その夜、眠れなかったリオは、納屋の片隅に積まれた本の中から、兄が昔使っていたという子ども向けの図鑑を見つけた。

 ひらがなとやさしい言葉で、いろいろな“せいぶつ”が紹介されていた。


 そこには、リオの記憶の奥にあるもの――かつて見た“ともだち”たちが書かれていた。


「オーガ:知能は低く、言語能力はほぼ皆無。人に対する敵意が強く、暴力的な性質を持つ。発見次第、討伐の対象となる」

「エルフ:人の姿を模倣するが、人間とは異なる。魔性が強く、虚言癖があり、文化的な理解能力に欠ける」

「獣人:半獣の姿を持つ。理性に欠け、単純労働以外に適さない。都市部への定住は制限されている」

「龍族:確認例は少ないが極めて危険。魔物と同等に扱われる」

 ページをめくるたび、リオの心は冷たくなっていった。

 そのどれもが、異なる種族を“劣った存在”と決めつけ、排除するべきものとして記していた。


 そして最後にこう書かれていた。


「ヒューマン:文明を築き、言葉と理性を持つ唯一の高等種族。他種との共存は非現実的であり、関与を避けるのが理想とされる」

 リオはしばらく、図鑑を膝の上に広げたまま動けなかった。

 前世の記憶が、ぼんやりと浮かび上がってくる。


 言葉は通じていた。

 心も、通じていた。

 オーガの戦士が盾となり、エルフの魔導士が命を懸けて守ってくれたあの日々。


 なのにこの世界では、「話せない」「劣っている」「危険」と断定されている。


 リオは、図鑑を胸に抱えたまま、母の元へと戻った。


「……ねえ、おかあさん。オーガって、ほんとうにおはなしできないの?」


 母は少し驚いた顔をしたが、すぐにやわらかい声で答えた。


「そうね。むずかしいと思うわ。言葉が通じないってことは、心も通じないってことだから」


「じゃあ……エルフも?」


「エルフはね、ちょっと人の真似をするだけ。頭は悪くないけど、わたしたちとはちがうのよ。たとえば……犬が言葉をまねても、人と同じ気持ちは持てないでしょ?」


 母の声には毒も悪意もなかった。

 ただ、“そういうもの”だと当たり前のように話している。


 「わたしたちは高いところにいて、他の種族は下にいる」

 それは静かな声で、優しく、揺るぎない確信として語られていた。


 リオはなにも言わず、ただ頷いた。

 心の奥に、ひとつの痛みが宿った。


 この世界では、違いは認められない。

 違うというだけで、“下”に見られ、押さえつけられている。


 その夜、リオは星の見えない空を見上げながら、前世の光景を思い出していた。

 仲間たちの声、怒り、悲しみ、笑い――そこに“人と違うから”という理由で拒絶された者は、いなかった。


 そして、リオははっきりと理解した。


 ここは、違いを赦さない世界だ。

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