蓮池楓という男5
終礼が終わってさっさと帰ろうと校門を出た途端に電話がかかってきた。
もちろん相手は夕太くんで、ただでさえ外は蒸し暑いというのにこのしつこさが余計に嫌になる。
楓「…何?」
夕太『何?じゃないだろでんちゃん。何気取ってんだよ、見舞い行けって!』
鬱陶しげに答えれば、夕太くんの声は朝に比べたら随分マシになったようで少し安心した。
……この調子なら明日は学校に来れそうだね。
それなのに人の気も知らないで、朝とまるきり同じ内容で電話をかけてきたのが本当にうざかった。
楓「俺が行く義理なんてないんだけど?」
夕太『雅臣が可哀想だろ!行けよ』
夕太くんは調子が戻ってきたのか無駄に元気な様子で、電話越しに行け行けとコールをして耳が痛い。
楓「……あのさ」
そんなにあの陰キャが大事?
本音は流石に言えないけれど、あまりのしつこさに何かがおかしい気がした。
昔から退屈すると絡む気質があるとはいえここまでするのは初めてだ。
楓「何でそんなに見舞い行って欲しいの?」
夕太『……えっ!?』
夕太くんはあいつが大人しいからといつも勝手に弁当のおかずを奪うくらいには舐めた態度を取る。
それなのにそこまで心を許してるようには思えずストレートに聞いてみた。
夕太『それは、その……友達だから?』
一瞬の間で夕太くんが嘘をついてるのが分かってしまった。
変に上擦った声も怪しく、今頃目を泳がせているに違いない。
___あぁ、そっか。
夕太くんは俺が嫌な思いをすればいいと面白がってやっていたのか。
そんな事をするなんてとどうしようもない侘しさが募ると同時に、自分の中の何かが急激に冷めて足を止めた。
朝から1日かけてあれこれ考えていたのは夕太くんの為だったのに、俺があいつを嫌いだと知っててわざとやっていたなんて。
ずっと一緒にいるからこそ些細なことまで見えるのが悲しくて、きっと傍から見れば泣き笑いのような顔になってるだろう。
俺があの陰キャを連想して苛立つのがそんなに面白かったのか。
いくら熱が下がって暇だからって酷すぎると、幼馴染のハッキリとした悪意に胸がざわついた。
夕太『大体でんちゃんは友達もいないんだし___』
俺に友達がいないから何だって言うの?
俺は友達なんかいなくたっていいのに、独りが嫌なのは夕太くんだろ?
夕太くんは自分がしていることの矛盾に気づいていない。
俺のことが嫌なくせに、都合のいい時だけ傍に置いて本当にどうしたいんだよ。
こうなるといつも俺を追いやるように稽古に行けとか言ってたのもきっと俺の為なんかじゃない。
傍にいるのが嫌で無理やり離れようとしてたとしか思えない。
電話越しの相手への思いは初めて波が引いていくように離れていく。
何故俺ばかりがこんな思いをしないといけないのか。
楓「……そうだね」
静かに相槌を打てば夕太くんは気分が良くなったのか再び調子よく色々なことを話し出した。
………俺の顔が夕太くんに見えなくて良かった。
傷心で過去1荒んだ顔になっているはずだ。
それでも俺には夕太くんの我儘を許す義務があるからと虚ろな目で話を聞くけれど、もういつもみたいに親身にはなれなかった。
俺が何を言われても嫌だと言えないのを分かってるからこうしてやりたい放題出来るんだろう。
あの陰キャと比べて俺に対する扱いが酷い理由がようやく分かった。
楓「……夕太くん、もし俺が見舞いに行くって言ったらどうする?」
夕太『はぁ?でんちゃんが行くわけないから俺がこんなに言ってるんだろ』
その言葉にプツンと何かが切れてしまった。
あいつの言うように夕太くんを最優先だなんて、今日だけはとてもできそうな気分じゃない。
楓「そうだね、俺忙しいから切るね」
いつもより冷めた言い方に気がついたのか、え、と呟く夕太くんの声を無視して俺は歩き出した。
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このまま夕太くんの思い通りになるのは癪だ。
俺が見舞いなんか行くわけないからこんなに言ってやってるって?
じゃあ逆に見舞いに行って俺に嫌がらせをしていた夕太くんの裏をかいてやろうじゃないか。
陰キャをダシに使ってやる………と、思ったまではいいがあいつがどこに住んでるかなんて俺が知る由もなかった。
あいつん家の親父が持ってそうなマンションとなると駅前駅近に決まってるがそんなものは覚王山にも山程ある。
弁当を食べてる時に広小路から坂を下って学校に来るみたいな話を夕太くんにしていた気もするが、ハッキリとした場所を言わなかったし何より俺が覚えてない。
あの陰キャ俺に不幸自慢なんかしてる暇あったら友達になりたい夕太くんにこそお前の家とか話しとけよ。
暑いから一旦帰るかと学校から歩いて5分もかからない自宅の門の前まで来ると、
「楓さん」
背後から突然聞き慣れた声がした。
振り向けば車を路肩に停車させたババアが窓から顔を覗かせて優雅に手を振っている。
楓「何してんだよ」
「お夕飯の準備をしに来たのよ」
……あぁ、飯か。
今日は1日中考え事をしていて腹が空く暇もなかったな。
ぼんやりとババアを眺めると車をしまいに駐車場に向かうかと思いきや、窓を開けたまま思い出したかのように突然話をしだした。
「そうそう、楓さん喧嘩したんですって?」
何で知ってんだババア。
それにあんなん喧嘩でもなんでもない。
楓「喧嘩はしてない、てか誰から聞いたんだよ」
「今日学年主任から連絡が入ったわよ。何か聞いてますかって」
昨日の件でわざわざ伏見の家まで電話がいくとは驚いた。
今日1日担任に呼ばれなかったから余裕だと思ってたんだがこれは想定外だ。
楓「何て答えた?」
「何も知りませんって言ったわよ、本当のことですしね。それで終わり」
見た目とは裏腹に強かな母親はこういった対応をよく心得ていて全く動じることがない。
このババアはおっとりしてるように見えて学年主任に何か言われてもある程度上手く丸め込みシラを切るくらいはできるんだよな。
これの懐具合を心配するあいつってやっぱアホだわ。
楓「あっそ」
湿度の高い外気に汗が背中を伝って気持ちが悪い。
とりあえず一旦部屋で涼もうと俺が玄関を開けようとしているのに、ババアはまだ話し足りないのか俺の名前を何度も呼ぶ。
暑いから話があるなら部屋でしろと怒鳴ろうとした瞬間、
「お相手の藤城くんって子、この間ホランテにいた子でしょ?広小路通沿いのマンションに住んでる__」
今1番欲しかった情報を何の気なしに喋るババアに何でそんなことを知ってるのかと目を見開いた。
楓「……何で知ってんだよババア」
「毎朝車で楓さんのお弁当を届けに来る時間帯に信号待ちしてるとね、あの子がマンションから出てきて横断歩道を渡るとこが見えるのよ」
ほら、あの塾の看板のある白いマンションとそんな所は俺もよく知る大通り沿いの場所だった。
楓「でかしたババ……、母さん、ありがとう」
何かあったの?と首を傾げるババアの呼び名を改めるくらいには感謝して、俺は車の扉を開けてクーラーの効いた後部座席に乗り込んだ。
楓「食材買うついでにこのままホランテまで行って。俺も買いたいものあるから」
ハイハイと笑顔で答えるババアの車はホランテに向けて発進し、俺はそこで病人に使えそうなものを急いで見繕った。
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……………。
…………。
いやいやいや、落ち着けよ俺。
追加でコンビニまで行って薬や冷えピタを買った辺りで自分のしてる事のおかしさに気がついた。
いくら夕太くんの裏をかくにしても売り言葉に買い言葉がすぎないか?
しかも熱ならアイスだろと大量のハーネンダッツのバニラを買ったのも間違いだった。
……せっかくのアイスが溶けてしまう。
……仕方がないな。
ここまで来たら絶対あいつに後でレシートを出して全額請求してやると己を奮い立たせて荷物を手に横断歩道を渡る。
そうこうして奴のマンションの前までやって来たはいいが、はたとあることに気がついた。
…………。
いや、部屋番は分からなくね?
宅急便の配達業者が中から出てきたタイミングで住人のフリをしてエントランスまで入ることは出来たが、肝心要の部屋番が分からなければどうにもならない。
ひんやりとしたエントランスの中で1人立ち尽くす。
夕太くん経由で……いや、それじゃ作戦は台無しだしバカにされるのが目に見えるし絶対に嫌だ。
この俺がここまで来てやったんだぞ。
どうするかと袋の中のアイスが汗をかき始めたのを目にして、心の奥底から納得がいかないがスマホを開いてグループチャットからあいつの連絡先に飛んだ。
____夕太くん以外の人に自ら関わるなんて初めてかもしれない。
何とも言えない緊張感とともに意を決して電話のボタンを押すがあいつは何コール鳴らしても出やしない。
粘ってしぶとくかけ続けるが一向に出ない。
あのアホ生意気にもしかして着拒でもしてんのかと怒りが込み上げた瞬間、
雅臣『は、蓮池!?』
裏返った滑稽な声が電話越しに聞こえて、俺の緊張は秒でどこかへ行った。
……こいつ、この感じはどうも今の今まで寝てたな。
部屋番を催促すれば1405だと簡単に教えてくれるが、チョロいのと不用心が相まってほんとアホだわと呆れてしまう。
子供1人で暮らしてんのに、色々危なすぎるだろ。
電話をブチ切り直ぐにエレベーターに乗り込むが、俺相手に嫌な思いもしただろうにそれでも電話に出るあいつの神経はどうなっているのか。
本当は俺なんか着信拒否にすればいいし、チャットだってブロックすればいい。
それなのにそうしないあいつは何なのか。
アホほど素直な所に夕太くんが絆される気持ちも少しだけ分かるかもとエレベーターに乗り込んだ。
14階まで到着し、いざ部屋の前まで着くと何だか自分の方が怖じ気付いてきた。
俺は夕太くんの家以外、他人の家になんか1度も行ったことがない。
大体人の家に行って何するんだ?
そもそもここまで来たけど俺の顔を見たら帰ってくれと言うかもしれない。
いや、寧ろその方がいいのか?
あいつの顔を見ても上手く話せる自信がなかった。
穏便な物言いが出来ずにキツい言葉が必要以上に出てしまう、しかも態度も悪いなんてそんなの自分が1番分かってる。
……弱音を吐くなんて俺らしくない。
人気のないシンとしたマンションの廊下で、奮い立たせるように強く頬を叩いてぬるい気持ちを引き締めた。
「おい!!!!開けろ!!!!」
気合いを入れて扉を強く叩くと中から焦ったような足音がバタバタと聞こえてくる。
……もしかしたらあいつはこの扉を開けないかもしれない。
それが正しいし、それなら俺も荷物だけ玄関の外に置いてさっさと帰ろう。
そしてこれから学校で2度と話さないようにする。
でももし、あいつが扉を開けたら……。
開けたらどうなるんだ?
俺はどうしたらいいんだろう。
俺は______。
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楓くん視点の小話は一旦おしまいです!
この続きが雅臣くん視点で82話〜となっていて、また違った読み方ができますのでよければ読んでくださると嬉しいです✨




