蓮池楓という男2
昼休み、教室から出て食堂に向かうのは単純に今日の弁当がないからだ。
クソジジイの襲撃のせいでババアが朝俺に弁当を届けることができず、夕太くんもいないのでせっかくだから好きなものを食おうと1人階段を降りる。
食堂が近づくにつれて、そこら中の生徒が俺をジロジロ見ていることに気がついた。
……一躍有名人みたいだな。
あれがあの蓮池だ、昨日大人しそうな奴をいじめていた、と陰口のつもりで話しているが丸聞こえだって。
陰口なら陰で叩け、それか正面切って言ってこいよ。
さすがに半日過ぎてもこんな視線に晒されるのは正直うざくて、この際ハッキリ言ってやろうと息を吸う。
楓「言いたいことあるならハッキリ__」
指さしてまで俺を見る奴に怒鳴ろうとした瞬間、
「おいおい度胸あんな、凶暴な1年がいるって噂広がりまくりなのにまだやるかよ」
後ろからゴン、と蹴られて振り返る。
楓「はぁ?あんたよりマシですよ」
そこには呆れ顔の梓蘭世と苦笑してる一条先輩がいた。
蘭世「はぁ!?何だと…って梅ちゃんも笑ってんなよ!」
梅生「どっちもどっちだよ。蓮池、席ある?俺らの前空いてるから来たら?」
一条先輩は既にトレーに頼んだ昼食を乗せていて、先に席を取ってから買いに来たらしく、その場所を指して教えてくれた。
この混雑具合とうざい視線を考えれば1人で食うよりこの人達と食うのが良いだろう。
楓「あー……じゃあお言葉に甘えて」
素直に席取りをお願いして食券を買いに行くことにした。
A定食ご飯大盛りと味噌カツ丼、ざるうどんも頼み出来上がったそれらをトレーに乗せて席に座ると、
蘭世「すげぇ美味そうだな」
自前のビーガンもどき弁当を前に梓蘭世が呟いた。
楓「食べていいですよ」
蘭世「え、まじ?どれいいの?」
楓「お好きなのどうぞ、一条先輩もよければ」
俺がそう言ってから初めてどれにしようと楽しそうに手を伸ばす2人を見て、この正しいやり取りを夕太くんとあの陰キャに見せてやりたい。
夕太くんは毎回あいつのおかずを勝手に食べて、あいつは何も言えずやられたい放題。
タチが悪いことに夕太くんは人を選んであーいう事を平気でするんだよな。
夕太くんを餌付けして友達になろうと必死な陰キャは気づいてないようだけど、果たしてそれは本当に友達なのかね。
あの2人の異様な関係性を考えながらA定食のハンバーグを食べると、2年生が揃ってまじまじと俺を見つめていることに気がついた。
楓「……何ですか?」
食べる時に執拗に見られるのは飯が不味くなるし、そんなに見るってことは俺に何か言いたいのか聞きたいことがあるんだろ。
単刀直入に尋ねると、
蘭世「いや定食何個も食うのさすがヤバカツ__」
梅生「ら、蘭世!……たくさん食べなよ蓮池、見てて気持ちいいよ」
美味しいよな、と机の下でこれ以上余計なことを言わせない為に梓蘭世の足を踏み付ける一条先輩と、ヤバカツの単語でピンときた。
どうせ大須に行った時に夕太くんが俺の悪口でも言ってたんだろ。
逆に何て言ったのか詳しく教えてくれればいいのにと2人を見つめ返す。
梅生「蓮池ってさ……藤城のこと嫌いなの?」
……は?
何度か瞬きをした一条先輩は、普通の人なら返答に困る質問を突然直球で聞いてきた。
今までたこ焼きの中身についてぐらいしか話したことがないのに急にどうした?
蘭世「__ちょ、梅ちゃん」
楓「……はあ」
一旦どうとでも取れる答え方をしてみるが、あまりに急な話題を振られて何が目的なのか掴めない。
俺の反応にも先輩の態度は特に変わらず、
梅生「そっか」
とだけ小さく呟いた。
……。
…………。
………………。
………………………。
蘭世「いやいやいやいや、会話下手か」
謎の間に梓蘭世は耐えられなくなったのか、1番に音を上げた。
楓「だって急に言われても……ねぇ?」
梅生「じゃあどうして嫌いなの?」
先輩は小さく首を傾げているが、聞き方を変えたところでさっきと内容は変わらない。
楓「……それ聞いてどうするんですか?」
思わず真顔になってしまう。
質問に質問で返すと一条先輩は頼んだオムカレーをスプーンで掬って口に入れ、んーと首を傾げた。
その様子からこの人は別にあいつか俺かのどちらかに肩入れするつもりはないのが分かる。
だから何しにそんな事を聞くのかが分からなかった。
梅生「どうもしないんだけど、気になったから」
蘭世「……梅ちゃん、韓ドラとか好きだもんな」
韓ドラ、ね。
外野にはそう見えていたんだと、友達のフォローに回る梓蘭世の言葉を聞いて大きなため息をついた。
眉間にシワが寄ってしまう。
だって昨日のやり取りが韓ドラなら周りから100俺が悪く見えてたってことだよな。
洋食の味に飽きてざるうどんを一息で啜ると、この際だからハッキリさせたくて2人に尋ねてみる。
楓「俺が悪役ってことですか?」
蘭世「自覚ありじゃん」
梓蘭世はそう言いながら、うげ、と呟き弁当のブロッコリーをフォークでぶっ刺した。
____俺は悪くないだろ。
他の意見も聞きたくて、横にいる一条先輩に目を向ける。
梅生「俺はそうは思ってないよ。全部1から聞いてたワケじゃないし、それに展開が早すぎて…」
先輩は慌てて答えるが、桂樹さんと違って直ぐに判断しないところが好ましい。
梓蘭世はブロッコリーをフォークに刺したまま俺に向けると、
蘭世「実際どっちが悪いのかは知らんけど、お前話すのめっちゃ早いし態度も口も悪いし圧かけて見えるってこと」
梅生「……えっ、蘭世それ自分のこと?」
蘭世「え」
頭を掻きむしりながら、梓蘭世は結局食べずにほとんど口をつけていない野菜ばかりの弁当箱へ戻して蓋を占めた。
一条先輩っておっとりしていて掴めない人だなと思ってたけど意外としっかりしてて男らしいんだな。
……それにしても、俺が話すの早いって?
あいつがトロいだけだろと少し苛立つが、話してる最中に何度も待てって言われたこと思い出した。
蘭世「ま、あいつよくガンつけくるし嫌いってのも分かるけどな」
あいつが人を上から下までジロジロと見る癖は梓蘭世も感じていたようだ。
芸能人だからって物珍しそうに何度も見てたもんな。
同じ学校にいるんだから1回は見てもいいけど普通に扱えよ。
梅生「藤城にそんなつもりはないと思うよ、2人じゃないんだし」
楓「……その言い方だと俺もガンつけてるみたいじゃないですか。大体あんな風に人を見下すみたいな見方俺はしませんよ」
俺が不満そうに唇を尖らせると梓蘭世が確かにと頷く。
蘭世「あいつ全部顔に出るもんな。察してくれみたいな顔する癖に欲しい答えじゃなかったり自分に都合が悪いと嫌そうな顔すんの」
よく見てるな、ご名答。
昨日も不満たらたらな顔してると教えてやったらバレた、何で心が分かるんだみたいな顔して全部丸出しなんだよな。
普段はお前らのような下等な生き物と違って俺は違いますってすました面してて、どこポジだよって突っ込んだらその自覚も無いなんてたまげたわ。
味噌カツを噛み締めながらその通りですよと梓蘭世の方を向いた。
梅生「あぁ、だから嫌いなんだ」
蘭世「いや俺は嫌いというか___」
梅生「なるほどね、わかった」
一通り聞いて満足したのか、一条先輩はこれ以上あいつに対する愚痴を聞きたくないんだろう。
上手い具合に話を切って先輩は残りのオムカレーをかき込んでデザートのプリンの蓋を開けた。
梅生「……でも意外だった。藤城って寡黙で静かなイメージだからあんなに喋るんだってびっくりしたんだよな」
寡黙ねぇ……。
随分な良い言い方してますけどあれはただの陰キャって言うんですよ。
先程食べたオムカレーよりも嬉しそうにマグカップサイズの大きなプリンを1口頬張りながら、一条先輩はあいつに対して誠にもって素晴らしい良い言い方をした。
梅生「でも藤城があんなに話せたのは蓮池だからじゃない?」
…………俺だから?
話し合いっていうより言い争いに近かったけどと微笑む一条先輩をつい鼻で笑う。
楓「あいつが勝手に身の上話なんかするんで仕方なく聞いてやっただけですよ」
梅生「じゃあ何で一緒にいるの?」
すると一条先輩が不思議そうな顔で、ごく自然に尋ねてきた。
ごくん、と米だけでなく何か別の気持ちまで一緒に飲み込んだ気がする。
梅生「嫌なら離れたらいいだろ?蓮池が嫌なんだから、蓮池から離れればいいんじゃない?」
離れればいい。
その言葉に、あいつよりも先に浮かんだ人物をかき消すよう軽く頭を振る。
ちょうど俺が頼んだA定食が目に入って、あいつに言われた言葉を思い出した。
『お前はいつだって柊優先で俺が傍にいるのを仕方なく許すくらい大事にしてる』
偉そうにと頭にきてトレイごとあいつにぶちまけてやったが、勘違い陰キャのくせに変に感が良いところも嫌いだった。
一条先輩の言葉に意識を戻すが、そもそもあいつが俺の前から消えればいい話なんだよ。
何なら俺が消えろと直接言っやってもいいんだが、
そんな事できたらとっくにやってんだよ。
でも俺は悔しいけどあいつの言う通り夕太くん最優先だからやりたくてもできない。
だって……。
夕太くんが俺と2人になるのを嫌がるから。
俯く俺を構うことなく一条先輩は話を続ける。
梅生「2人は俺にとって初めての後輩だから仲良くしてるに越したことはないけど……まぁ2人とも似た者同士だよな」
は?
似た者同士?俺とあれが?
どこをどう見たらそうなるんだよ。
生まれて初めてだわこんな不名誉な扱い。
先輩相手にそのまま言うわけにはいかないので口を閉じていたが、顔に出てしまったんだろう。
一条先輩は面白そうに笑った。
梅生「真っ直ぐなところがよく似てる。それに顔や態度にすぐ出るところとか…ある意味素直なんだよ」
そう言うと一条先輩はチラと隣の梓蘭世を見た。
どうやら梓蘭世自身も顔や態度に出る自覚があるようで、気まずそうに顔を逸らした。
普段やられている仕返しか一条先輩は梓蘭世の弁当の蓋をもう一度開けると、中からブロッコリーを指でつまんで梓蘭世の口に思い切り突っ込んだ。
狂犬のような梓蘭世も自分のしてきたことを思い出したのか、不味そうな顔をしながらも黙って咀嚼している。
……やっぱりこんな涼しい顔して侮れない。
この人は黙っているだけでちゃんとよく周りを見ているんだなと感心した。
優しいだけじゃないんだ、とあの夕太くんが懐く理由が少し分かる気がした。
梅生「お互い譲らないとこもね。でも昨日は似たもの同士上手くハマったというか……どう言えばいいのかな」
難しいなと笑う一条先輩の言いたいことが何となく理解出来た。
蘭世「ま、俺と梅ちゃんみたいなもんじゃね?」
自分がしてきたことを有耶無耶にしようとむりやり一条先輩の肩を組んで丸め込もうとする梓蘭世に、
梅生「……離れて」
と一条先輩が弱々しい声を出した。
蘭世「……梅ちゃんもう俺が嫌いなんだろ」
梅生「蘭世の事嫌いな人なんていないよ」
蘭世「…そうじゃなくって、」
…………。
何だこれ、何だお前ら急に。
梓蘭世もそうじゃないなら満更でもない顔すんなよ。
2人の様子を見て、どう考えても俺とあいつとこれとこれが一緒なわけないだろと顔をしかめた。
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本日も小話!
楓くん視点で少し続きます♪♪




