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蓮池楓という男1



……昨日は流石に俺の分が悪かった。



いやー、あいつが隠し持っていた母親統失のカードが強すぎたな。


とりあえず色々話を聞いてやるという形で上手い具合に力技で事を収めたが、その後ぶっ倒れるなんてタイミングが悪いったらありゃしない。


何を勘違いしたのかあの陰キャ野郎が最後に俺を良い奴認定してくれたお陰で何とか丸く収まったものの、危ないとこだった。


あんなの傍から見たら倒れた原因は俺との喧嘩でパニック起こしたの1択だ。


余計な神経を使ったとうんざりしながら登校して教室に入ると、早速好奇の目に晒される。



……どうせ昨日の事だろ?



気になることあんなら聞いてこいよ。


言いたいことあるなら面と向かって言えよキモいな。


嫌な目で見られるのは慣れたもので、鞄を机の横にかけて椅子の脚を足で引いて座るが色々と思い出して苛立ちが込み上げる。


さすがに昨日は厄日だったとしか思えない。


あいつの件もそうだが更に深夜、普段は伏見(ふしみ)のタワマンに住むクソジジイが朝イチでタクシーに乗って覚王山まで襲撃をかけに来るとババアから連絡が入ったのだ。


耄碌こいたボケ老人とは何を話しても揉めるから、ひきつけを起こさないよう気を遣って今は教室や稽古場となった覚王山の家に1人で寝泊まりしてやってるというのに、ったく暇なのかあのジジイは。


どーせ7月の金山の件で文句が言いたいんだろと、モーニングがてら本山のドーナツ屋に身を潜めていたが、糖の摂りすぎで眠たくなってきた。



それに昨日は地味に寝付きが悪くて明け方悪夢に魘されて……。



……大体何なんだあいつは。



何回思い出しても腹が立つ。


内心では他人を見下してるくせに喋るとキョドる陰キャは昨日の昼休み、突然謎に無敵モードで立ち向かってきた。


一体どの面下げて他人の家の家計を心配できるのか。


これぞどこポジだよ、最初から気取ってて癇に障る奴だと思ってたんだ。


そもそも身なりも育ちも悪くないのに高校生のガキが名古屋で一人暮らしだなんて、自ら事情有りと言って回るようなもんだろ。


その胡散臭さはどこからくるのか、最初はこれを機に暴いてやろうと思っていたが、言い合いがエスカレートしていくうちにあいつの持ってるカードが強すぎてこれはまずいと気がついた。


母親が統失プラスで実は父親に愛人がいて葬式直後に再婚話を聞かされ腹違いの義妹までいました……だって?


韓ドラなら確実に300話は越える愛憎劇と同じようなジョーカー持ってますなんてはよ言えよ。


いくらあいつから突っかかってきたとはいえ、教師沙汰になったらさすがに俺の分が悪すぎる。


何とか軌道修正出来て本当に良かった。


そんな理由で名古屋に来ていたとは露知らず、さすがにあの陰キャに少しだけ同情したもののヒロインムーブかまして倒れるのだけは勘弁願いたい。



……でも、まあ?



結果長年溜め込んでいたものを全部俺にぶちまけて鬱憤晴らしも出来たようで、めでたしめでたしじゃん。


俺ってば良い奴だなぁと、ふと目の前の席を見ればたった今夕太くんがいないことに気がついた。



…………今日も休みなんだ。



栄から電車が混むのを嫌がる夕太くんはいつも学校に来るのがすごく早い。


俺が学校に来ると同時に夕太くんが『でんちゃんおはようあのさ』とマシンガントークを始めるのが日課だったのに、今日はそれがないことに全く気が付かなかった。


夕太くんのことよりもあの陰キャについて考えてばかりで、しかも昨日の騒動で食堂で電話をかけた以降もう1度連絡を取るのも忘れていた。



楓「……まじか」



小さく呟いたその瞬間、スマホがものすごい勢いで震える。


画面を見ると夕太くんからの着信だった。



夕太『でんぢゃん…まざおびもねづでだっで…』



酷い鼻詰まりのガラガラ声の第一声がそれで、何とも言えない気持ちになってしまった。


……何だよ。


自分の体調は連絡してこないくせに、あれが風邪だと電話まで寄越すなんて。



楓「だから?」


夕太『おびばい、いっであげで』


楓「はぁ?見舞い?絶対嫌、あと鼻かみなよ」



電話越しに鼻をかむ盛大な音が聞こえて思わずスマホから耳を離す。


このままブチ切ってしまいたい衝動に駆られるが仕方なく夕太くんの話を聞くことにする。



夕太『 はーっ、スッキリした!ほら一緒に席取りする予定だったのに俺休んだじゃん?雅臣心配してると思って』



…………俺だって心配したよ。



夕太 『でも俺も熱で寝てたのね?昨日のこと雅臣から連絡入んないから余計心配でさ、小夜先生に休む連絡ついでに聞いたら雅臣もすっごい熱なんだって』



…………俺の着信だって入ってたよね?


気が付かないわけないじゃん、今連絡してるんだから。


思いが交錯して何も言えないでいると、電話越しにまた強く鼻をかむ音が聞こえた。


すぐにスマホを耳から離し、どうやらいつもみたいに熱が出て下がった後にまだ鼻だけ残ってる様子だ。


夕太くんは体調を崩すと必ずこのコンボ。


あいつの熱もこれが移ったんじゃないのかと言いたいところだが、ハッキリとした明確な理由があるので真実をそのまま伝えてあげることにした。



楓「心配しなくとも、俺がコテンパンにしたら知恵熱出ちゃっただけだよ」


夕太『はぁ?コテンパン!?でんちゃん何したの!』



そんなに心配ならそこにいなかった自分を恨めばいいと、少しだけ意地悪な思いが浮かんで口角が上がる。


さっきから堂々と電話しているせいか、後ろの席の陰気臭い奴らが小声で俺の名前を出してるのが聞こえてきたので睨みつけた。



夕太『……分かった。もういい、何でもいいからさ、お見舞い行ってあげてよ。雅臣1人じゃん?何か持って行って___』



早々に理由も聞かずに諦めるなんて夕太くんらしくないな。


俺が機嫌を損ねて行かなくなるのが嫌なくらい、あの陰キャがお気に入りなのかよ。


自分で行けば?言いたいところだが夕太くんなら本当にそうしかねない。



楓「……そうそう、夕太くんビッグニュース」



俺が話を変えようとしてるのが気に入らないのか、何だよと電話越しに不満げに呟く声が聞こえる。



楓「あの陰キャのとこの父親、実はカニ漁に出てるらしいよ」


夕太『__え、マジ!?雅臣の父ちゃんベーリング海にいんの!?カニ漁!?なんで___』



一気に興味が移ったのをいいことに、これ以上夕太くんにあれこれ言われたくなくて適当こいて電話を切った。



〝行ったかどうか確認するから!〟



直ぐにまたスマホが揺れて夕太くんからの連絡が入っていたけれど無視をした。


……何だよ。


すっかりあいつに餌付けされて懐いちゃって。


幼馴染との関係は山王に来てから随分変わってしまった。


夕太くんはあれに最初から目をつけてたようで、俺達の間には必ずあの陰キャが存在するようになった。



……多分。



俺と2人きりだともう息が詰まるんだろう。



小夜「はいおはよ、朝礼やんぞー」



ため息をついて机に突っ伏すと担任が教室に入ってきた。





______


____________





見舞い………。


見舞いねぇ?


夕太くんがbotみたいに連投する見舞いに行けの文字を眺めながら、何で俺がと頬杖をつく。


コテンパンにしたのを謝るついでに行けとまで書いてあるけどあいつんとこに行く必要なんてあるか?



まず謝るも何もないというか。



___そもそも、俺何も悪くないよな?



何回考えてもこの結論にしかならなかった。


実際俺は話を聞いてやったというよりむしろ相槌を打っていただけで、あいつが勝手に聞いてくれてると勘違いした挙句、人前で家庭の事情をペラペラと話し始めただけだろ?


これで俺が謝る要素がどこにあるって言うんだ?


大体、チョロいんだよあいつは。


ちょっと聞いてやっただけで簡単に良い奴認定するなんて、他人の優しさに飢えてる証拠だろうが。


それは家庭環境があまりよくないのを物語っているわけで、他人の寂しさなんて自分も同じ境遇の奴程勘づくもんだ。


俺があいつにもそれを感じてたのは事実で、最後まで聞いてやったんだから感謝されこそすれ謝る筋合いなんてない。



なのに何で俺が悪いになるのさ、夕太くん。



別の事を考えていても4限まで何度も連絡されると意識が引き戻され、どうしてもその事で頭の中がいっぱいになってしまう。


まだ授業を聞いていた方がマシだと視線を上げれば英語の教師が〝appear〟と黒板に書いていて、その訳の通り昨日の桂樹さんの姿思い浮かんで今度は怒りが込み上げてきた。



そういやあの人、何しにあの場でしゃしゃり出てきたんだ?



しかも俺が悪いと決めつけて、傍から見れば俺がいじめてるように見えたのかもしれないが全貌を把握してから来いっての。


それを途中から来て公平なジャッジも出来もしないのに首だけ突っ込んできやがって……。



嫌いだわぁ……。



頬杖をつきながら、教科書に書いてある〝appear〟の単語に赤ペンでバツをつけた。


そもそもあの場で出てきたなら俺と即交代してあいつの不幸な身の上話をお前が1から全部聞いてやれよ。


〝こんな〟とか抜かす前にもっと早くお前が抱き上げて連れ去りゃ良かったんだよ。


力ずくでも連れていけばお前の望む通りあの陰キャだって全部話さずに済んだんだ。


抱き上げて連れてくのはそこだろ、ぶっ倒れてから連れてくってなんだよ良いとこ取りかよ。



嫌いだわぁ……。



舌打ちしながらさっきと同じ箇所にもう1度赤ペンでバツをつけた。


ヒーロー気取りたかったのかもしれんが普通ヒーローってのはな?ヒロインのそれはそれは不幸な事情ってのを知ってるから助けに出てくるんだよ。



それを?何も知らんのに?



〝こんな〟ってよう言うわ。



あいつの長ったらしい悩みをすっきりさせてやった俺の方がよっぽど偉いのに、自分と対して変わらない体格のあのデブを抱えあげただけで偉そうに。



嫌いだわぁ………。



嫌いすぎてつい赤ペンでバツを打った箇所を点描画の如く刺してしまう。


大体同じクラスで同学年の揉め事なんかよく知りもしないで頭突っ込んでくんなよな。



何度も言うけど、俺は何も悪くない。



カードが強かろうがなんだろうが、あいつが話したそうだったから最後まで聞いてやっただけで俺は何も悪くない。



ほんと嫌いだわぁ…………。



それなのに上辺だけの優しさと真の優しさの区別がつかないあの構ってちゃんはただ自分に良くしてくれるという理由だけで桂樹さんにどえらい素直に懐いてた。


挙句の果てが〝こんな話〟みたいに軽く扱われて、己のチョロさを恨めよ陰キャめ。


ああいう奴ほど〝こんな〟生い立ちを聞いたからといってどうするわけでもないのにな。


あーいうのが1番タチ悪いんだよと苛立ちが収まらない。


あの中途半端に又聞きして上辺のいいとこ取りだけしようとする精神は、俺にまとわりつく華道の女達にとてもよく似ていて吐き気がしてきた。



うわ、マジで嫌いだわ、キモすぎる。



目の前の空いた席を眺めて、こんなことを考えなきゃいけないのも夕太くんのせいだからねと教師にバレないように椅子の裏を蹴飛ばした。


それに昨日で三木先輩が合唱部の部長だった理由がよく分かった。


自分に取り入れそうな奴だけを選り好みする奴が部長になんてなれるかよ。


だから大した理由もないのにあのチョロい陰キャに構うんだろ?


それに本当は三木先輩が合唱部からがいなくなって清々してるんだろ。


最初の内は辞めるのを引き止めてたけど、最近に至ってはあいつ何しにこっちのサークル来てるか全然分からん。


あの陰キャは俺のために名前を貸して云々言ってたけど、俺には分かるね、そうじゃない。


名前だけ貸す、なら別にお前じゃなくてもいいんだよ。


恩着せがましく居座ってないで早く合唱部に帰んな、大会あんだろ?


あっちもこっちもいい顔してると勝つもんも勝てねぇよ。



……はぁぁぁぁ──────────っ!!!!



嫌いだわぁ……、優しい振りして本当は誰からも好かれてる俺が好きな奴って!!



全部の文句を脳内で言い放ち、今日最大のため息をついて結論を出した。



そんな奴より確かにどこポジとは思うが嘘偽りなく正面から向かってきた陰キャの方が最後よっぽどマシに思えたのだ。



〝appear〟の文字が真っ二つになるよう教科書の1ページをビリビリと破き丸めたところでちょうど終礼の鐘が鳴った。


読んでいただきありがとうございます。

ブクマや評価していだだけて本当に嬉しいです!

いただけると書き続ける励みになるので、ぜひよろしくお願いいたします♪♪


本日は小話!

楓くん視点で少し続きます♪♪

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