83.【初めての会話】
半ば呆然として蓮池は俺を見ているが、確かにあんなに言い合いをしておいて家に上げるのはどうかと思う。
どうかしているとは思うが、蓮池は……意外と良い奴かもしれないんだ。
昨日だって聞かなくてもいい俺の話を聞いてくれて、今日だっていくら柊に言われたからって来なくてもいいのにわざわざ俺の家に来て。
俺の家の住所なんて誰にも言ってないのに、どうにかして誰かに聞き出してから来たんだろ?
何とも言えない思いが募ってしまい、つい引き止めてしまった。
でもこいつは本当に嫌ならきっと____
楓「……」
蓮池は手で俺を押しのけ無言で靴を脱ぎ三和土に揃えると、お邪魔しますと一言だけ言ってズカズカと中に上がってきた。
___これが嫌じゃないって証拠だ。
本当に嫌ならそもそも蓮池は俺の家まで来ないし、上がって行くなんてありえない。
こいつなりの理由があってここまで来たんだろう。
突然の出来事に頭が追いつかないが、自分の家に人を入れるなんて初めてのことで何となく嬉しくなってしまった。
しかもそれが蓮池だなんて、と感慨深くその背中を見つめるも、
楓「おい!お前んとこは洗い物も洗濯物もねぇな!」
何がしたいのか蓮池は勝手に部屋の扉を開けてくまなくチェックし始める。
それは韓国ドラマでよく見る小煩い姑が嫁の家に突然やって来て逐一文句を言う姿によく似ていて、靴を揃える礼儀正しさはあるのにとギャップに笑いが込み上げる。
一通り見てスッキリしたのか蓮池はソファにドカっと腰を下ろすと、
楓「げ、これカッシーノのソファじゃん」
親金で生意気なと呟くが、こいつにもう苛立つことも臆することもなくなった。
雅臣 「東京から引っ越す時に気に入ってるやつをそのまま家から持ってきたんだよ。何か飲むか?」
楓「その機械でカフェラテ入れて」
相変わらず目敏いなとつい苦笑してしまう。
しかしあの蓮池が俺の家にいて尚且つ会話までスムーズに出来ていることの方が驚きで、ブサイク呼ばわりからよくぞここまで進展したものだ。
溶けるからアイス冷凍庫に入れろよと言う蓮池に、受け取った袋の中を改めて見るとハーネンダッツのバニラが大量に入っていた。
こんなにも1人で食えないが、さすがにこの量は柊の指示でなく蓮池が自分で考えて用意したのだろう。
…………。
…………マジか。
顔が自然と綻んでいくのが分かる。
今から俺は都合のいいように解釈するぞ、いや今日くらいはさせてくれ。
もしかして、昨日の言い合いが上手い具合に功を奏したのか、蓮池にとって俺の存在が前よりマシになったんじゃないか?
少しくらいなら会話してやってもいいというレベルに昇格した気がしてならない。
何度も言うがこいつは自分が嫌なら今絶対ここにいない。
そんな奴がいくら柊に言われたとはいえ大量のアイスにポカリやゼリー、レトルトのお粥から冷えピタまで持ってくる筈がないんだ。
袋の重みにさえ感動してると、
楓「溶けたら不味くなんだろ!!早くしまえよ」
と立ち上がって自ら冷凍庫に雑にしまい始めた。
雅臣「ありがとうな。蓮池、砂糖は……」
楓「3杯、アイスにして」
それは入れすぎだと思いながら作ったアイスカフェラテをローテーブルに置けば、グラスを手に取りしげしげと眺める。
楓「アイスカフェラテ如きにバカラのグラスかよ」
さりげなく俺もソファの横に座らせてもらうが、カフェラテを静かに飲むだけで蓮池は何も言わない。
こんな時何を話せばいいのか分からなくて、自分も一緒に飲もうと入れたアイスコーヒーに目をやった。
互いの沈黙なんて今更だが昨日の件もあって少し気まずい。
せっかく自宅まで来てくれたんだから何か会話した方がいいよなと頭を悩ませていると、蓮池が先に口を開いた。
楓「見た感じ元気そうじゃねぇか、仮病かよ」
雅臣「……昨日までは熱が高かったんだ。今は下がって大事を取って休んだだけだ」
楓「あっそ」
酷い言い草だが、多分蓮池は来た時から俺の容態が気になっていたんだろう。
これがこいつの精一杯の聞き方だよなとアイスカフェラテをごくごくと飲む姿を見つめる。
いつもは1人だけのリビングに自分以外の存在がいて不思議な感覚が襲ってくる。
しかもそれが蓮池だなんてやっぱりまだ信じられなくてそっと横目で見てしまう。
雅臣「今日は柊は……」
楓「休み」
そうか、今日も柊は休みなのか。
随分風邪が長引いてるな……拗らせたんだろうか?
しかし昨日の蓮池の怒り方を思い出し、柊にはあまり触れないでおこうとそれ以上何も聞かなかった。
…………。
……。
……困ったな、あまりにも間が持たない。
蓮池との共通の話題をどうにか考えなければと視線を上げれば付けっぱなしになっていたMETUBEが見えた。
カニ漁のシーズン4は居眠りする前のまま映像が止まっていた。
楓「これシーズン4?6まであるけど結局2が1番おもしろいよ」
雅臣「そ、そうなのか?俺も今のところは2が1番面白くて、この船長が怖いよな」
それに気がついた蓮池はごく自然に話しかけてきて、驚いて答える俺を見て軽く笑った。
蓮池からカニ漁の話が出てくるとは思わなくて、しかも初めてまともに会話ができて胸が波打つ。
俺と柊がカニ漁の話で盛り上がっていたのを全く興味が無さそうにしていたくせに、実際は見ていたと知って嬉しくなってしまった。
このまま普通に会話できたらと他にも蓮池の興味を惹く話題について考えていたら、飾り棚に供えた饅頭が目に入った。
死んだ母親の写真の前にあるそれを見て、
雅臣「蓮池、覚王山にある鬼饅頭の店を知ってるか?」
あまりにも唐突な振り方に俺は本当に話が下手だなと思ったが、蓮池はそれをバカにすることなく松花堂だろ?と呟いた。
雅臣「あそこ鬼饅頭は美味かったけど__」
楓「まさか普通の饅頭食ったの?勇気あるね」
入学以来蓮池と普通の会話が2回も成り立ったことに感動して、立ち上がってガッツポーズをしたくなるのを必死で堪える。
雅臣「柊がイマイチだって教えてくれたんだけど、本当とは思えなくてつい買ってしまったんだ」
楓「まぁ見た目は悪くねぇからな。嫌いな奴の手土産に渡すのには丁度いい」
蓮池らしい最高に痛烈な返しに笑ってしまった。
会話が途切れてまた沈黙が続くと、蓮池が音を立てながら手持ち無沙汰のようにアイスカフェラテのグラスを回す。
カラカラとその音が部屋に心地よく響いて不思議と嫌な気がしない。
おかわりがいるか尋ねようとした瞬間、
楓「…なぁ、大須で何したんだよ」
大須?と突然の質問に瞠目した。
今頃大須の話だなんて、蓮池がわざわざ聞きたがる理由は何なのか。
雅臣「先輩達とクレープ食べて…その後柊と唐揚げも食った」
楓「ふーん」
あの時は確か蓮池が稽古があって一緒に来れなかったのを思い出した。
そのままを伝えても蓮池の反応は微妙で、もしかして食べ歩きの話ではなく、俺達がどんな内容の話をしていたのかが知りたいんだろうか。
雅臣「あー…、そこで梓先輩のお母さんが若く見えるって話から親の年齢の話題になって……俺の母さんは死んだって教えたんだ」
クレープを食べながらする会話じゃないよなと思い返すが、蓮池は黙って静かに聞いてるので話を続けることにした。
雅臣「そしたら柊、俺の母さんは充分生きた、未来ある子が死ぬほうが悲しいってあっさり言われて」
楓「__はは、夕太くんそういうとこあるよね」
雅臣 「まぁそれから俺は色々考えるようになって。自分に友達がいないとかも気づいて……」
蓮池は片眉をあげて、おや、と俺を見つめた。
雅臣「その時柊のことすごいって思ったんだ。…俺はお前の言う通りどこか柊のことを見下していたんだろうな」
己の境遇にぼんやりと不満を抱えていた俺は、人を見下すことで自分を保っていたんだと思う。
雅臣「でも今は本当にそんなこと思ってない。あいつ気も利くし___」
楓「気が利くなら何回もお前が嫌がることなんて言わないよ」
俺の声に被せるように蓮池が否定した。
雅臣「ええと、何て言うか自由奔放というか___」
楓「そう?あんなのただのわがままじゃない?」
俺が柊を褒めようとする度に珍しく蓮池が否定し貶してくるから、つい驚いてまじまじと見つめてしまった。
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