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77.【言いたいこと】



三木「…韓国ドラマの視聴率が高い理由が分かるな」


蘭世「三木さん、あんた心がねぇな……梅ちゃんを見てみろよ、さっきからドキドキハラハラして___」



いってえ!と叫ぶ梓蘭世の声を聞いて、きっと一条先輩が足を踏んづけて黙らせたんだろうと想像する。



蓮池は困惑で停滞していた俺の思考をいとも簡単に片付けた。



雅臣「……だから親父は喪が開けないうちに再婚したのか?」



口をついて出た一言に蓮池が目を見張り、嘘だろと周囲ざわめく。



雅臣「母親が死んだ次の日に…再婚するって…」



母さんが死んでほっとしたのは、親父が自分と向き合ってくれると思ったからだ。


鬱屈した表しようのない気持ちをようやく親父に言えるかもしれないと思った矢先、突然再婚を告げられて頭が真っ白になった。



楓「はぁ?お前の親父やばくね?その女ってまさかお前の母さん生きてる間から愛人だったとか?」



身を乗り出すように話を聞く蓮池は不快感を顕に顔を顰めた。



雅臣「分からない、でも……そうだったと思う。今なら分かるよ、絶対そうだと思う」



その姿に力を得たように俺は今なら全部を吐き出せると思った。



雅臣「母さんの病気で大変なフリをしていたら…誰かが声を掛けてくれると思ったんだ」



偶然とはいえ蓮池が俺の話を聞いてくれたように、誰かが話を聞いてくれたら自分の家の歪さに気がついてくれるかもしれないと無意識で考えていた。



〝本当は?〟



誰かが踏み込んでそう聞いてくれるかもしれない。


しかし、そんな淡い期待は立派な肩書きを持つ父親の存在に消されてしまった。


親父は金で俺を不自由にさせなかったし、子供が生活に困ることさえなければ大概の家は問題のないものとして片付けられてしまう。


男手1つで育ててくれているのも、何一つ不自由のない生活をさせてくれているのも分かっていた。


だからこそ俺の悩みはそこまで壮大なものか?ただの我儘なんじゃないか?と結局口にするのも憚られて余計に俺は何も言えなかった。




雅臣「今度こそ親父と話し合えると思ったら__」


楓「お前を追い出した感じ?」




蓮池が俺の話を聞いてくれることが嬉しい。


蓮池だけじゃない。


先輩達や周りにたくさん人がいる最悪の状況なのに、皆が聞いてくれてるかと思うと俺は嬉しくて仕方なかった。



俺はずっと誰かに自分の話を聞いて欲しかったんだ。



赤裸々に家庭の事情や自分の気持ちの全てを話してしまったら後々噂になるのは分かっていたが、それもどうでもよかった。


こんなに人と喋るのも初めてで、話の展開も下手くそな俺を蓮池は変に急かさず、次に何を話すのかを待ってくれる。



それが蓮池の気まぐれだとしても、柊とは違う蓮池の良さを知った気がした。



雅臣「葬式の次の日に親父が突然麻布に新しい家を建てるって言い出したんだ。新しく義妹が出来るとかも言うし…」



突然の義妹の話に、義妹?と周囲からどよめきが伝わる。



楓「デキ婚?」


雅臣「デキ婚の方がマシだ…同じ学校の1個下って言われて…」


楓「血繋がってるんじゃね?」



蓮池の衝撃の一言がとどめのように今度は静寂が広がった。


見渡せばそれはさすがに…と周りの奴らまで目を見開いて、普段大人しい一条先輩は信じられないと隣に立つ梓蘭世を興奮した顔つきでバシバシと叩いた。


今までそれを疑った俺がおかしいのかと思っていたが、周りのリアクションでこれは俺の親父がおかしいんだと分かってまた胸がすく思いがした。



桂樹「おい…!」



桂樹先輩が蓮池に止めろと手を出そうとするが、邪魔されたくなくて俺はそれを阻止するかのように片手で制した。



雅臣「そう思うよな?可能性あるよな?」



それが当然といった顔で蓮池は頷いてくれた。



楓「あー、だから名古屋来たんだ?でも何しに名古屋?」


雅臣「一緒に暮らしたくないから一人暮らしするって言ったら大喧嘩になって、」


楓「一人暮らしってお前の親父の提案じゃねぇのかよ」



……それならどれだけ良かったか。


俺の気持ちも聞かずにそいつらと一緒に暮らすことを納得すると思っていた親父の勘違いが本当に耐えられなかった。



雅臣「俺が嫌がってるのが分からないくらい自分の欲に溺れて浮かれる親父を初めて見て……」



蓮池の呆れたような表情が正解だと物語っている。



雅臣「反対するなら義妹を犯してやるって脅したら……名古屋になったんだ」



俺がそんな風に言うなんて思ってもいなかったのか、生まれて初めて親父と激しい言い争いになった。


通っていた中学は進学校でエスカレーター式、将来も約束される程の進学校で友達もいるだろうと転校を仄めかせば俺が言う事を聞くと思って名古屋と言ったのだろう。


でも俺はそんなことどうでも良かった。


俺の気持ちが理解できない親父が理解できなかった。


俺がそれでいいと言えば、思い通りにならないことが気に入らないのか親父は逆ギレして収拾がつかないから脅して解決した。


生活費や自分にかかる費用を出さないなら戻ってきてでも義妹を犯して殺してニュースになってやる、まで言ったのがよかったのだろう。


俺とあの母親は血が繋がっているのをわすれていたのか、初めて俺に怯えた顔を向けて好きにしろとカードを渡した。



楓「厄介払いかよ……カスだね。それならお前が親金使う権利があるさ。毎月クレカの上限まで使ったれ」



俺の顔色を見て察しの良い蓮池は、思いもつかない回答で俺の抱えてきた膿を全部吹き飛ばしてくれる。



______本当は。



大変なフリをしていたのは、愛されていないという事実から目を背けるためだった。


自分の親がおかしいことくらい俺だって薄々気がついていた。


でも、それを認めてしまえば自分が苦しくなる。


だからできるだけ考えないように見て見ぬふりをして、俺には何も問題がないとうそぶいていたんだ。


親父が母親をどこか邪険にしていることも分かっていて、見舞いに行くのも着替えを持っていくのも俺ばかりで実際に親父が行くことはほとんどなかった。


母さんはいつでも夢の世界と現実の行ったり来たりを繰り返し、正気に戻っても自分を顧みない旦那だけを永遠に追いかけて終いには癌で死んでしまった。


俺は蓮池の言う通り金にも生活にも困ったことはなかったけれど、どこにも気持ちを吐き出す場所がなかった。


自分の家族が変だと言われたくなくてずっと見て見ぬふりしてきたけど、



〝カス〟



と蓮池が俺の親父に言ってくれていよいよ目が覚めた。


清々しいまでの蓮池の言葉や周りの反応はハッキリと俺の家はおかしいと見て取れる。



だから俺は初めて自分の思っていたことを口にすることが出来たんだ。



俺が本当に大変だったのは、言いたいことが言えなかったこと。


生活もお金も何も困ったことがないのに文句を言うなんてと黙って堪えていた。


それはある意味とても恵まれていることだけれど、だからこそ不満を言える立場じゃないと思って口を閉ざしていたんだ。



………本当は。



本当は何も言わせない状況を作り上げていた親父が不満だったんだ。


蓮池のおかげでようやく胸の内が整理できた。


長年の胸のつかえはあんなにも関わりたくないと思っていた相手によってあっけなく下りた。




楓「……あのさ、大分ズレたけどお前は他人の要らん心配なんかしてないで自分の心配しろよ」


雅臣「……そうだよな」



上から目線もそうだったけど、蓮池にどこポジと言われるだけの理由があるよなと腑に落ちた。



雅臣「……お前って……柊と比べて本当に嫌な奴だと思ってたけど……」



今までの流れを思い浮かべて、よくよく考えれば蓮池は意外と至極真っ当なことを言う人間だと分かった。


人の親に対して不謹慎にも死んだ死んだと言い続ける柊より、今は蓮池の方が余程まともに見える。


今だって母親の死んだ理由を蓮池が教えろと言ったわけではないのに、俺が勝手にベラベラと話すことを最後まで聞いてくれていた。


思い返せば、倫理観のズレた柊に不快感を訴えたあの日から蓮池は俺の前で絶対に〝死んだ〟の言葉は使わない。


もしかして俺の訴えを律儀に守ってくれてるのかと瞠目する。



雅臣「お前…もしかして柊よりいい奴なんじゃ……」


楓「俺は夕太くんと違ってもう少し人の心があるからね。さすがにお前が大変だったことくらいは分かる」



同情するよ、と鼻で笑うその目に嘘はない。


以前の俺だったら自分の方が柊より人の心があると言う蓮池に何を言ってるんだと信じなかっただろう。



…………じゃあ柊は?



柊は俺が悲しいなら辞めるけどと言っただけで別にごめんの一言があるわけでもなくて。



…………。


………………あれ?




雅臣「……あのさ、何で俺は柊と友達になりたいんだと思う?」


楓「良い奴なんだろ?お前がさっき言ってたじゃん」



眉根を寄せた蓮池は呆れたように軽いため息を吐いた。



楓 「え、何?もしかしてやっと気づいた感じ?夕太くんって結構おかしいよ」



蓮池が初めて自分の幼馴染を悪く言うのを聞いて、



『夕太くんってそういうところあるよね』



とこいつが何度も柊にそう言っていたこと思い出す。


もしかして、あれは柊を傷つけない為の蓮池なりに最大限配慮した言い方だったんじゃないのかと目を見張る。




______俺は何を見逃してきた?




もう一度蓮池を見据えれば、こんなにちゃんと向き合ったのは入学式の騒動以来だった。


あの時から無視され罵られ、俺は本当にずっと酷い奴だと思っていた。


でも、今は何故か蓮池のことをもっと知りたいと強く思ってしまう。


第一印象のせいでこいつと関わりたくないと思いすぎていたんだ。


蓮池の嫌な面しか見えなかったのは、俺が見ようとしてこなかったんだ。


それに気がつくと、霞みがかっていた視界が急激に晴れるように突然物事がクリアに見えた。


そして生まれて初めて自分の気持ちを全面に口にしたせいか何とも言えない高揚感に包まれていた。




読んでいただきありがとうございます。

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