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76.【俺の欲しい言葉】



楓「何で?」



蓮池はいつもみたいな冷笑を浮かべずに真顔で続きを促してくれる。



雅臣「好きなバンドに憧れて伸ばしてただけなんだ…それなのにあいつ、私の為に?とか抜かして、勘違いして」



母親の調子が良い時、家に戻ってきた第一声がそれで嬉しそうに笑う母親を見たら頷くしか出来なかった。


母さんは久しぶりに会う息子が今何に興味があるのかも知らない、何も聞かない、分からない、そんな現実を見ることが出来ない人だった。



雅臣「でもその勘違いで助かったとこもあって…俺がでかくなればなるほど雅鷹って親父と間違えてたのに……」



中学に入ると、俺に親父を重ねたのかそれとも本当にそう見えていたのか、母さんは俺をやたらにベタベタと触るようになった。


息子を触るその手つきは女特有のもので、俺はそれがすごく嫌だった。



雅臣「俺を触る度に気がつくんだ、親父じゃないって。……親父は髪が長くないから、」



母さんは自分の愛する人じゃないと気づいた瞬間、遠い目をしながら俺の頭を撫でていつもの言葉を言う。




『まーくんは私のことが大好きね』




〝まーくん〟は親父の若い頃の呼び名だと本当は知っていた。


俺はあの言葉が俺に向けられた言葉じゃないってことも知っていたんだ。



雅臣「…母さんは俺が自分の息子だってもうわかってなかったんだ」



静寂の中、静かに項垂れる。




楓「…それは可哀想だわ。レベル高い可哀想だね」




蓮池に正面からハッキリ可哀想だと言われて、やっと1歩を踏み出せる気がした。



〝本当は?〟



ずっとこうやって誰かに話を聞いて欲しかったんだ。


そうでないと、俺は本当のことが話せない。



雅臣「俺は___」




「雅臣!何してんだよ!」




大きな声がして振り返ると、焦った顔の桂樹先輩が後ろにいた。


少し険しい顔をした三木先輩も一緒にいて、その横には梓蘭世と一条先輩が立っていた。


そういえば俺は席取りをするために食堂に来ていたんだった。



三木「……蘭世、一条。お前達何で止めないんだ」



見てないで止めろと三木先輩は、2人を窘める。



蘭世「いや、止める暇なかったし」


梅生「ど、ドラマみたいで……」



いけないと慌てて片手で口を押さえた一条先輩を見て皆集まっていたのかと思うが、それでも俺はまだ蓮池と話したりなかった。



桂樹「雅臣。着替え貸すから行くぞ」


雅臣「え、!ま、待ってください!今俺……」



桂樹先輩に強く腕を引かれるが、その手を邪魔だと言わんばかりに蓮池が払い落とす。



楓「邪魔すんなよ、今いいところなんだから」



な?と左口角を上げる蓮池の顔はどこにも俺を馬鹿にした様子はない。


咎めようと口を開く桂樹先輩を遮って、蓮池は俺に問いかける。



楓「で?そんな大層な事情があるのに何しに名古屋なんかでお前の親父は一人暮らしさせてんだよ」



……心臓が跳ね上がる。



逸る気持ちを抑えられず、今を逃したら奥底に隠して閉じ込めてきた膿は吐き出せないと焦る。



俺が本当に言いたかったこと。



本当は……。



本当は_______




雅臣「俺は…母親は死んだけど、父親はいるから困ったことがなくて……」



自分の声が震えて内心をうまく伝えられずゆっくり呻くように答える。


さっき蓮池に親金と言われたように、俺は生活するだけなら特に困ったことがなかった。


親父がくれるお金があるから困っていないはずだった。


……でも。



雅臣「でも、俺は…母さんが病気だから大変なフリをしてきて」


楓「はぁ?大変なフリ?フリじゃなくてほんとに大変だったんだろ?」


雅臣「違う……!本当はそうじゃなくって…」



言葉が少しもままならずにもどかしい。


苦しい。


言いたいことがあるのに、いつだって俺は___




雅臣「い、言えない、」



桂樹「蓮池!いい加減にしろよ!」




桂樹先輩はそう叫ぶと青ざめ俯く俺の背後から手を伸ばし、無理して言わなくていいと片手で俺の目を塞いだ。


蓮池の舌打ちが聞こえた瞬間、その手は力づくで外され俺の目の前が一気に開けた。



楓「違くねぇだろ!!大変だろ!!お前をそんな風にさせたのは誰なんだよ!!」



語気も荒く言い切られ、蓮池の射るような目が眩い。



楓「てめぇのイカれた母親か!」



違う、そうじゃない。


本当は、本当は…………。




楓「それとも!お前がそんなに苦しいのに放置してる親父のどっちなんだよ!」




真っ直ぐに見つめられて、ずっと誰かが俺の確信をついてくれるのを待っていたと気づいた。


燻らせていた感情、隠した本音。


俺がずっと聞いて欲しかったこと。


それは。




雅臣「親父だ、親父なんだよ」




俺はずっと言いたいことがあった。


俺の家族がおかしいのか、誰かに確かめたかった。


誰かにそう聞きたかった。




楓「……対して仲良くもない俺なんかに話すぐらい、聞いてくれる相手がいなかったんだろ?お前の親父おかしいよ」




それは俺の1番欲しかった言葉だった。



〝本当は?〟



おかしいことをおかしいと言えない環境が苦しかったんだ。



複雑に絡まりすぎた感情は上手く紐解けなくて、本当はの後が続かない。



雅臣「おかしいのにおかしいって言えない、だって俺困ってないから…困ってるけど…もう分かんないんだよ」



どう言えばいいのか、散らばった複雑なパズルみたいに思うことがありすぎて言葉が纏まらなかった。



楓「……あのなぁ、」



蓮池はため息をついて前髪を掻きあげ、揺るぎのない目で俺に迫る。



楓「お前は金には困ってはいないけどお前自身は困ってんの!何が困ってるかって?」




曖昧さを許さない蓮池が言うことならと、縋る思いで答えを待つ。




楓「てめぇが親父に愛されてる感覚がねぇところだよ!」




鍵のない扉を強引にこじ開けるような蓮池の力強い言葉に目が覚めた。



断定されたその答えに、散漫な考えはようやく1つに纏まって腑に落ちた。



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