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71.【嵐の前の静けさ】



山王は食券の決済方法がコンビニ並に色々あるから、基本的に現金を持ち歩かない俺はかなり助かっている。


A定食のコーヒーゼリー付きボタンを押してID決済を選択、スマホを翳せばピピッと音が鳴り券が落ちてきた。


日によっては売り切れるくらい人気のA定食はハンバーグとナポリタンが美味しいと生徒達に評判で、前に食べた時デザートにコーヒーゼリーを付けたら上にバニラジェラートが乗っていて食堂の割に絶品だったのを思い出す。


……それにしても、昨夜はエアコンの除湿が効きすぎたのか何だか喉まで痛くなってきた気がする。


早く冷たいジェラートを口にしたい、出来上がりを待ちながらそんなことを考えていたらあっという間に食堂は混み始めた。


5分授業が早く終わって本当に良かったと定食をトレーに載せて席に着くが、先に食べてろと言われたものの俺1人だと少し気が引ける。


躊躇している間にも真っ白なジェラートがどんどんと熔けていく様子を静かに見るも、周りの声や音がやけに頭に響く。


食べたらもう1度薬を飲もう。


回らない頭でぼっちが1人で広々席を使って迷惑だと思われないだろうかとか、先輩達が来たら今日は柊は休みだと伝えないととか考えていると、



「今日外商来るから金払っとけよババア」



デパートの外商だなんて普通の高校生からは聞かない単語だなと声のする方に視線を向ける。


……そうだよな、そんな事言うのはこの学校で蓮池しかいないよな。



楓「はぁ?FONDIの新作買うって話したろボケてんのか…あ?違ぇよこの前のは財布で今回のは靴…ってこれも何回言ってんだよ覚えらんねーならカレンダーにでも書いとけ」



相変わらず酷いな。


蓮池の電話の相手はあの優しそうなお母さんだろう。


いつものように母親に悪態をつく姿を見て今日はもう来ないかと思っていたが、一応来た上にサボらず食堂にも来るなんて奇跡に近い。


電話する蓮池は柊が休みとは知らないのか、辺りを見渡し探しながら電話をしている。


蓮池にも連絡できないくらい柊は具合が悪いんだろうか。


大丈夫かと後からチャットで連絡を入れて、どれくらい休むのかを聞くついでに授業のノートも写メで送ってやろう。


……いけない、俺が1人で席を取っていたんだ。


慌てて手を挙げヒラヒラと振れば、それに気がついた蓮池は眉間に皺を寄せて電話をしながらこちらに向かってくる。



楓「うるせーな分かってるよ、やるって。来月は…はぁ?もういいわとりあえずそれ受け取っといて」



ぶち、と音がする勢いで電話を切る蓮池は鬼の形相で、何か言われたんだなと想像がついた。



雅臣「あー…来たんだな」


楓「……はぁ?来たら駄目なのかよ」



かなり機嫌が悪いのか思い切り睨まれ、俺の言い方が悪かったと少しビビるが蓮池は俺から席を1つ空けて足を組んで座る。


静かに横目で見ると蓮池は珍しく眼鏡をかけていて、華をいけるのに水を触るせいなのかスマホを触るその長い指はとても荒れていることに気がついた。


……痛そうだな。


少し伸びたおかっぱの髪の毛がサラと揺れる。


口も態度も悪いけど育ちの良さは隠せないのか、同い年なのにどこか優雅なその姿をつい見てしまった。


入学式以来初めて2人きりになったが、いつも間に柊がいるからか蓮池をこんなに間近に見ることなんてなかったよな。



そうだ、柊の休みと先輩達の事情を伝えないと__



楓「夕太くんは?」



俺が説明するより早く蓮池が聞いてきた。


昨日俺と柊が席を取ると言っていたからか、この場に柊がいない理由を知らない蓮池は怪訝そうにこちらを見つめる。



雅臣「休みだって」


楓「は?何で?」


雅臣「担任は体調不良だって言ってたが……」



それ以上は知らないと言えば、蓮池は舌打ちをして使えねーなと呟いた。


直ぐにスマホを連打する蓮池は柊と連絡を取ろうとするが、すぐに反応がないからか苛立ちをひしひしと感じる。


気がつけば食堂は満員で、うるさいくらい賑やかなのに俺と蓮池の間には言葉1つない。


その理由は1つ。



……柊がいないからだ。



4月から毎日一緒に弁当を食べていても、俺と蓮池の間に会話はない。


3人でいるといつだって主に喋るのは柊で、俺も蓮池も柊には言葉を返すが互いは基本無反応。


蓮池が反応する時は俺を馬鹿にするか睨むか悪態をつくかのどれかしかなくて、本当にまともに会話をしたことなんて1度もない。


……嫌われているのは出会った時から分かっている。


目が合うだけで嫌味を言い、用件を話すだけで険悪な顔をする蓮池にそう思わない方がどうかしてる。


俺がそんな奴を相手にする必要なんてないのも分かっている、分かってはいるが俺たちの間に柊がいる限りそれはできない。


俺が友達になりたい柊が蓮池を尊重するなら関わらざるを得ないと観念したが、本当は俺だって嫌いの一言で終わらせてしまいたい。


しかし俺には蓮池を嫌いだと言い切れる正当な〝理由〟があるのに蓮池が俺を嫌う理由は分からないのが問題だった。


ブサイクだの陰キャだの言われた方の俺が嫌うのは当然だが、何故蓮池はそうも俺を毛嫌いするのか。


その理由が分からないのに俺から一方的に嫌いを突きつけて離れるのは少し気が引ける。


それにここまで来たらハッキリせたいというか……。



……駄目だ、考えすぎてまた頭が痛くなってきた。



今まで何でも自分に都合良く解釈していた俺は考えているようで何も考えていなくて、でも誰かの必然になりたいと思った瞬間、目の前の物事を在るがままに捉えることはできなくなった。


気づけば柊が口癖のように言う『本当は?』が乗り移り、俺も相手のifを考えながら本当の理由を求めるようになってしまった。


それは蓮池にも当てはまり、蓮池が俺を嫌う理由を知りたいし、知らないうちに俺が何かしたならそこを直したい。


そしてその時こそ俺は初めて正面からキッパリと蓮池に嫌いだと言えると思う。


もし本当にそう言ったら蓮池だけでなく、柊も俺から離れてもう友達になれないかもしれないけれど、答え合わせをして納得してからでないと俺は前に進めない。



雅臣「……あ、先輩達は遅れて来るらしい」



今日は余計なことばかりぼんやり浮かんで、蓮池に肝心なことを言わないでいた。



楓「早く言えよコミュ障ほんと使えねぇな」



……やはり酷い言いようだが、以前柊が蓮池の暴言はストレスからくるものだと言っていたのを思い出す。


未来の華道の家元は俺の想像にも及ばない何かを背負ってるのかもしれないと俯く顔を眺めた。


さっきの電話もそうだが、あのお重の弁当を毎日作ってくれる優しい母親の金を好き勝手使いたくなる程ストレスが溜まっているのかと気の毒に思うと、



雅臣「なぁ、お前も大変なんだな」



思わず独り言のように口をついて出た。



楓「は?」


雅臣「ストレスであれこれ買ってるんだろ?」



蓮池の眼鏡もよく見れば逆三角のブランドのマークが入っていて、これも全てストレスがそうさせるのかと見つめる。


正面にいる蓮池は一瞬目を見張るが、途端にその目つきが鋭くなった。



楓「どの口が言ってんだよ」



鼻で笑われ蓮池の冷めた顔つきにカッとなる。



雅臣「お、俺は心配して……!」


楓「お前に心配されるなんて落ちぶれたもんだな俺も」


雅臣「俺はそういうことを言いたいんじゃない」



馬鹿にしてお手上げのポーズをわざとらしく取る蓮池に強く言い返した。



楓「……じゃあどういうことだよ」




蓮池が俺の答えを待つなんて珍しい、といつもなら無視するくせに何かの前触れを疑った。



読んでいただきありがとうございます。

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