58.【蓋を開けたら…】
………………。
……おい。
何で誰も何も言わないんだ。
先程までの盛り上がりはどこへやら、俺の成績表を三木先輩から順に桂樹先輩、梓蘭世、一条先輩と回して見ているのに誰も一言も発しない。
何故誰も言葉を発さないのか、それとも発せないのか。
アホの蓮池や次に開示を控えた柊に遠慮して〝凄い〟と言えないのか、それとも意外と大したことないと思ってるのか。
何でもいいから誰か反応してくれよ。
この沈黙が耐えられない、俺の胃に穴があきそうだ。
蓋を開けたらクラス順位4位、学年順位18位でした…だなんて、俺だってクラス順位1位、学年順位2位とかが良かったさ!!
また直ぐに取り返せるような成績ならそこまで苦にならず、今現在こんな辱めを受けることもなかった。
楓「だっせ」
最初に沈黙を破ったのは次に俺の成績表を見た蓮池だった。
楓「あんなに俺は頭いいです君達と一緒にしないでください感醸し出しといて4位かよ」
雅臣「なっ……!俺はそんなこと言ってない!」
夕太「あー……まぁ、」
雅臣「ひ、柊、お前何だよその……まぁ、って!」
蓮池がこれ幸いと嫌味ったらしく言うのに合わせて、俺の成績表を見た柊の顔は実に微妙な表情をしている。
柊のこの顔は俺の肉巻きがイマイチと感じた時と同じ顔だ。しかも蓮池の意見に賛同している感じが余計に腹が立つ。
お、俺はそんな嫌な奴に見えてたって事か!?
二重の意味で落ち込んでいると、
梅生「い、いやいや!4位ってすごいよ、ね?」
急に我に返った一条先輩が隣の梓蘭世に同意を求めながら俺の肩を叩いてフォローする。
蘭世「まぁ蓮池の言いたい事もわからんくもないけどな」
だが、梓蘭世はそれを良しとしなかった。
___は、蓮池の言いたい事がわからなくもない…?
ちょっと待て、待て待て……!!
まさか俺が自ら凄くデキる男を演出していたみたいに皆思ってたのか!?
そ、そんなつもりは全くない!!誤解だ!!
雅臣「いや俺、そんなつもりは…」
ここはきちんと誤解を解かなくてはと焦って話し出すも、左口角だけを上げてニヤつく蓮池と目が合った。
楓「入試1位もまぐれかもな」
あー言えばこー言う蓮池が俺が心の奥底で恐れていたことをそのまま口にしやがった。
雅臣「お、お前が言うな…!」
蓮池のニヤリと底意地の悪い微笑みを見て、何をどう育てたらこんな顔ができるようになるのか理解不能だ。
三木「藤城、入試は1位だったのか?」
このタイミングで改めてそんな事確認しないでくれ、入試は1位とか言わないでくれ。
隣で項垂れ俯く俺が余程哀れに見えるのか、同調しない梓蘭世に焦れた一条先輩の方が焦り出した。
梅生「す、すごいよ入試1位だなんて!!な、蘭世?……蘭世!」
蘭世「えー…?」
梅生 「すごいって言えって!」
蘭世「痛い痛い痛い!梅ちゃん足踏んでる!」
一条先輩は自分の言う事を聞かない梓蘭世のつま先をギュッと踏み潰し、叫ぶ梓蘭世を無視して無理やり首を縦に振らせた。
梅生「ね?蘭世もすごいって、良かったね藤城」
雅臣「……は、……は、は」
何も良くない、そんなのちっとも嬉しくないと先輩に対して言える訳もなく、乾いた笑い声しか出せない。
大体なんでほぼ最下位の蓮池にまぐれとか言われないといけないんだ。
一言言ってやろうと意を決して立ち上がるも蓮池の方が俺より早く口を開いた。
楓「八つ当たりすんなよバーカ」
雅臣「なっ……!バカはお前だろ!?」
楓 「都落ち!都落ち!」
蓮池の最悪のコールと聞くに絶えない言い争いに先輩達は苦笑しているが全然笑いごとではない。
夕太「やめろよどっちもバカだろ!!………あ、やべ言っちゃった」
俺と蓮池を止めようと間に割って入った柊が、しまったという顔をしてつい本当のことを……と慌てて口を両手で抑えた。
___ど、どっちも馬鹿って……。
三木「柊、お前は?」
一通りの流れに飽きたのか、ずっと俺らを横目に見ていた三木先輩がしかつめらしい顔をして柊に手を差し出した。
三木「藤城のはもう一通り見たからな、出せよ」
夕太「え、えぇ?」
俺の成績を見たのに何も言わない三木先輩の本音はどこにあるんだろう。
本当は三木先輩も俺なんて大したことないと心で笑っているのだろうか?
勝手に想像して落ち込む自分が嫌になる。
しかし先輩であろうとものともしない柊は唇を突き出し後ろ手を組みながらそそくさと逃げようとする。
諦めの悪いその姿は実にコミカルで、やはり海外アニメの黄色のカナリアそっくりだ。
夕太「……出したくないかな?」
桂樹「お前それは往生際悪ぃよ」
夕太「い、いやそうじゃなくて…」
どうしようかなと首を傾げる柊に、お前も早く出せよと苛立った。
どうせその姿相応の順位のくせに、何を出すのに躊躇する理由があるんだ。
柊も早く俺と一緒に嫌な気分を味わうがいいと睨むと、何故かチラチラと俺を盗み見しながらようやく申し訳なさそうに成績表を開いた。
夕太「えー…はい、」
全員で開かれた柊の成績表を覗き込む。
………。
次の瞬間、全員があ然とし、柊の顔を一斉に見つめた。
蘭世「はぁ!?お前クラス2位かよ!?お前みたいなのは馬鹿で初めて愛嬌ってもんが……いや意外すぎるその感じで勉強できるとかねぇわ」
夕太「失礼な!!全部失礼だった今!!」
梓蘭世の第一声を聞き柊が不満げに反論する中で、俺はまた顎が外れそうなくらい口が大きく開いてしまった。
柊なんてクラスの真ん中位の順位だとばかり思っていた。
『その順位でよく俺のことを馬鹿にできたな!』
と言ってやるつもり満々だったのに、俺より成績がいいことに動揺して言葉に詰まる。
楓「夕太くんってそういうとこあるよね、てか2位なら堂々と見せなよ嫌味なの?」
夕太「いや、そうじゃなくてさ、」
チラ、と柊がまた俺の方を見て目が合う。
___こ、こいつもしかして俺に気を遣ったのか…?
お、お前は何でいつもいつもどうでもいいところで要らない気を回してズレた気遣いをするんだ!!
もっと違う時に正しく気を遣えと叫びたいが、今の俺にそれを言う権利はない。
俺が柊に勉強を教えるつもりだったのにこれではあまりにもおこがましい、俺が教えてもらう側じゃないかとすっかり立場が逆転した。
会話の糸口を掴むどころじゃなくて意気消沈し、地の果てまで落ち込みそうだ。
実は勉強会の時も先輩にわからない問題を聞く俺を影でバカにしてたのか?
いや、柊はそんな事は思わな___。
浮かんだ汚い考えを否定しきれなくて、このままでは本当に嫌な奴になってしまうと拳を握り締め立ち尽くした。
梅生「皆すごいな…俺、今回順位上がって嬉しかったけどもう少し頑張らないと…」
桂樹「いやいや充分じゃね?コイツら異常だよ…っと、」
少し項垂れる一条先輩を横目に、ジュースを飲みきった桂樹先輩は空のペットボトルを教室の隅のゴミ箱目掛けて放り投げる。
綺麗な放物線を描いたそれは外れることなく、見事ゴミ箱に収まった。
蘭世「3年も出せよ、卑怯だろ」
桂樹「バッカだな蘭世…三木なんか見なくてもわかるだろ」
お手上げのポーズを取る姿までかっこいい桂樹先輩を気にせず、三木先輩は鷹揚に成績表を皆の前に差し出した。
三木「ほら」
よく見えるように広げられた成績表は、……クラスも学年もどちらも1位だった。
テストの点数も全て95点以上、100点の教科も多くこの人本当に何者なんだと言葉を失い息を呑む。
蘭世「三木さんはどうでもいいよ、桂樹さん早く見せろって」
桂樹「あー?ほらよ、」
桂樹先輩が鞄から取り出し投げた成績表を梓蘭世が奪い取って広げた。
蘭世「うわ!29位でギリかよ!桂樹さんの黒染め学校でやらせようって話してたのに!!」
梓蘭世が最悪だと大袈裟に頭を掻きむしり悔しがる姿を見て、29位でギリって?黒染めとは一体なんの話だ?と訝る。
桂樹「誰とそんな話してんだよ!だからそんな見たがったんか…って、いやーでもマジでギリだった」
桂樹先輩は気が抜けたとばかりに椅子の背に身体を預けた。
夕太「黒染め?髪を?何の話?」
柊が不思議そうに首を傾げると、桂樹先輩は笑いながら柊のくるくるの髪を軽くつまんで引っ張った。
桂樹「え、柊これ染めてパーマじゃねーの?てっきり知ってんのかと思った」
夕太「知ってるって何を?俺のこれは、……地毛で、まぁ天パ?」
…………何だその胡散臭い間は?
目を逸らして舌を出す柊に、こいつ本当に天然パーマかと疑い改めてその髪をよく見る。
柊のヘーゼル色のくるくる頭に窓辺から差し込んだ西日が当たってそれは綺麗に光り輝いている。
桂樹先輩の金髪と違って根元から明るい髪は色素が薄いのかと今まで疑ったことがなかったが、柊のどこかズレた常識感覚を知ってからどうにも信じがたくなってきた。
梅生「基本的に校則で髪を染めるのは禁止なんだけど、暗黙のルールというか…見逃してもらえる場合があるんだ」
三木「学年30番以内はどんな髪色にしても教師陣に咎められない。30番以下のやつが染めたら即生徒指導だがな」
一条先輩と三木先輩の説明を聞いて、そういうことかとようやく合点がいく。
桂樹先輩の金髪に梓蘭世の銀髪、派手な髪をなぜどの教師も指導しないのか不思議に思っていたが、全部特権として許されていたんだ。
髪を派手にしている奴は頭が良いことの証明と知り、普通とは真逆の校風につい不躾に桂樹先輩によく似合う金色の髪を眺めた。
じゃああの生徒会の派手な身なりした人達も、全て頭がいいから許されるのか。
山王は『寛容な校風』が謳い文句とはいえ寛容がすぎるだろと眉根を寄せた。
三木「リオ、どうせ大会があるんだから早く黒に戻せばいいじゃないか」
桂樹「染めたこともない黒髪で芋くせぇお前は知らないかもだが、金から黒ってまじで髪痛むんだぜ?」
三木「禿げまっしぐらだな」
軽口を叩き合う3年2人に、自分の髪を触って黒が芋くせぇって、これじゃあダメなのかと困惑する。
今まで当たり前に校則に従い染めたことなんて勿論ない。
髪色をほんの少しでも明るくすれば、少しは俺のイメージも変わるだろうか?
つまんだ髪を日に透かしながら自分に話しかけてくれる友達を想像していたら、
楓「陰キャが急に染めて皆がドン引きするのがもう見えるね、何で陰キャって髪染めただけで強気なんだろ、あれほんと面白いよね」
考えが見透かされたのか、蓮池が肩をすくめて笑いやがった。
雅臣「染めるなんて言ってないだろ!?」
楓「誰もお前に話しかけてねーよキメェな。あーあ、俺も金髪にしようかな」
夕太「でんちゃんなんかバカだから即生活指導だし、金髪にしたらでんちゃんの家族が皆泡吹いちゃうよ。着物に金も変だしやめなよ」
赤面して怒る俺を放って蓮池を柊が嗜めたところで、そろそろたこ焼きパーティーについて話そうと今日の本題に入った。
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