56.【忘れていたが】
その日の学校帰り、1番近いスーパーの覚王山ホランテでキッチンペーパーを買いに行くとなんと偶然にもお弁当カップを発見した。
並びに色鮮やかなピックもあって、おかずに刺せば柊が取りやすいよなと一緒に購入し、いそいそと帰宅してから俺は弁当の基礎を1から調べ直す事にした。
入れない方がいいものやこぼれない方法など、見れば細かい注意点が多い。
よく火を通してから更に冷まして弁当箱に詰める要項を見て、親父のことをまた思い出した。
親父が弁当になるといつもより早く起きて作っていたのは、冷ます時間を考慮していたんだと今やっと理解した。
昨日の卵焼きは火が通りすぎて固かったし、俺は柊のまた明日の言葉を胸にリベンジに燃えていた。
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夕太「雅臣、今日は何?」
雅臣「昨日のリベンジ…ポテサラは入れなかったけど」
今日は気合いを入れて朝5時半に起きた。
早すぎたかと思ったが昨日の事を考えたら時間が余るくらいの方がいいと、ゆとりを持って弁当の準備も後片付けも出来た。
昼休みになって早速椅子を引っ張って、蓮池と柊の間に置かせてもらう。
今朝保冷剤を多めに詰めてきたバッグから弁当箱を取り出すと、柊が教えてくれたお弁当カップの成果が出ているのか汁は漏れていなかった。
平行に気をつけて持ってきた甲斐があったぞと蓋をを開けて見せれば、
夕太「おお!!いい感じじゃん」
柊の褒め言葉に自然と顔が緩んだ。
弁当のおかげで昨日からそこまで気負いなく、自分的にはかなりいい感じに話せるようになってきた気がする。
今日のメニューは再挑戦した野菜の肉巻きにスクランブルエッグ、ほうれん草の胡麻和えに、昨日柊が分けてくれたウインナー炒めだ。
夕太「肉巻き1個ちょうだい!」
食い気味におかずを覗き選んだ柊は、そう言うが早いか早速ピックの刺さった肉巻きを取り上げた。
まだ許可していないだろとも思うが、所詮会話のとっかかりのための弁当だし柊の予想通りの行動にほくそ笑む。
このまま味の感想から会話に繋げられれば…と待っていると、柊は1口齧って眉根を寄せてん?と大きな目を上に向けた。
……待てど待てども、望み通りの感想は出てこなくて不安になる。
ど、どうした柊、今日はなんだと言うんだ?
楓「夕太くん何その顔、……イマイチなんだろ」
長い付き合いだからこそ柊の表情が分かるのだろうか。
痺れを切らした蓮池が口を開くのを見て、そんなはずはと疑った。
夕太「んー、でんちゃんも食べる?」
楓「いらない、その言い方の時は大抵不味いから」
ま、不味いって………。
人が一生懸命作ったものを食べもしないで決めつけるな、文句言うなと!………怒鳴りたくなるのをぐっと堪える。
今日も蓮池のお重の弁当はおせち料理かと言うほど豪華で、中にはエビフライが10本以上入っている。しっぽまでバリバリと食べ尽くす姿は口から血が出ないかと心配になる。
確かにお前の母親ほどは上手くないが朝ちゃんと味見してきたのに、とショックで黙り込んだ。
夕太「違うって!なんて言ったらいいかわかんねーんだもん……でんちゃんも食えって」
柊は蓮池の花の形をした人参の煮物の上に、食いかけの肉巻きを一緒にピックで刺して勧めた。
楓「ちょ…最悪、食べかけじゃん。1回口にしたら食べなよ」
夕太「いいから食えって!」
蓮池は汚いなと文句を言いながらそれを1口で放り込む姿を見て、最近新たに気がついたことがある。
どちらかと言えば大食らい蓮池の方の方が人の食べ物を勝手に取りそうなイメージだが、よく見ると柊の方が蓮池のものを勝手に許可なく奪って食べることが多いのだ。
今みたいに常識知らずの柊がパッと食ってまずい、1口齧ってはイマイチだと残す食いかけを蓮池が食べてやるのは日常茶飯事で、幼馴染だからといって甘やかしすぎだろと思ってはいた。
……が、いざそれを俺が頑張って作った肉巻きでやられると注意しろよと不満に思う。
そんな俺の気持ちがわかるはずもない蓮池は、数回噛んで飲み込んだ後、
楓「塩気多すぎて不味い」
一言、バッサリと切り捨てた。
酷い言い草にショックと苛立ちで思わず反論する。
雅臣「お、俺が俺のために作ったんだから不味いとか言うな!」
夕太「うーん…たしかに、ちょっと味濃いめ?」
遠慮がちに俺の目を見て素直な感想言う柊に、そんなはずはないと食べてみる。
……ん、?
何故か、今朝味見した時よりも随分しょっぱく感じた。
そ、そういえば弁当は少し濃いめの味付けの方がいいかと思ってタレを多めにかけたような……
夕太「レシピ通り作った?」
雅臣「……若干目分量だったかもしれない」
夕太「あー、それだよ多分。レシピ通りは大事って俺の姉ちゃんも言ってた」
柊の姉ちゃんと言うと、あの美味いパウンドケーキを作ったお姉さんか。
上に4人も姉ばかりだと言っていたよな。
雅臣「な、何番目のお姉さんなんだ?」
夕太「えっとねー___」
肉巻きは失敗してしまったがそのお陰でスムーズに柊のお姉さんの話題へ移り、柊は気分良さそうにお姉さんについて語っている。
話途中に俺の弁当箱からウインナーを勝手に取り、でんちゃんもと箸でお重に乗せる柊の姿にやはり食べていいか聞けよとは思ったが、いい具合に会話が弾んで逆に良かったと胸を撫で下ろす。
蓮池も黙って食べてくれて、柊がまた明日も楽しみにしていると言ってくれた。
明日は柊が教えてくれた通りレシピ通りの新メニューにチャレンジしよう。
誰かに食べて貰えるって嬉しいんだな。
俺は初めての感情に口元を綻ばせた。
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俺はここ数日、全てが非常に良い感じにいってると実感している。
あの後も弁当チャレンジは続き、今日なんか余程美味かったのか柊が俺の作った唐揚げをひょいひょいと勝手に取って3個も食べていた。
取られるのを見越して多めに作ってきているので大した問題も無いが、美味いと喜ばれると心が踊る。
もう少し大きめの弁当箱に変更して量を増やしてもいいなと弁当作りも慣れて来た頃、担任の一声で俺の浮ついた心が急に引き締まった。
小夜「はーいお待ちかね、成績表」
5限の授業が始まる鐘が鳴ると同時に担任が教室に入ってきて、その一言でクラスが一気に騒がしくなった。
___わ、忘れてた。
毎日弁当のことで頭がいっぱいで、すっかり成績表の存在が頭から抜け落ちていた。
初めての中間テストが終わって気が緩んで安心しきっていたが、まだ順位は分かっていない。
ボッチで陰キャでコミュ障の俺に残されたものは、唯一勉強しかないぞと、この前の手応えからも大きく期待が募る。
それに、成績をきっかけに話すチャンスが増えて柊に教えてやったりすればコミュ障も案外簡単に治るかもしれない。
山王は成績表に全ての教科の点数とクラス順位、そして学年順位も載っていてその後にテスト返却という少しイレギュラーな形を取っている。
しかもテスト返却の際に赤点ラインが発表されるという二段オチだ。
小夜「出席番号順なー」
クラスメイトは呼ばれた順番に立ち上がり、ますますクラスが騒然となった。
俺は正直、余裕綽々でその阿鼻叫喚の光景を眺めていた。
勉強会の成果もあり、全ての教科で手応えを感じていたので結果に不安な気持ちは微塵もなかった。
小夜「おい蓮池、お前中々やってんぞ」
楓「まじ?」
担任が笑って蓮池に返却するのを柊の後ろで順番待ちしながら、少しだけ胸のすく思いがした。
そりゃあそうだろ。
お前テストの最中も寝ていたからな。
赤点ラインはまだ分からないが、担任の言い方からしてほとんどの教科が赤点確実なのが窺い知れる。
少しだけ意地の悪い思いが過ぎりながら、自分の成績表を受け取りそっと開く。
雅臣 「…………よ、……」
______よ、よよよよ、
一旦成績表を閉じ、もう一度開くがその数字は変わらない。
よ、4位!?!?!?
クラス順位が4位で学年順位に至っては……18位。
何かの間違いではないかとテストの点数を見るが、80後半から90点と割とどの教科も高得点なのに自分の予想した順位より遥かに下でショックを受ける。
夕太「…でんちゃん、どう?」
楓「見て驚くと思うよ」
夕太「どっちの意味で?待って見たくない、こわ、待って!」
衝撃で動けない俺の傍で、蓮池がいつものように意地悪く片側の口角を上げて笑い、柊は両の手のひらで目を塞いだ。
心の準備が!!とうるさい柊を無視して、俺のこの順位は一体何なんだと目眩がしそうだった。
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