6.【これも何かの…】
「遅刻してきたのはまあいいとしても、ずっとうるさいね、君らは?!」
頼むから生徒をよく見てくれよ。
俺は別に何もうるさくしていない。
退場してからも、教師を前にして尚2人は夕太の合唱部の知り合い?について話していた。
最早呆れて笑う教師は、そこまで怒るつもりはないようだった。
理不尽さに耐えかねて下を向く俺の頭を教師は、ぽんぽんと大きな手のひらで軽く頭を叩いた。
「とりあえず、それぞれの教室で待機な」
パチンと片目を閉じ笑う顔に、先程感じた教師への漠然とした緊張は消えていく。
強制退場のせいで俺達3人は他の奴らより一足早く教室へ行き待機することとなった。
こんな時は職員室に連れていかれるものだと思っていたが、そうでもないらしい。
叱られ慣れていないので正解が分からないが、とりあえず先を歩く教師に大人しく着いていくことにした。
「あ、そうだお前ら何組?掲示板見たか?」
突然、教師が振り返る。
掲示板にクラスが張り出されていたのか。
2人を追いかけるのに夢中で見てもいなかったな。
「すみません、まだです」
返事を促された残り2人も、同じく首を振る。
「名前は?今何組か確認するわ」
急に立ち止まった教師が、クラス一覧が書いてあるであろう紙をスーツのポケットから引っ張り出す。
一目見ただけでポケットに適当に突っ込んだことがわかるグシャグシャになった紙を捲り、教師は名前を言うよう目線をこちらに移す。
夕太「俺、柊夕太。こっちはでんちゃん、蓮池楓って言うの」
楓「自分で言えるよ夕太くん」
先に名乗る2人に、そんな名前だったのかと思いつつ自分も名前言う。
「藤城雅臣です」
「うわ、お前が藤城か!…にしてもほんと、新入生代表が遅刻してどーすんだよ~…」
夕太 「え!?じゃあ1番頭が良いってこと!?」
「そうだな」
腰に手を当て呆れ顔の教師が答えた。
「流石に何かあったんかと思って、緊急連絡先に電話かけたけど全然出ねぇし。...あのさぁ、遅刻でも欠席でもどーでもいいんだけど、これからは適当に理由つけて連絡しろよ」
___忙しくて電話に出ないのか、ワザと出ないのか。
いや、それこそ今1番どうでもいいことだ。
自分で決めてここへ来たのだから。
「藤城は1番だから1組な。見んでも分かるわ」
そのまま教師は、あー?だとか、んー?だとか言いながらペラペラと紙を捲り2人の名前を探す。
しばらくしてから捲った紙を1番最初のページに戻した。
「お前らまとめて一緒のクラスだわ、蓮池、柊、藤城で3連単おめでとう1組でーす」
ガン、と殴られたような衝撃が走る。
こいつらと同じクラス!?
よ、よりにもよって……
関わらなければいいだけの話ではあるが、先が思いやられる、という感情だけが先行し唇を噛む。
「いやー何かの縁だねほんと。3人まとめて遅刻、3人まとめて退場、そして3人まとめて同じクラス!」
やめてくれよ縁起でもない。
そんな縁あるなら一刻も早くぶった切ってしまいたい。
「ついでに俺は1組担任の小夜幸成。小便の小に夜泣きの夜で小夜な」
夕太「変な自己紹介」
小夜「えー?そうか?これ昔から言ってて結構ウケるんだけどな」
楓「錦のおっさんかよ」
小夜「うわ~傷ついた」
錦って何だ?
色々と分からないまま1人笑いながら先を行く若い担任の後を着いて行き、俺達はようやく1年1組の教室に到着した。
小夜「ほい、到着」
いや…毎日5階まで階段で登るのかよ。
ぐるぐると上りきった階段の先の教室の扉を開かれる。
何の変哲もない、東京にいた時の学校より古いくらいの教室でら強いて良いところを言うならば窓際の席から程よく日が当たりよく眠れそうなくらいだ。
小夜「いいか?俺は今から残りの1組のヤツらを連れてくるから体育館に戻る。その間頼むから大人しく待ってろよ?フリじゃねえからな?」
担任はそう念を押しながら、黒板横に貼り付けられた少し古い50周年記念と印字された鏡を見てウィッグのピンを止め直す。
その間もこっち側きて初めて気持ちが分かったわ、モリゾーすまねぇ、とか訳の分からない独り言をブツブツと呟いている。
姿も話し方も、やはり教師らしくはないが、その気さくさが、生徒ウケが良さそうだった。
小夜「大人しく座って待ってろよ、もう充分爪痕残してっからほんと大人しくしてろよな」
教師は再度念を押して教室を後にした。
3人だけの空間となり、廊下側後ろの扉付近に適当に座ると、その2つ横に離れたところへ柊が、その向かい側に蓮池が座った。
夕太「…ズラだったね」
少しの沈黙もなく、柊が先程の教師のズラについて触れる。
楓「若ハゲなんじゃない?」
………やめろ、センシティブな理由かもしれないだろ。
夕太「でんちゃんのパパみたいに?」
楓「何?俺が将来禿げるって言いたいの?」
………そんなこと言ってないだろ。
ちなみにだが、俺は決して聞き耳を立てているわけではない。
静かな教室に3人だけとなると、嫌でも話し声は聞こえてきてしまうのだ。
音楽でも…と思い、イヤホンを探すがそもそもこの学校はスマホ使っていいのか?
そう考えると手が止まったが、左斜め前に見える蓮池が堂々といじり始める。
夕太「あ!そうだでんちゃん!あの人、見えた?綺麗だったでしょ!」
楓「いやハッキリとはわからなかったけど…普通の人だったけどね」
柊の話にどことなく不機嫌にも取れる声で蓮池はスマホを弄りながら返事をしているが、明らかに聞き飽きていた。
夕太「綺麗な上に優しくて…素敵だなぁ…」
楓「はいはいそーだね、夕太くんはあの人追っかけて入学したみたいなもんだもんね」
夕太「そういう言い方はやめてよ、あの人はね、俺が試験の時に…」
ちら、と横を見れば、机に肘をつき頬に手を当て話す柊は、とても楽しそうだった。
今朝の苛立ちは落ち着いたはずだった。
それなのに、柊が楽しそうに話す姿を見ていたら、突然あの人が思い浮かぶ。
その人を払うよう、頭を振った。
楓「ま、それにしてもあの生徒会長?は本物だったね。誰かさんと違って」
柊の話は聞き飽きたのか、蓮池はスマホを置いたかと思うとこちらをちらりと見た。
俺はぱっと視線を逸らす。
もうその手には乗るかよ。
こんな短時間で何度も怒らされるなんて、たまったもんじゃない。
視線は感じるが、蓮池の方は絶対に見ない。
無視だ無視、無視に限る。
夕太「本物だった、あれは本物…あ、そうだそれでさ、試験の時に…」
楓「そこのパチモンとは違ったね」