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52.【心機一転!弁当チャレンジ!】



5限と6限の間の休み時間、どこに弁当箱を買いに行こうか調べていると、覚王山から3駅目の星ヶ丘という街に三越がある事を知った。


銀座を思い出し、三越ならきっとなんでもあるはずと買い出しついでに帰りに必ず寄ろう。


3年はまだテスト期間中、今日のサークルが休みだといい感じの時間なのにと考えていると、タイムリーに一条先輩から連絡が入った。


甘いものの食べ過ぎで虫歯でも出来たのか、今日は歯医者に行くので休むらしい。


一条先輩が来ない……、ということは梓蘭世も来ないはず。


予想通り〝俺も休む〟と直ぐに連絡が入って柊が声を上げた。



夕太「えぇ!!今日でんちゃんお稽古だし先輩達来ないんなら雅臣と2人きりじゃん!」



俺と2人がそんなに嫌なのかと軽くショックを受けるが、



夕太「雅臣、2人じゃ買い出しの日程とか予定決めらんないから今日休みにすんね」



目が合う柊の言葉から特に嫌がってる印象はなく、一気に身体から緊張が抜けた。


……こんなに他人の言葉に一喜一憂なんてしたくない。


でも名古屋で暮らす高校3年間で、できるだけコミュ障から脱却しておかないとこの先まずい気がするのだ。



〝今日のサークルは中止です〟



柊がその場で打った文をスマホで眺めながら、東京の二の舞はごめんだと、何とかして弁当で再起を図るのを改めて決意した。



__________________




学校が終わってすぐに一本道をダッシュして、地下鉄の東山線の改札前で東京でも使っていたICカードに1000円分チャージした。


改札を通り藤ヶ丘方面の階段を降りてしばらく待っている間に、路線図に〝一社(いっしゃ)〟の文字が見えてあれは桂樹先輩の降りる駅だなと何となく嬉しくなる。


この前乗った栄・高畑方面とは反対方面の電車は幾分空いていて、星ヶ丘駅まで10分足らずであっという間に着いてしまった。


電車は空いていたが、夕方ということもあり、通称〝ほしみつ〟と呼ばれているらしい星ヶ丘三越は異常な混み具合を見せている。


まずは弁当箱だな、とエスカレーターで順に上の階へと上がっていく。


本当に何の変哲もない百貨店だが、どの店も柄やカラーリングがカラフルというか名古屋流なのか……何と言うか、全てが派手だった。


…ところで弁当箱なんてどこに置いてあるんだ?


分からずに探しまくり結局店員さんに尋ねると、7階の目印良品を勧められてようやく手に入れることが出来た。


最後に地下1階の食材売り場でおかずを調べながら買い物をしていたら思いの外大荷物になってしまい、自宅に着く頃にはとっくに日が暮れていた。


早速明日の弁当を作るのに取り掛かりたいところだが、一旦食材を全部冷蔵庫に詰め込んでからカウンターの椅子に腰掛ける。



…………。


つ、疲れた………。



昨日まるで寝ていないのに学校で全神経を張り巡らせ、帰りに慣れない場所で1番混んでる時間帯に買い物をするなんて無謀すぎた。


木製のアンティークの時計の針は既に6時を指してる。


呑気に座ってる時間はないと立ち上がって、


〝弁当 おかず 人気 レシピ〟


先程売り場で調べたままになってるスマホの画面を開く。


いんげんと人参の肉巻き、生姜焼きに春のピクルス入りポテトサラダ、厚焼き玉子のメニューは肉が好きそうな柊のために選んだものだ。


段取りや味付けを算段するが、……意外と簡単じゃないか?


肉巻きは野菜を茹でて豚肉で巻いてタレをかければ完成し、生姜焼きなんて俺でも作れる。


卵焼きと飯を詰めれば立派に弁当じゃないか!


オーガニックの冷凍弁当を夕飯のおかず用に定期的に取り寄せていたが、これからは真面目に料理に取り組むのもありじゃないか?


東京の中学は弁当ではなく給食だったし、弁当なんか食うのはいつぶりだろうと少しだけ胸が踊る。


……思い返せば、弁当を自分で作ったことは1度もない。


遠足や行事ごとの時は、親父が弁当箱に買ってきた惣菜やら冷凍食品やらを適当に詰め込んでいた。


親父の飯はよく言えば男飯で、建築士のくせに割と大雑把なのだ。


掃除はルンバ、洗濯はドラム式であとはクリーニング任せ。


細かいところは全てハウスキーパーさんにお願いして完了と実に無駄がない。


料理も同じで親父が作るものは基本フライパン1つでできるおかず1品に白米の組み合わせが多く、あとは買ってきたものかネットで頼んだ定期的に送られてくる冷凍のおかず。


俺はもっぱら米を炊くのみが担当だった。


名古屋で1人になってからも結局東京の時と同じように暮らしているが、もし母親がいたら……と、棚の上の写真立てを眺める。


写真の中で微笑む母さんは、蓮池の母さんのように俺のための弁当を作った記憶なんて1度もない。


いつも入院ばかりだったあの人が、もし俺のために弁当を作ってくれたら何を入れてくれたんだろうか。


食が細くて好き嫌いも多かった母さんが何が好きかなんて分からないし覚えてもいない。



『まーくんはどこにも行かないわよね』



脳内で再生される声に、あの人に聞いておけば良かったことなんてあるんだろうかと少し考える。



今更思いついたところで、もう何も聞けないのに。



生き返らないのに、何を聞こうだなんて馬鹿らしい。


そんなの考えたってどうにもならないじゃないか。


……そう思う自分がとても冷たい人間のような気がして、落ち着かずそっと写真立てを伏せてしまった。


気を取り直して弁当のおかずを作ろうと立ち上がるも、やるせない思いは募るばかりだった。



________________




……。


…………。


…………いつもより30分は早く起きた。



30分は早く起きたはずなんだ!!



ど、どうしてこんなことに……!?


痛いくらいに唇を噛んで、俺は学校に向かう坂の下り道を全力疾走している。


坂の途中に付属の山王小学校が見えるが、いつもならワラワラと道を広がり歩く五月蝿いちびっ子達は誰もいない。


静けさに焦り、そして汗ばむ嫌な蒸し暑さが俺を苛立たせる。


5月中旬にはすでに日差しもキツく、暑くて敵わない名古屋は6月の今日からようやく衣替えになる。


山王学園の夏服は濃紺のポロシャツをベースに学年毎のカラーで襟にラインが入っていて、胸元のポケットにも横に2本ラインが入っている


正直言って、俺達の学年のカラーが朱色なのもあり色合いが非常にダサい。


制服合わせで初めて学ランに袖を通した日から思っていたが、夏だろうと冬だろうとここの制服は変に悪目立ちするこのデザインは本当に勘弁して欲しい。


一目で山王の生徒と分かる夏服で俺が必死の形相で走っているせいか、小学校を過ぎ幼稚園との間にある三つ池公園で犬を散歩させている知らない爺さんに遅刻かと笑われ犬にまで吠えられた。


ちくしょう……!


ポロシャツなんてのは定番の真っ白でいいんだよ!


この理論なら2年は群青、3年は若草色のラインが入っていると気づいてそっちの方がまだマシだと羨ましくなるが、今は最早どうでもいい。


今朝は鏡を見る余裕もなかったのだ。


7時にアラームがなって起きてすぐ昨夜作った肉巻きをレンジで温めて詰めた。


ここまでは良かった。


生姜焼きをタレで炒めている辺りから間に合わないんじゃないかと焦り始めて、強火にしたら少し焦がしてしまった。


卵焼きを焼こうとしたら動画のように上手く丸めることができなくて、しばらく格闘してもどうにもならずに諦め、少し固めのスクランブルエッグということで無理矢理折り合いをつけた。


米も詰めないと、と慌ててしゃもじでよそって詰めるが何故か謎にスペースができてしまい、とりあえず昨日作ったポテサラを山盛りにして埋め、飾りのプチトマトを5個ほど飾ってようやく完成した。


今までプチトマトなんか要らないと思っていたが、色鮮やかな赤が入るだけで全体的に茶色い弁当がぐっと締まる。



……お、おおおお………!!



やればできると半泣きになりそうで何だか万歳したくなって両手を上げると、洗い物の山が目に入る。


生肉を乗せてしまったまな板を消毒したり、フライパンを洗ったりと弁当を作るに付随する作業に手こずりまくった。



______その結果、




雅臣「は、8時半!?」



見えた時計の数字に目を疑う。


5階の教室への階段を上る時間も含めて8時20分には着いていないといけないのに、途中から弁当を作ることに集中しすぎて時計を見ていなかった。


完全に遅刻だと焦った俺は弁当を昨日買った保冷バックに猛スピードでしまい込み、通学リュックの上の方に無理矢理詰めて急いで家を出た。



……そして現在、必死に走っているという訳だ。



たかだか1つの弁当を作るだけで、こんなに時間を食うだなんて思ってもいなかった。


肉巻きとポテサラは昨日の夜作ったから、後はほとんど詰めるだけで30分あれば余裕だと思っていたのに……。


世の主婦は一体どうしているんだ?


子供の弁当だけでなく、共働きの家庭なら自分の分に旦那の分と作るのは一つだけじゃない。


ふと、親父はどうしていたのかと疑問に思う。


よく考えれば惣菜を詰めているだけで手抜きに思えていた親父の弁当は、俺と同じように朝から卵焼きやウインナーを焼いて詰めていてくれていた。


自分の準備もして俺の弁当の事も考えて、普段は給食だったからこそ慣れない弁当作りは大変だったんじゃないのか?


それに比べて俺は弁当1つ作ることもままならないなんて……、家事は得意な方だと思っていたのに、恥ずかしい。


大須で遊んだあの日から、自分でもわかるくらいに毎日感情の起伏が激しくてメンタルがいかれそうになるが、そんなことよりも今はとにかく急がないと。


必死に走り三池(みついけ)公園も超えて、やっと校門が見えてきたところで、



雅臣「……は、蓮池」



遅刻しているのに俺と違って慌てることなく悠々と歩いて学校に来る蓮池と遭遇した。




読んでいただきありがとうございます。

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