蓮池楓の日常2
東奥の自室前の縁側に座り、足を伸ばして大きく伸びをする。
着物が汚れると怒り狂う老いぼれの声が聞こえる気もするが、腐るほどあるだろと脳内で反論した。
ここまで来ても微かに聞こえるババア共の声に顔を顰め、少しの風が頬を撫でるのさえ苛立つ。
………将来、俺は愛煙家になると確信している。
このストレスは喫煙という行為くらいでしか癒せない気がする。
肺が真っ黒になる!デブで喫煙家だなんて生活習慣病まっしぐらだ!と大騒ぎする夕太くんの声がもう聞こえるような気がして鼻で笑った。
姉がいなくなった衝撃に加えて、俺が次の代に相応しくないと噂されるストレスで一気にハゲ散らかした親父と総白髪になってしまったババアのように醜くなるくらいなら早死にした方がマシだね。
何の変り映えもない庭を眺めていると、
『ユウタクン、ユウタクン』
『デンチャンー』
『デブー、デブー』
窓辺から聞こえる声にさらに苛立った。
誰がデブだ、丸焼きにするぞ。
夕太くんが教え__いや、普段から話している事を覚えたのだろう。
無駄に賢い声の持ち主はインコのスー、ラー、タン。
一応説明しておくが、俺が名付け親ではない。
夕太くんが当時ニュースの特集でやっていた中華の酸辣湯麺の響きが気に入って、そのまま命名したのだ。
夕太くんが願ったから仕方なく飼った3羽は今日も元気そのもので、ふと夕太くんは何してるかなと考える。
………今日のサークル何やるって言ってたっけ。
何で週5なんかに設定したかなと張り切る夕太くんを思い出し、苦笑まじりに下を見つめると垣根沿いに残された切り株が目に入る。
昔、ここにあった欅の木。
完全に切り倒され、それは同じことを二度と繰り返さないよう戒めに残された残骸だった。
庭を染める夕焼けの色が段々と濃く血の色に見え、記憶を鮮明に呼び起こす。
『夕太くんっ…………!!』
伸ばした手が追いつかない感覚に身震いする。
_____あの頃のままいられたら。
俯き大きく息をついた刹那、家の真横の山王幼稚園からの帰りなのか、幼い声が垣根越しに聞こえてくる。
「__ちゃんがとった!かえしてよ!」
「やだね、かえさない!あげない!」
おもちゃか何かを取られたであろう子どもの泣き声が響き渡り、キライ、大キライと喧嘩になる。
意地クソ悪いな、返してやれよ。
好きな子ほどいじめたいタイプか?
……馬鹿だな、優しくしとけよ。
死ぬほど後悔するぞ。
〝でんちゃんこっちきちゃダメだって!〟
〝ぜったいいやだね!〟
今より夕太くんの目がこぼれ落ちそうなくらい大きかった頃を思い浮かべて、幼稚園の頃の夕太くんって可愛かったよなと微笑みが広がる。
今みたいにうるさくなくて、静かで何でも俺の言うことを聞いて。
一緒に遊んだり、昼寝したり、時には喧嘩したり。
……今じゃ考えられないね。
あのまま成長していればと思った瞬間、再び戒めの切り株が目に入った。
そんな事は決して許さないと言っているようで、分かっているよと色んな想いも一緒にごくりと唾を飲み込む。
いつだって頭の片隅にある忘れられないあの日を胸に、一生生きていくと決めたんだ。
ねえ、夕太くん。
楓「俺らってどうしたいんだろうね……」
俺の呟きを掻き消すように突然垣根の下からガサガサと音が鳴り、視線をやれば手前に植えてある小手毬が大きく揺れた。
「どわ!!!ちょっとでんちゃん、ここ通路じゃなくなってる!!!」
………このタイミングのこの登場は、マジでちょっとウザい。
楓「そこ通ってくるのなんか夕太くんしかいないよ」
夕太「当たり前だろ、ここは秘密通路なんだから」
へへっと威張る事でもないのに威張る夕太くんの紺色の制服は小手毬の白い花びらまみれだ。
遥か昔、2人で通ろうとこの垣根の隙間を見つけて秘密通路にした名残で夕太くんは今もたまにここから顔を覗かせる。
ねえ、夕太くん。
もう俺はそこを通れないくらい、大きくなっちゃったよ。
楓「正面玄関から来なよ」
夕太「いや、でんちゃんのじいちゃんいた…てか、お稽古は?何ぼーっとしてんの?」
俺の厳しい声をものともしない、図太さはいつからか。
楓「…花、ついてるよ」
夕太くんの髪に絡まる小さな白い花に手を伸ばせば、軽く跳ね除けられる。
いつだって好き放題、自由な夕太くんは家は飛び越えてでも入ってくるのに、俺との間に見えない一線を引いている。
閉じていく垣根の隙間のように、俺達の通路はこのまま開くことはない。
夕太「………でんちゃん今日夜ご飯カレー?」
楓「知らないよ」
夕太「カレーの匂いするよ、俺でんちゃんの家のカレー好きなんだよね」
口を開けば俺達は飯の話ばかりで、俺が何か食べて夕太くんがそれを見て笑うだけ。
夕太くん、気づいてる?
もう俺達、ご飯の事しか話すことがないんだよ。
懐かしさも、未来の先も、俺達は何も話さない。
本当の事は、隠したまま。
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