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蓮池楓の日常1



楓「お上手です、土佐水木がその位置だと纏まりが良く見えますよ」



……いつから華道の稽古は接客業になったんだ?


皐月のいけばなは見目も香りもとても良い芍薬だというのに、台無しにしやがるのはこのトドみたいなババアの香水か?


いつだったかの稽古で、京都風な嫌味のつもりで良い香りですねなんて褒めたのがまずかった。


直球ストレートに臭いと言いたかったが、立場を考えると言えないのが腹立たしい。


額面通り受け取りやがったのか、今日は頭から被ったのかと思う程どぎつく振って花の香りが分からないくらい酷い。


軽く会釈し、顔に出る前にさりげなく席を離れ、暇を持て余した女達に囲まれ今日も張りついた笑顔で花をいける。


何が楽しくてこんな無駄な時間を過ごさないといけないのだと皐月の花に目をやれば、朧気な記憶ではあるが芍薬のように美しく華やかな姉を思い出す。



俺が将来座る椅子は、元々姉のものだった。



蓮池流4代目として育てられた姉が何をとち狂ったのか何も言わず家を出て行き、そのまま勘当されたのはもう何年も前のことだ。


その日から家族全員の期待が俺に乗っかり、特にババアはいなくなった娘の分までありえないくらい俺を溺愛した。


その結果、我儘し放題口も態度も悪い新4代目の俺が誕生したのだ。



「楓さん」


「楓くん」


「楓ちゃん」



生徒達は各々好き勝手に俺を呼び、その1人1人の横に着いて言葉を交わし花を教える俺はさながら蓮池流の客寄せパンダだ。


物心つかないうちから着物を着せられ、稽古や展示会に参加させられていたのも今思うとババアの戦略だよな。


おっとりしているようで蓮池流の影の経営者でもある俺の母親は、大地主の実家が残した資産を収支プラスにした恐ろしい女でもある。


姉がいなくなってからは残された息子だけが生きがいとなり、新しい当主の座についてくれるのならばと何でも買い与えるようになった。


飯でも、服でも、欲しいものは何でもだ。


まあ単純な話、俺がいなくなったら本当に困るのだろう。


俺が姉のように失踪しようものなら長らく続いてきた蓮池流が途絶えるのも目に見えるからか、親族全員俺がいなくなったら…と本気で怯えているのだ。


俺が黙って大人しく跡継ぎになってやることの対価として、有難くブランドの服や靴に鞄と好きなものを好きなだけ買わせてもらう生活をすることにした。


後から目をつけてたFONDIの新作を外商に頼んで持ってこさせようと目論んでいると、1人のブスと目が合い微笑むと頬を赤らめる。


俺の悪口を声高に言っていた1人のくせによくそんな面できるな。


いい歳こいて恥ずかしくないのか?


恥を知れ恥を。


昔から通う生徒の多くは俺が10歳くらいまでは心底呆れた目で薄笑い、蓮池流ももう終わりだと囁いていたのを知っている。


陰口ならまだマシで、これみよがしに目の前でバカ息子のボンボンとまで女共は容赦なく嘲笑っていたのだ。


しかも姉の失踪と俺のことで噂に尾ひれが付きまくり、一時蓮池流の生徒数は激減した。


お前のせいだとボケ老人が杖を振り回し俺を追いかけ滑って転んで池に落ちた、という最高に楽しいその時の記憶を後世にまで言い伝えてやろうと企んでいる。


同時に、そのせいで夕太くんが物凄く可愛がってた錦鯉の鉄火が死んでしまった事を思い出す。


……一応説明すると、鉄火は白い背中に赤い斑点のある鯉で、鉄火巻みたいだと夕太くんが名付け可愛がっていた。


よく肥えたその鯉をジジイはケツで踏みつけ殺し、ジジイが死ねばよかったのにとバレないようそっくりの鯉を取寄せさせたのも懐かしい。


夕太くんは未だにそれに気がつくことも無く、可愛い可愛いと呑気に餌やりに来ている。



多分一生、気がつかないままだろう。



「楓さん今日の着物とても素敵ね」



ふと顔を上げると、俺にぴったり寄り添い見えないように手に触れるこのシミの多いこの年増も俺の悪口を散々言っていた内の1人だ。


散々ある事ない事喚いてた生徒達が俺が成長するにつれて大人しくなっていくと、次第に俺を見る目つきがどんどん異様におかしくなっていった。


香を焚き染めた着物を着る若く見栄えのいい男子が優しく声をかけてくれるいけばなの教室がある、とそれまでの俺の悪評を掻き消す勢いで噂は瞬く間に広がった。


その結果、生徒として増えたのはメス全開の年増ばかりで、そいつらはいつの間にか俺を勝手に脳内旦那か彼氏に仕立て上げ始めたのだ。



〝家元を含め家族にだけ口が悪いところも可愛いけれど、私にはそんなことしない〟



当たり前だろ、どんなブスでも金を落とせば生徒として扱わざる負えない。



〝反抗期なのね、でも私にだけ優しいの〟



旦那に相手して貰えないからって発情してんなよ。



〝楓さんは生徒の私達で見守りましょう〟



俺が介護するの間違いじゃないか?



総じてキモいが、いい歳なのに女丸出しであわよくばと近づいてくる下心が特にキモい。


俺とどうにかなれるという思い違いから、飢えた女共が俺に対する熾烈なマウント争いを水面下で繰り広げるようになるまで時間はかからなかった。


若いツバメのごとく自分の傍に置いておきたいババア共はあの手この手で何としても俺を自分のモノにしよう画策をし、今も袖の下に何かを忍び込ませる。


お茶代にしてねと声を潜め微笑むババアにとって、俺は推し…、いや、そんな綺麗なもんじゃなくてこう、そうだな。


さながらホストみたいなもんだな。


ホストならと割り切り笑顔でいただいておくが、とりあえず目が合うだけで私の事が好きだと言い兼ねないそのババアから顔を逸らし、奥で息子が謎の賄賂を受け取っているとは思いもしない如何にも人の良さそうな禿げた親父が創るシケた花を眺める。



……本当にセンスがねぇな。



俺が蓮池流4代目家元となる日まであと何年かかるんだよと袂に隠して中指を立てる。


大体、現2代目家元のジジイがまだ死にそうにない事が問題だ。


親父の代に移るまで恐ろしく道のりが長いとハゲ散らかした頭をじっと見つめるが、あれの血が流れているなら同じようになる可能性があると急に寒気がしてきた。


後で美容院の1番高いシャンプーを注文しよう。


歌舞伎役者の跡継ぎと何ら変わらない世襲制がほとんどの華道の世界が華やかだなんてことは全く無い。



〝いけばなに魂がうつる〟



蓮池流の大層な理念は俺ら世襲する奴だけが従い、俺達だけが大層な花をいければいい。


大体な、花にそいつの生き様が映るなら孫に杖ぶん回して躾ようとするジジイの花は暴れ狂うはずだし、袖の下から金を渡すババア共の花もさぞ醜いものになるはずだろうが。


しかしそんなこともなくジジイの花は世間で評価が高く、ババア共も無駄に歴が長いだけあって中々上手い。


要はある程度の知識と長年の技術、あとはセンスさえあれば花なんか相応のものになるんだよなと、禿げた親父の花を見て改めてそう感じる。


ここにくる生徒が毎度魂をかけて花を創りあげるわけもなく、ひたすら切って挿して俺と話しての繰り返し。


非日常の空間で精神統一するも良し、心を癒すも良し、ついでに花がある程度それなりの形になれば尚良し。


実際習いにきているババア共のほとんどは己がボケない為にコミュニケーションを取りに来てるみたいなもんだろ。


介護施設じゃねーんだぞ。



楓「少し休憩出るわ、後やっとけよ」



アホらしくなってそっとハゲに耳打ちをし、ババア共にはにっこり微笑み失礼しますと襖に手をかけた。


一息つきながら、俺がわざわざ学校を早退してまでやる仕事は客寄せパンダではなく百貨店に出展したりホテルのエントランスを飾るものがいいと改めて思った。


それが現家元クソジジイのメイン仕事だってのが、また腹立たしい。


何だってババア共の為に学校を早退したり、休んだり……と幼馴染と過ごす時間を奪われることに苛立ち舌打ちする。


庭の池を眺めながら襟元を緩め、長い廊下を足音を立てないように歩いた。







読んでいただきありがとうございます。

ブクマや感想もいただけると書き続ける励みになるので、よろしくお願いいたします✨️


本日は小話!!

放課後に続き日常シリーズも載せていきますね♪♪

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