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49.【待てど待てども】



______俺の本当の気持ちは。



…………いや、



そんなこと考えたくないと困惑し、思考が停滞して動きが鈍くなる。


のろのろと柊の後をついて行くのが精一杯だ。


物思いに沈む俺を見た柊が、



夕太「なぁ雅臣、……もしトイレなら案内するけど」



どこをどう勝手に勘違いしたのか見当違いも甚だしい事を言い出した。



夕太 「蘭世先輩ー!雅臣トイレだっ……んぐぇ」



突然子供のような大声を上げた柊の後ろから手を伸ばし、慌ててその口元を塞ぐ。



雅臣 「おまっ、ばっ……、ち、ちげーよっ!」



こいつはこんな人通りのある所でなんて小っ恥ずかしいことを叫ぶんだ!


昼下がりの大須商店街の人波が止まり、歩いていた人達の注目が俺達に集まるのが分かる。


先程までの悩みは何処かに吹き飛び、俺の腕の中でうごうごと暴れる涙目の柊と目が合い睨みつけた。



夕太「……んむ、むぅあさうぉみ、ぐどぅしぃー」



仕方なく手を離してやれば、柊は恨めしそうな目つきで肩で息をしながら反論する。



夕太「何だよ!あんまり怖い顔してるから、おっきい方かなーって思っただけじゃんかよ!」


雅臣「おっ、お、お前な!飯食ってる時に汚い……」



めげない柊がしつこく繰り返そうとするのでいい加減頭にきて負けじと大声をあげるが、



蘭世「うるせぇな!!トイレならさっさと行けよ藤城!」



俺がキレるより早く梓蘭世がアーケード中によく通る声で被せてきて、余計に恥をかいた。



雅臣「だから、ち、違いますって……!!」


蘭世「じゃあ早くこっち来いよ!!あ、ちょ、梅ちゃん!何勝手に大きいの注文してんだよ!!」



か、仮にも有名人が往来でトイレとか叫ぶな……!


その綺麗な顔に見合った発言をしろ!!


ついでに一条先輩は好きに食わせてやればいいだろモラハラ旦那か!……と叫びたいのをぐっと堪える。



雅臣「す、すみません!今行きます!!」



震える手を握りしめ言いたい事を全て飲み込んでから、ペコペコ頭を下げて柊と2人走り出した。




_______________





蘭世「……やばい、腹いっぱいすぎる」


梅生「でも美味しかったよね」



結局、台湾カステラもぺろりと平らげた一条先輩は非常に満足そうで、既に隣のいちご飴の店に熱い視線を送っている。


甘いもの続きで胃がもたれるが正解な気がするが、梓蘭世は言葉の通りなのだろう。


驚異的な細さと異次元のスタイルを見れば、元々そんなに食べる方ではないのが明確だった。



夕太「そろそろ何かしょっぱいもんが食べたいよな」



俺も言うほど腹は満たされていなくて、隣で胃をさする柊に賛成だ。


甘いもの続きで何だか俺にもバニラの甘ったるい匂いが移った気がする。



蘭世「藤城、お前トイレもういいのか?」



別次元の甘ったるい香水の香りを纏った梓蘭世が、人を惹き付けずにはおかない微笑を添え先程の会話を蒸し返してきた。



雅臣「い、行かないですって」



元々からかうつもりでわざと声をかけたのだろう。


俺の返事に気分を害した様子もなく梓蘭世は軽く声を上げて笑い、あっちも見に行こうぜと先頭に立って歩き出した。


その後をついて柊と俺が並んで歩くが、次第に名古屋独特のセンスで展開される服屋や古着屋が気になり始める。


見ている分には中々面白く、柊が背中1面虎の刺繍が入ったスタジャンを試着してみせると髪色も相まってヤンキーさながらなその姿に俺らは大笑いした。


何度か会話を交わすうちに目の前の梓蘭世が段々と普通の、どこか近しい存在になってきていることに気づく。


今まで外見の綺麗さについ見入ってしまっていたが、柊の変顔に対抗する子供っぽさや仲の良い一条先輩と自然に笑う姿はどこから見ても普通の高校生だった。



……俺は梓蘭世が芸能人だから、と勝手に身構えあまりにもフィルターをかけすぎていたのかもしれない。



いつまでも物珍しい気持ちで見るのは良くないよな、と少し反省していると急に静かになった梓蘭世がスマホに何か打ち込みパッと顔を上げた。



蘭世「...うわ、今日オーナーいるんだ。梅ちゃん久しぶりに服見立ててやるから例の店行こうぜ」


梅生「えっ」



明るい声音にいつもの困惑した色はなく、一条先輩が服好きとは意外だなと少し驚いた。


正直ファッションに無頓着なイメージで私服がまるで想像がつかない。


こう言ってはなんだが一条先輩の真面目な外見には1番制服が似合ってる気がするし、梓蘭世が一条先輩に見立てる服の系統やどんな店なのかが気になった。



蘭世「直で連絡きたから行こうよ、俺も久しぶりに服欲しいし」



……正直それはちょっと見たい。


梓蘭世の私服を見たことはないが、普段持っている物を見る限りかなりセンスが良さそうだ。


どんな店なのか余計に気になり俺達も一緒に連れて行ってくれるのかと期待が募るが、梓蘭世は俺と柊なんてまるで眼中にない。


折角皆でいるのに、と気の利かない梓蘭世に少し腹立つも、そのうち優しい一条先輩が俺達にも声をかけてくれるよなとタイミングを待つ事にした。



夕太「どこそれ!俺も行きたい!」



案の定、少しも待てない柊が梓蘭世の腕を掴んで揺さぶり騒ぎ出すが、



蘭世「梅ちゃんと俺で行くって言っちまったからダメ」


夕太「えー!!行きたい行きたい!!」


蘭世「うるせーな…また今度な」



柊のくるくる頭をわしゃわしゃと犬にするように雑に撫で、梓蘭世はここで解散と勝手に来た道を戻り始める。



梅生「ご、ごめんまたサークルで!蘭世待って!」



小走りでその背中を追いかける一条先輩を振り返った梓蘭世が肩を組んで捕まえる。


梅ちゃん夏物買った?と肩を組んだままじゃれる梓蘭世に離れてと一条先輩が押し返したが、そのままヘッドロックの状態になり縺れながら2人は行ってしまった。



夕太「……えぇーっ、何なんあれ……」



……わかるぞ、柊。


結局最初に一条先輩と2人きりで大須に行きたがった梓蘭世の思惑通りになってしまった。


いつもは梓蘭世に言葉を上手く返すことが出来ない一条先輩もこういう時は着いていくんだと少しずるく感じる。



夕太「…まぁでも、俺にまた今度って蘭世先輩言ったもんな!速攻DM送ろ、予定取り付けてやる」



スマホを打ち出す柊を見て、違和感を覚えて立ち止まる。



……ん?



俺に、とは?


確かに梓蘭世は()()また今度と言ってたよな?


……この場合俺はどうなるんだ?


まさか俺だけその店に行けないってことか?


いや、きっと今から柊が『雅臣も行くだろ?』と俺に声を掛けて誘ってくれるはず。


淡い期待に胸を膨らませるも、



夕太「雅臣まだ時間ある?しょっぱいの食べない?」


雅臣「えっ、あぁ……」


夕太「大須初めてなんだろ?もっと案内してやるよ!」



そう言ってスマホをポケットにしまった柊は俺を気にかける様子もなく、目星をつけている店に向かって真っ直ぐ歩き始めた。



______さ、誘われない。



その事実に戸惑い、顔が強ばった。


柊のように俺も今すぐ梓蘭世にDMするべきなのかと考えるが、一度も連絡を取りあったこともない相手に突然俺も今度店に連れて行ってくださいなんて頼めるわけがない。


しかもいくら今日普通に会話できたからといって、梓蘭世がそこまで俺に気を許してるようには思えなかった。



夕太「雅臣って嫌いなものない?」


雅臣「……ああ」



のろのろと柊の後を着いて歩くが、今は食べ物の好き嫌いなんてどうでも良かった。


何故俺も一緒に誘ってくれないんだと目の前のくるくる頭が憎らしくなる。


ふと、ここにいたのが俺じゃなくて蓮池だったら柊は誘ったのだろうかと嫌な考えが頭を過ぎるも、考えずとも答えが直ぐに出てしまうのが嫌で俯いた。


どっちなら誘うのかなんてくだらない女子みたいな思考に、梓蘭世の事が言えなくなってきたと唇を噛み締める。


柊が独りでに大須の街について話すのを話半分で聞きながら考える内に、ようやく結論に辿り着く。




もしかして、最初から俺自ら行きたいって言えば良かったのか……?




いや、別にそんなにその店に行きたかった訳ではないと自分に言い聞かせるも俺だけがそこに行けないかもしれないという歯痒さが襲ってきて納得できない。


一条先輩も柊も、きっと誰かが俺を誘ってくれると思っていた。


しかし、そう思っているだけでは何も変わらず、俺から言わないと誰も動いてはくれない。


柊のように俺も行きたいですと一言でも言えば、もしかしたら一条先輩が気にかけてくれたかもしれない。


柊も俺の意見に乗って行きたいと再度梓蘭世に伝えてくれたかもしれない。


店に行けなくても、もしかしたら2人がまた今度にしようかと行くのをやめてまだ4人で遊べていたかもしれない。


今のところ全て机上の空論ではあるが、自分の言葉で気持ちを伝えることで次の展開が変わっていくかもしれない当たり前の真理に気がついた瞬間、心臓がひやりと冷たくなった。


読んでいただきありがとうございます。

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