47.【先輩とクレープ】
梅生「俺大須来るの久しぶりかも!」
蘭世「梅ちゃん大須好きだよな」
名古屋なんて何にも無いと再三聞かされ、大須はどんな場所なのかと思ったが、適度に賑わった普通の商店街だった。
東京では見ない絶妙なファッションの服屋や大きなゲームセンターがあり、平日でも割と人がたくさんいる。
俺らのような学生はみんな何かしら片手に食べ歩きしていて、あちこち漂ういい匂いにクレープ以外にも何か食べようか目移りしてしまう。
人が多すぎて食べ歩きしづらい原宿みたいな街だったらどうしようと構えていたが、この程よい混み具合なら楽しめそうだ。
夕太「クレープこっち!」
ゲームセンターの横にあるクレープ屋の看板目がけて柊が走りだした。
……あれ、ここ……。
青いストライプの屋根を見て東京でも見たことのある店だと気づく。
確かチェーン店で東京にも何店舗もあるような。
梅生「……うわ美味しそう!こんなにたくさんあると迷うね」
どれにしようかとメニューを見て真剣に考え込む一条先輩の口角が、ありえないくらい上がっている。
ここ最近見た中で1番の上がりっぷりに、この店はどこにでもあるクレープ屋ですよと野暮なことは言わずに黙っていることにした。
蘭世「梅ちゃん、イチゴとバナナとチョコのヤツ美味いよ」
ショーケースを指さす梓蘭世だが、肝心の一条先輩は相槌を打つだけでまるで話を聞いていない。
一条先輩の視線の先には〝ホイップクリーム3倍まで無料!〟のポップがあり、それに釘付けになっていた。
梓蘭世が言ってた生クリーム丸呑みが現実味を帯びてきたのが少し怖くなり、見なかったことにしてそっと目を逸らして俺も何にしようかと一緒にショーケースを覗き込む。
夕太「俺イチゴチーズケーキ!」
蘭世「王道外し」
夕太「今日はでんちゃんいないからね!……でんちゃんといると好きなの選べないもん」
笑いながら早速柊が嬉しそうに注文するが、別に蓮池といても好きな物選べばいいだろと疑問に思う。
……いやアイツがよく食べるから柊の分も横取りするのか?
そんな事したら柊は容赦なくまた後ろから蹴り飛ばすだろう。
そんなどうでもいい事を考えながら俺は1番無難な俺はバナナチョコレートを、梓蘭世は一条先輩にも勧めていたイチゴバナナチョコレートを注文した。
最後に悩みに悩んだ一条先輩がカスタードホイップチョコレート……の、ホイップクリーム3倍増しをそれはそれは嬉しそうに注文した。
横で梓蘭世が止めておいた方がいいと騒いでいたが、一条先輩は無料だからの一点張りで全く言うことを聞かず、いつもの困り顔した先輩はどこにもいなかった。
夕太「うまー!!!!」
梅生「おいしい!!」
大絶賛の2人に釣られ俺も1口食べるが、なんてことはない至って普通のクレープだった。
……それにしても、クレープなんて食べるの何年ぶりだろう。
こうやって歩きながら皆で食べていると、何の変哲のないものでもとても美味しく感じる。
チラと横を見れば梓蘭世もクレープにかぶりついていて、俺が想像するより豪快に食べる梓蘭世を見て何となく感無量だった。
小さい頃テレビで見ていた芸能人が俺の横でクレープを食べてるなんて……。
しかもクレープを立ち食いしてるだけなのにここが商店街ということを忘れそうなオーラというか……雰囲気が違うというか……。
蘭世「……おい、ジロジロ見てんなよ食いずれぇな」
ぎろ、と睨まれ、慌てて頭を下げる。
こんな所でキレられたら目立ってかなわないと無理やり本人の意識を逸らすよう話しかけた。
雅臣「あ、梓ら……、梓先輩もた、食べるんですね、クレープとか」
蘭世「はぁ?俺がクレープ食ったらダメなのかよ」
眉根に皺を寄せる梓蘭世に余計焦りが募ってパニックになる。
雅臣「い、いや!そうじゃなくてその……食べちゃダメなのかと。三木先輩に節制させられてるから……」
訝しむ梓蘭世に、カロリー制限とか大変ですよねと乾いた笑いが顔に張り付いた。
蘭世「…何言ってんだ?別にさせられてねぇけど……まあ仕事ある時は抑えるけどよ」
___えっ?
何言ってんだはこちらのセリフで……。
雅臣 「それならあの野菜しか入ってないヘルシー弁当は一体……」
食堂で見たあの弁当は何のためにと恐る恐る真実を尋ねると、
梅生「藤城よく見てたね、蘭世のお母さんが野菜好きなんだよ。健康的というか___」
健康的な話とは真逆の、普通の3倍はカロリーがありそうな恐ろしい魔のクレープをペロリと平らげた一条先輩が代わりに答えてくれた。
梓蘭世のお母さんと言うと……、
雅臣「あ、梓志保……!」
夕太「むぅわさうぉみ、よく知ってんね」
柊はクレープをハムスターのようにむぐむぐ頬張って食べているが、俺はそれどころではない。
あの食堂で見た芸術の様に野菜だけが綺麗に詰められた弁当は梓志保が作ってたのか!!
てっきり三木先輩に指示されたものを嫌々食べてるのかとずっと疑っていたが、有名女優も子供の弁当なんて作るんだと別の意味で感動する。
___しかし、梓蘭世も一応男子高校生なわけで。
いくら健康的とはいえあんな野菜だけではカロリーも栄養も足りないだろうし、体力が持たなそうだ。
女優だから息子の食べる量の基準が分かってないのかもしれないな……。
蘭世「ヴィーガンもどきなんだよ。そのくせビックメックとか大好きなんだぜ」
あの梓志保がチェーン店のハンバーガなんかを……意外すぎる!
ようやく色々理解し腑に落ちた俺は、目の前の梓蘭世を含めた有名人が普通に何でも食べている事実を知った。
同時に桂樹先輩の言う通り三木先輩はただのモラハラ気質なのかもれないと思い始めた。
夕太「ピザとかポテチ好きな蘭世先輩と同じじゃん」
蘭世「食生活なんか親に似るだろ」
柊が茶化したように言うが一蹴され、じゃあでんちゃんは誰似なんだよとブツブツ文句を垂れる。
確かに……、と俺もつい頷いてしまった。
蓮池のあの上品な母親がガツガツ食うとはとても思えない。
雅臣「それにしても梓志保…さん、いつ見ても一緒っていうか…ずっと綺麗なままで……」
つい最近彼女の過去から現在までの特集を報道番組で組まれていたのを見たのだ。
元々背がかなり高く驚異的なスタイルと華やかさでファンを虜にしてたと番組でインタビュアーが語っていた。
そしてファッションデザイナーの父親とその母親の遺伝子の良いとこ取りで生まれたのがこの目の前にいる梓蘭世。
結構母親の面影あるよなとチラチラ怒られないよう細心の注意を払って眺めていると、
蘭世「50だぜあいつ」
雅臣 「え!?」
さらりとまた驚愕の事実を言ってのけた。
夕太「えー!!嘘!!50歳なの!?」
見えない見えないと騒ぐ柊に俺も激しく頷いた。
彼女が全く老けないのは元々の素質が良いからなのか、それとも何か物凄く美容に気を使っているからなのか!?
梅生「年齢、言って大丈夫なの?」
蘭世「玉塚時代のパンフに生年月日載ってるから今更非公開にしても遅せぇよ」
気遣う一条先輩にそんなのシークレットでもなんでもねぇよと笑うが、逆にその生年月日が詐称なのでは?と疑うくらい梓志保が若さを維持していて怖い。
夕太「げー…俺の母ちゃんのが歳だけど蘭世先輩のお母さんのが断然若く見えるよ」
……俺の母さんの方が歳って……柊の母親は一体幾つなんだ?
蓮池の例があるから下手な事は言えないが、随分遅くにできた子なんだなと柊のくるくる頭のつむじを見ながらチョコバナナを飲み込む。
……あの人まだ若かったよな。
互いの母親の話題から、ふと自分の母親の年齢を思い出す。
『まーくんは私のことが大好きね』
母親の弱った声までリアルに再生されて、これ以上思い出さないように頭を降った。
夕太「なあ、雅臣の母ちゃんは?東京にいるの?」
その時既にクレープを食べ終えた柊が暇を持て余したのか何の気なしに話しを振ってきて心臓が跳ねた。
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