藤城雅臣の放課後1
花の形をした饅頭を飾り棚から下げて、カウンターチェアに座りひと息つく。
入学してから約2ヶ月が過ぎ、やっと名古屋の生活に慣れてきたなと自分だけの部屋を眺める。
……実に静かだ。
どうせ1人なんだから落ち着いたものに囲まれて暮らしたいと、東京を出る時に選んだ好みの家具達を見てしみじみ思う。
黒をベースにしたからこそ床板の白が良く映えるが、少し寒々しい。
今度ラグでも買いに行くかと考えていると、今朝家を出る前にセットしたドラム式洗濯機のタイマーの音が聞こえた。
立ち上がって、乾いた洗濯物を取り出しすぐに畳む。
そろそろ柔軟剤が切れかかってたから新しいのを買ってこないと。
コーヒーを飲みながら必要なものをメモにリストアップしよう。
つい最近取り寄せた豆をコーヒーマシンに入れ出来上がりを待つこと数分間。
用意したドイツの白磁器のマグカップは俺が産まれた時の記念に母親が購入したものだ。
コーヒーを注ぐと挽きたての香りがとてもいい。
一口つけるとさっぱりしているのに深みもあり、オリジナルでブレンドしてもらって正解だった。
雅臣「…静かだ、本当に静かだ」
あの騒がしい学園から少しだけ解放された喜びに浸りながら、これが俺の望んだ空間そのものだと幸せを噛み締める。
毎日授業を受けるだけならこんなに疲れる事はない。
もちろん、騒々しい原因は柊と蓮池だ。
入学式から毎日柊が俺の周りをうろついて、その横には必ずあの性格の悪い蓮池がいる。
しかも巻き込まれてついにはサークルまで一緒になってしまった。
今のところ大した活動をする訳でもなく各々が自由に過ごすだけのゆるいサークルだが、そんな無駄な時間を過ごすくらいなら早く帰りたいというのが本音だ。
部活絶対の校則さえなければ、こんなところさっさと抜けるのにと何度思った事か。
久しぶりに少し早く帰ることができ、気持ちが浮き立ちリビングのローテーブルに置いてある本を読みたい誘惑に駆られるが3年生の先輩たちが真面目に勉強していた姿を思い出した。
俺もそろそろ中間テストに向けて勉強しないとな。
英語…いや、数学からやるか?
科目に迷いながらコーヒーを飲み干し、食洗機にかけようとするがあまり食器は溜まっていなかった。
先に簡単に夕飯を作ってまとめて洗いにかけた方がいいな。
勉強は夜集中してやろうと決め、何を作ろうかと冷蔵庫の中を確認するも、
雅臣「……あれ」
朝は気にしていなかったが食材が大分無かった。
テスト期間に手の込んだものは作りたくない。
となると、今日買い物に行ってまとめて作り置きした方が効率的だな。
善は急げで外に出られるラフな服にすぐに着替えて、食材や日用品も含めて一通り思いつく限りの品をスマホにメモする。
マンションの鍵を閉めエレベーターで1階に降りると山王小学校の制服を着た生徒達と出くわした。
……そういやここ山王専門の塾なんだよな。
俺の住むマンションの1階がテナントとなっていて、そこを全部塾が借りているのだ。
『山王アドバンス 幼・小・中・高 専門塾』
と書かれたプレートが貼ってある入口をゾロゾロと生徒が出入りしているのが見える。
ドアのガラス越しに学ランの生徒も何名か見えて、学校から1番近いし、ほぼ家だしここに通うのもありなんだよなと横目に見ながら通り過ぎた。
自分の住んでいるマンションが松花堂の並び沿い300mくらいとはまだ誰にも言っていない。
学校まで歩いて5分、駅もすぐのマンションは目の前の道路が交通量が多いが周りに緑も多く植えられ環境がとても良い。
コンビニも医者も何でもありの暮らしやすい町だ。
東京ほど賑わってないが、生活するだけなら名古屋も悪くないよなと、交差点を渡って目当てのスーパーマーケット『ホランテ覚王山』へと歩き出した。
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到着すると、入り口付近に新鮮な野菜が置いてあるのが目に入る。
よしよしとカートにカゴを入れスマホのメモを見ていると、ドン、と誰かがぶつかった。
雅臣「あ、すみませ…、え」
慌てて咄嗟に謝り目線をあげると、見慣れたデカい男が着物を着て俺を上から下まで睨めつけた。
雅臣「…は、蓮池!」
楓「……」
よく考えれば向こうがぶつかったのに謝罪もせず、そして俺に何も言わずスタスタとカートを走らせ行ってしまう。
挨拶くらいしろよ!
……いや、アイツのことだ。
俺だと知っていてわざとぶつかったんじゃないか?
せっかく買い出しに来たのに1番会いたくない奴と出会い最悪な気分になる。
何でこんな所にいるんだよと苛立つが、前にサークルで互いの住んでいる場所を話していた時に蓮池が覚王山に家があると言っていた事を思い出した。
一人暮らしでもないアイツが何しにこんな所にいるんだよ。
それに何で着物なんか着てるんだ。
苛立ちながらも手にしたトマトをカゴへ入れると、近くで蓮池が野菜もフルーツも手当り次第カートに放り込んでいくのが見える。
……………。
アイツ値段確認してないよな?
蓮池がシャインマスカットや苺の値段も見ずにカゴに放る姿が恐ろしくなり、つい怖いもの見たさで少し離れつつも後をつける。
蓮池はそのまま鮮魚コーナーへと移動し、鯛やマグロといった刺身を先程と同じ様に値段を見ないでどんどんとカゴへ入れていく。
確かに、こいつが大食らいなのは知っているがもしかして自分で料理したりするのか?
だからこんなにもたくさん食材を買っているのか?
いや、それにしても今のところの合計金額を考えるだけでもゾッとするぞ!?
俺が疑問を浮かべると同時に、非常に品の良い着物を着た年配の女性が横を通った。
そして蓮池の持つカートに肉を入れた瞬間、
楓「ババア!てめぇステーキ肉あるだけ持ってこいって言っただろ!!歳で耳までいかれてんのか!」
雅臣「なっ……!」
何て酷い事を言うんだ!!
ホランテ中に響く声で悪態をつくどころの騒ぎではない蓮池の発言に耳を疑った。
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