35.【何にせよ食わず嫌い】
一条先輩の頼りない背中が駅の階段から見えなくなるまで見守っていると、突然ガサガサとした音に驚き振り返る。
柊は腹が減ったのか鬼まんじゅうを袋から1つ取り出し、ポイと大口を開けて頬張った。
ハムスターのように膨れた頬っぺたをむぐむぐ動かしながら、俺と目が合った瞬間美味いよと言わんばかりににこっと笑う。
雅臣「柊、これ」
夕太「ん?」
一条先輩から渡された鬼まんじゅうの袋をそのまま柊に渡す。
あのタイミングでは絶対に言い出せなかったし、知っていたら着いていくことも無かったのだが…
雅臣「…俺実はサツマイモ苦手なんだよ」
もそもそとした食感や口に残る感じが好きではなく、無理やり食べれなくもないが喜んで食べる程でもない。
柊が美味そうに食べるのを見て、一条さんには悪いけど捨てるより好きなやつに食べてもらった方がいいと思った。
夕太「…せっかくの好意なのに?」
顔を顰める柊の言うことはご最もなので、ここは素直に頭を下げて断る。
雅臣「食べるべきなのは分かってる。でもどうしても苦手で…捨てるのは嫌なんだよ。柊が好きなら食べて感想を教えて貰おうかと……」
ずっと顔を顰めたままの柊は、急に学ランのポケットを漁り始めたかと思うとティッシュを出してきた。
夕太「1口だけ食べなよ。絶対無理!ってなったらぺってすればいいだろ」
ずい、と紙袋を突き返され、早く開けろと言わんばかりに目で圧を掛けてくる。
アレルギーではないし絶対無理、とまではいかないが嫌いなのに分かっていて口にするのは…
躊躇して見せようがどうにも絶対に譲らない柊に根負けし、諦めて封を開けた。
手に取るとずっしりと重いそれは、一条先輩が言った通り触るともちもちしていて随分しっとりしている。
何年かぶりにサツマイモを口にする覚悟を決め、その場で仕方なく1口齧る。
______ん?
夕太「どうよ?」
雅臣「………あれ?割と……美味い、かも?」
夕太「だろ!」
何とも言えない食感だが、俺の想像するサツマイモのパサパサ感がなく、もう1口齧ってみる。
ほんのりとした優しい甘さが身体に染み渡る。
慣れない環境や一人暮らしで意外と疲れていたのかもしれないと気づくと同時に、母親が和菓子が好きだった事を思い出す。
たまには餡子の入った甘い饅頭でも買って帰るのもいいかもなと店の方を振り返ると、柊に肩を叩かれ止められた。
雅臣「何だよ」
ちょっと屈んでと手招きされて、柊は口元に手を当て声を潜める。
あのね…と周りに遠慮した様子を見せるので、一体何なんだと思うも体を望み通り傾けてやる。
夕太「……本当はね、ここは鬼まんじゅう以外全部不味いから買うなよ」
雅臣「__は?」
夕太「鬼まんじゅう以外のお饅頭、信じられないくらい不味いんだ」
あ、やべぇ言っちゃったと口を抑える柊を見て、思わず海外アニメに出てくる黄色いカナリアが頭に浮かんだ。
ちょこまかした動きがなんとなくあのキャラに似てるんだよな。
そんなどうでもいい事を考えながらそこまで不味い饅頭なんてこの世にあるのか?と眉根を寄せると、
夕太「雅臣疑ってるだろ?でも本当だから買うなよ。じゃあな」
バイバイとまた来た道の交差点へ戻っていく柊の背中が完全に見えなくなるのを確認し、
雅臣「…さすがに嘘だろ」
松花堂の看板を振り返りこっそり足を運んだ。
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雅臣「…普通に美味そうじゃねぇか」
あれから柊の謎の忠告を無視して、丸く白い上用饅頭と花の形をした饅頭を松花堂で買ってきた。
見映え的には何の問題も無い。
そこまで不味い饅頭なんてあるかよ。
花の形をした方と一条さんからもらった鬼まんじゅうを一緒に皿に移す。
飾り棚の上に置いてある写真立ての前にそれを置き、手を合わせてからお茶を入れることにした。
名古屋に来てからと本当に慌ただしく学校に慣れるだけで精一杯だった。
久しぶりにケトルでお湯を沸かし透明なティーポッドに茶の葉を入れてゆっくりと注ぐと、部屋に緑茶のいい香りが漂い癒される。
茶葉が蒸すまで少し時間を置くかと残りの白い饅頭を箱から出して立ったままポイと口に入れた。
雅臣「__っ!?まっっっ……ず!?」
それはあまりにも衝撃的な不味さだった。
先程の鬼まんじゅうと大違いで、餡子が甘いを通り越して頭が痛くなりそうだ。
こしあんのくせに中途半端にパサついて、皮はしっとりを通り越して口中にベタベタ引っ付き取れない。
雅臣「……な、何だこれ…本当に不味いな」
柊の謎の忠告は当たっていたんだ、と口の中のものを行儀は悪いが紙に吐き出した。
雅臣「……ごめん、鬼まんじゅうだけにしといて」
そして写真立ての前に置いた饅頭も、慌てて下げる事となった。
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