33.【大人しい先輩】
2人きりの教室は驚く程に静かだった。
先程の揉め事を引きずっているのか、ひどく落ち込む一条さんに何か声を掛けるべきだろうか。
それとも誰かが来るまで何も触れずにそっとしておくべきか。
小さくため息をつき項垂れる一条さんは、男だというのに非常に儚げで困る。
変な言い方かもしれないが、放っておけない感がすごい。
梓蘭世と喧嘩した後の一条さんの落ち込みっぷりは何回見ても慣れないが、誰が見ても哀れを誘うこの人を無視して、とっとと退場できる3年はメンタルが強すぎる。
三木先輩も梓蘭世ばかり構ってないで一条さんを助けてあげればいいのにと、何だか俺まで女々しいことを考えてしまった。
一条さんが女じゃなくて本当に良かった。
これが女だったら泣き出すパターンだぞ、俺でもわかる。
いや、男でも泣き出したらどうするんだと1人考えを巡らせ、意を決して話しかける。
雅臣 「……あ、あの!」
梅生「ん?どうした?」
雅臣「えっと…一条せ、先輩は悪くないというか…」
一条先輩が黒目がちな目を瞬かせて、俺を一瞥する。
……気まずいぞ。
何か頷くなりして欲しいが、話し始めたのは俺なので何とか会話を続ける。
雅臣「梓ら…梓先輩はこう、なんというか、桂樹先輩も言ってましたがちょっと女っぽいというか…あの話の流れで一条先輩が悪いところはないというか…」
しどろもどろになりながら言葉を絞り出してフォローするも、自分までもが女々しくなったようで嫌になる。
これじゃあまるで、居なくなった途端何あれと言い出す女子みたいじゃないか?
しかし、話し始めた以上途中でやっぱり何もありませんとは言えず何とか話を続ける。
雅臣「別にあんな言い方しなくてもいいというか…、一条先輩だって都合があるだろうし、それに普通に友達くらいいるだろうし……」
梅生「…蘭世は……優しいんだよ。いつも俺の事気遣ってくれてるし」
黙って俺を見つめていた一条先輩がおもむろに口を開いたかと思えば梓蘭世のフォローだった。
あのわがまま王子のどこをどう見たらその境地に至るのか全く理解できない。
桂樹先輩の言う通りヒステリーを起こしているだけにしか見えないのだが。
梅生「中1の時蘭世と同じクラスになって、出席番号順で蘭世が俺の前だったんだ。気を遣って俺にたくさん話し掛けてくれて……蘭世以外友達がいないのも半分本当」
そう言って笑う一条先輩に、
雅臣「お、俺だって友達なんかいませんよ!」
……思わずそう言ってしまったが、これじゃあ俺がまるでぼっちみたいじゃないか!?
しかしこのまま放っておいたらこの人は地の果てまで沈みそうなのでこう言うしかない。
焦ってフォローする俺に再び驚き瞬いた一条先輩がふっと柔らかく微笑んだ。
梅生「柊と蓮池は?」
雅臣「え!?」
梅生 「いつも一緒にいるだろ?」
な………!!
何を言うんだこの人は!!
いつも一緒にいるのは俺の意思じゃない!!
あいつらが俺にくっついてくるだけだ!!
雅臣 「あんな奴ら……いっ、いえ、2人はただのクラスメイトです!特に蓮池なんて態度もデカけりゃ嫌味ったらしいし性格も悪いし……」
あいつらとワンセットに思われたくない一心で必死に誤解を解こうとするが、告げ口してるみたいで上手く説明出来ずに空回りするのがもどかしくなる。
焦る俺を見て、一条先輩が楽しそうに笑った。
梅生「第一印象は良くない方が後々仲良くなれるって蘭世が言ってたよ」
___ん?
梓蘭世から見た一条先輩の第一印象が悪かったのか?
逆じゃなくてか?
この疑問が伝わったかのように、一条先輩は再び笑って話し始める。
梅生「俺のこと嫌いだったと思うよ。最初に本当に暗いって言われたし…でも、蘭世も蓮池みたいに色々好き嫌いがハッキリしててさ。言葉はキツイけど分かりやすくて、嘘がないんだ」
嘘がない、というのは本当だろう。
あんなに自由奔放に生きていて、一条先輩に言いたい放題で……
あれが嘘なら役者が向いてるから、今後の芸能活動のは俳優業を中心にした方がいい。
なんてどうでもいい事を考えてしまうが、
梅生「きっと藤城も蓮池のこと好きになれるよ」
雅臣 「なっ…!!何気持ち悪いこと言ってるんですか!!アレと仲良くなんて死んでもなりませんよ!!」
ゾッとするような発言に、思わず先輩相手なのに本音が出てしまったと口に手をやるが、一条さんは明らかに悲しそうな目をして口を噤んだ。
……しまった。
ど、どうしようか。
梓蘭世が怒った時以上に一条先輩の顔がどんどん暗くなっていく。
元々気質が静かで穏やかなんだろうが、梓蘭世の言う通り暗いってのは否めないぞ。
いや、より暗くさせたのは俺のせいか!?
どうしよう、一言謝るべきか?と躊躇していると、
「あれ!?2人だけ!?」
ジメジメした空間を断ち切るようにガラッという音が響き、俺と一条先輩は同時に振り返る。
ひ、柊……!
扉を開けタイミングよく現れた柊を見て、心底ほっとした。
夕太「さっきジュリオン先輩とすれ違って、今日休みって言われたけど…でんちゃんも今日は仕事だし、ミルキー先輩と蘭世先輩は?」
梅生「えーっと…」
雅臣「さっきまでいたが…戻ってくるかはわからない」
口を濁す一条先輩の代わりに俺が答えると、柊は頬に指を当て困り眉で上を向く。
夕太「タコパの日程決めようと思ってたんだけど…人数いないなら今日は辞めて明日とかにした方がいいかな」
柊はそう言うが早いが、スマホを出して何かを打ち込んでいる。
やっぱり落ち込む一条先輩に声を掛けずにそっとしておけば良かった。
それにしても、このタイミングで柊が来てくれて助かった。
無駄に明るい柊の存在が先程までの重い雰囲気をうやむやにしてくれる。
助かったいう思いと共に、今日このまま解散になれば食材などの買い物もテスト勉強も早めにできるなと今後の段取りを考えているとスマホの通知が鳴る。
開くと、『今日はお休みです!』という柊の連絡にみんながスタンプを返していた。
夕太「…ということで、解散!梅ちゃん先輩集まってくれたのにごめんね」
梅生「ううん、いいよ。じゃあまた…明日?また………ん?」
手を振りそのまま教室を出ようとする一条先輩と俺の手を柊がそれぞれ掴んだ。
相変わらずデカい手だなと思うも、まだ何か用があるのかと首を傾げると、
夕太「3人で一緒に帰ろうよ」
にこっと笑う柊に止められる。
梅生「え、あ、あぁ。いいよ」
驚きながらも頷く一条先輩を見て、どう足掻いても駅までの経路はあの1本坂道しかなく一緒になってしまうため、断るのを諦めた俺は静かに頷いた。
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