32.【友達だよな?】
そっと扉を開けると教室には既に2.3年生が揃っていた。
窓際に2年の2人が、3年は真ん中に並んで座っている。
三木「藤城、まだ皆集まってないからどこか適当に座ってていいぞ」
三木先輩は参考書を片手に俺に声をかけると直ぐにペンを走らせる。
その隣で単語帳に目を落とす桂樹先輩も俺に気づき、よっと左手を上げ挨拶した。
……そうか、そろそろ中間だもんな。
高校に入って初めての中間テストがもうすぐ始まる。
自宅で予習復習はしているが、3年生が真面目に勉強している姿を見て俺もそろそろ塾とか探した方がいいのかもしれないと思った。
どこかの推薦を貰うか外部受験するかはまだ決めていないが、東京に戻るなら早いうちに対策しておきたい。
俺も英語の範囲を軽くさらっておこうと桂樹先輩の後ろの椅子に腰をかけると、窓際から梓蘭世が一目でわかるくらい上機嫌で一条さんに話しかける声が聞こえた。
蘭世「じゃーん!!」
梅生「何?それ?」
梓蘭世は自分のスマホを一条さんに見せるが、少し席が離れているのでそれが何なのかは分からない。
蘭世「ネズミーランドのチケット!これ1年以内なら何日に行っても大丈夫なやつでさ__」
最近はスマホでチケットが取れるのか。
いつも大人気のあの夢の国へ行く機会などほとんどなかった俺は、未だにチケットは並んで取るものだと思っていた。
便利になったなとぼんやり2人を眺めると、手に入れるのすげー苦労したんだぜと笑う梓蘭世に対して一条さんは複雑な顔をしている。
蘭世「中3の時話してたじゃん?次行く時はタイガーキングの新エリアができてるからまた2人で行こうって」
梅生「あ…そ、そうだっけ」
蘭世「そうだよ!梅ちゃんタイガーキング好きだし…って、忘れちゃった?」
梅生「いや、えーっと…」
梓蘭世の勢いに一条さんが一瞬たじろぐのを見て、話を聞く限りどうやら一条さんに確認もしないで勝手にチケットを購入したらしい。
ふと東京の中学で同じような光景を見たことがあるなと思い出した。
彼氏がサプライズでネズミーランドのチケットをプレゼントしてその彼女が大喜びするってやつだ。
……だがしかし、ここは男子校だ。
サプライズが成功するとは限らない。
友達と軽く交したレベルの約束を梓蘭世が真剣に覚えていて相手が喜ぶと思ったんだか知らないが、彼女じゃないんだから勝手に用意するのはどうかと思う。
友達なんだからまず相談してからの方がいいに決まっているし、予算とか日程とか色々都合ってものがあるだろ。
……ん?
この間もこの2人って同じようなやり取りがあったよなとどこの大学に行くかで梓蘭世がキレたのを思い出す。
いつどこで見かけてもこの2人は一緒にいる。
廊下ですれ違う時は基本セットで見かけるし、たまに行く食堂でも必ず2人で昼飯を食べている。
柊が2年は2人とも同じクラスだよ、と聞いてもいないのに勝手に教えてくれた。
この感じからして四六時中一緒なんだろうけど、その割には梓蘭世の隣でいつも一条さんは困った顔をしている。
サークルで皆といる時の一条さんは割と楽しそうにしているのに、梓蘭世の女々しいわがままに付き合うのも大変なんだろう。
しかも押しが強いのでどう返していいか分からないんだろうな。
ふと蓮池のあの悪態つく姿が頭に浮かび、一条さんの苦労が手に取るように分かり同情した。
梅生「ほ、他の友達とも約束しててさ」
蘭世「は?誰それ?何組の奴?」
梅生「学校の友達じゃないから…言っても分かんないよ」
蘭世「何それ聞いてない」
この不毛な痴話喧嘩はもう何回も見てるのに、物珍しさからつい見てしまう。
3年は慣れているからかガン無視で、早く俺もその領域に行きたいとイヤホンを取り出した。
俺は友達が多い方ではないが、何でもありのまま全てを友達に話せる奴なんていないのではないか?
俺なんか口下手で余計に話すことなんで出来ないし、そこまで口出しされたくないなと自分に置き換え痛切に思う。
一条さんには一条さんのコミュニティというか、付き合いもあるのだろうに全て把握しておきたいなんて友達としての束縛の域を超えているだろ。
女子が友達を束縛したがるのはまぁ、わからなくもないというかよく見かけたというか……。
それにしても梓蘭世、本当に女々しいったらありゃしない。
あの梓蘭世が実はこんな男だなんて知りたくなかった。
やっぱり芸能人はテレビで見るくらいが丁度いいんだなと、イヤホンをノイズキャンセリングしようかと手にした時、
蘭世「俺と先に約束したじゃんか!!何だよ俺よりそいつの方が大事なわけ!?」
ヒステリックを極めるにも程がある、子供じみた梓蘭世の大声が教室に響いた。
梅生「そ、そういう訳じゃなくて…」
蘭世「梅ちゃんなんか俺以外友達いねえだろ!嘘つくなよ!……もういい!!」
戸惑う一条さんにそう吐き捨て、梓蘭世は教室を飛び出していく。
今日はさすがに梓蘭世が俺に罵声を浴びせる事も八つ当たりする事ともなくホッとするが、友達がいないのはむしろ……
三木「蘭世に言われたくないな」
桂樹「同感」
3年の2人が俺の気持ちをそのまま代弁してくれて安心する。
三木先輩がノートを閉じてやれやれと小さく呟いた。
梅生「………すみません」
桂樹「だぁから蘭世のヒスを毎回真に受けんなよ」
俯く一条さんだけでなく、雅臣もな、と桂樹さんは後ろの俺にも声をかけた。
やっぱりあれはヒステリーで正解なんだ。
これから一々反応しないように俺も気をつけた方がいい。
三木「あのわがままさも魅力の1つなんだが…もう少し感情のコントロールを覚えさせないとな。行ってくる」
桂樹「ご苦労さま」
三木先輩が梓蘭世の後を追い教室を出ていくのを見て、本当に将来あの梓蘭世のマネージャーになる気なのかと瞠目する。
雅臣「…あ、あそこまでする必要があるんでしょうか?」
おそるおそる思っていたことを桂樹先輩に尋ねる。
まだマネージャーでもなんでもない三木先輩が梓蘭世のご機嫌取りまでしないといけないのか?
桂樹「三木ぃ?__あいつはまぁ色んなところがプロだからな」
桂樹先輩はどこか遠い目をしながらなんの答えにもならないことを返して席を立つと、さっさと荷物を纏め始めた。
梅生「先輩、帰るんですか?」
桂樹「合唱部の方も行かなきゃなんねーのよ。多分2人も戻ってこねーだろうし、お前らも今日は適当にに切り上げろよ。じゃあな」
______え?
い、一条さんと2人きり?
伏し目がちに憂う一条さんと2人教室に残されて、ロクに話したこともない人とどうしたらいいか分からない。
ひ、柊、お前の大好きな先輩が悲しそうだぞ。
今なら梓蘭世もいない、独り占めできるぞ。
頼むから早く来てくれよ。
今の俺にはそう願う事しかできなかった。
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