蓮池楓の東京log6
「桜山くん今日は___」
俺に申し訳程度に会釈だけして何事も無かったように
桜山との会話に戻ろうとするとっとの前へ、ドンと夕太くんを押し出した。
楓「おい、関係者は俺じゃねぇよ。こっちな」
俺の意図に気づいた夕太くんは直ぐに笑顔で策に乗って微笑んだ。
夕太「おじさん、俺にも名刺ちょうだいよ」
とっとは眉根を寄せてゴスロリ伯爵姿の夕太くんを一瞥するが、夕太くんが桜山の関係者だなんてとても思えないのか、
「……この子が?」
一瞬、初期型陰キャと同じ明らかに胡散臭い目つきを
したのを俺は見逃さなかった。
そのまま桜山から紹介して貰えるのを待っているが、
ボンクラ息子はもちろん夕太くんのことなんて知る由もなくこの子も同業者だったのかと瞠目するだけだ。
___アホだわぁ。
着物を着てるから華道関係者だなんて浅はかに人を
見た目で判断しとんなよ。
もし夕太くんが桜山の知り合いのモデルとかだったら
どうするつもりだこのアホは。
楓「見てくれで判断しとんなよ」
思ったままに呟くと、とっとは瞬時に営業用の笑顔を
浮かべて夕太くんに名刺を差し出した。
「……藤城です。よろしくお願いいたします」
おーおー、さすがは年の功ってか?
陰キャと違って何でもかんでも顔に出す訳にはいかねぇもんな。
〝このイカれた服装の子供が華道家だって?〟
とそれはもう疑ってるくせに桜山の手前ギリ耐えてやがる。
夕太くんは名刺を受け取ったからといって色々な肩書きのついたそれを見もせずにポケットにしまった。
夕太「ありがとね、おじさん」
「……」
自己紹介もせずに笑うだけの夕太くんにとっとは何とか取り繕って微笑んでいるが、その目の奥には初期型
陰キャと同じ見下しが絶妙に見え隠れしている。
伊達に俺は意地クソ悪い年増の女共を1つの釜に集めて
それはもう煮詰めに煮詰めた地獄ようなとこにおらんのだわ。
伝家の宝刀〝見下し〟を鞘に収めとるつもりか知らんが透けて見えるんだよ。
これに育てられた結果あの初期型陰キャが爆誕したわけだと別の意味で感心する。
夕太「へぇー!!おじさんが噂のとっとね!!」
突然、夕太くんはとっとを覗き込むように下から見上げると弾けるような声を上げた。
その顔はにっこりと笑っているのに目の奥に光はなくて、
夕太「まーくん、元気?」
と続けざまにあの陰キャの名前をワザと出した。
「まーくんって……まさか君も息子と同じ応慶に通ってるのかい?」
とっとは驚いたように目を見開いているが、
〝まーくん=息子〟
とすぐに結びつくあたりが陰キャのことが気になって
仕方ない証拠だ。
しかも夕太くんが〝まーくん〟呼びしただけで勝手に
息子の友達と思うだなんてどんな感覚しとんだこの
ジジイ。
桜山「え?君も応慶生なの?」
しかし呆れる俺の横で盛大に勘違いした桜山が夕太くんに声をかけた。
夕太「学年違うと分かんないよね、先輩」
桜山「そ、そう……それにしても意外な縁があるもの
だね」
「君たちは2人とも雅臣の友達かい?」
楓「………」
キメェな。
夕太くんのどうとでも取れる返事に、桜山は完全に夕太くんを応慶の生徒と思い込み、更にとっとはこの場にいる俺も応慶の生徒だと思ったのだろう。
さっきまで胡散臭い態度の悪いガキだと見下しとった
くせに応慶のネームバリューに釣られて即警戒を解きやがった。
情けねぇな、ゴルフ焼け特有のテカリ顔で急に微笑みかけてくるなんて恥を知れ恥を。
桜山「ああ、そういえば藤城さんも息子さん応慶でしたよね?」
「まぁ……えぇ」
俺がドン引きしている横で桜山が思いだしたように声をかけるがとっとはしれっと誤魔化しやがる。
まぁ、じゃねぇよアホ。
てめぇの息子はもう応慶にいねぇのに、何今も通って
ます感出しとんだ。
桜山に名古屋にいるんですってはっきり言え。
このジジイはどこで体裁整えとんだパチこいとんなよ。
今すぐ桜山の前でこの男の痴態の成れの果てをぶちまけてやろうと口を開いた瞬間、
夕太「えええええ!!嘘ついちゃダメだよ!!
もうおじさんの息子はもう応慶には通ってじゃん!!」
夕太くんがワザとらしくロビー中に響く大声を上げた。
突然バラされた事実にとっとは明らかに動揺して
ギョッと目を見開いている。
夕太「だってまーくん、学校にいられなくなっちゃったんだから!!」
おーおー、その間抜け面は再々々々々々放送だわ。
口をパクパク鯉のように開く面は名古屋で陰キャが4月
から再三披露しとるアホ面と全く同じで、俺の口角は
目尻につきそうなくらい上がっている気がする。
それと同時に、俺は何故か胸のすくような思いがした。
夕太「それにまーくんは応慶に友達なんか1人もいな
かったでしょ?まさかおじさん知らなかったの!?」
……夕太くんってばさすがだよね。
追い打ちをかけるのが本当に上手い。
梓蘭世ばりの演技力で無邪気な子供を装いながらズケ
ズケと本当のことを披露する夕太くんを見て、俺は思わず惚れ惚れしてしまった。
……それにしても、さすが陰キャと血が繋がってるだけ
あるな。
いくら俺らが同級生らしき人物に見えるとはいえ初対面で友達かい?だなんて俺はよう言わんね。
しかも息子を応慶幼稚舎から通わせとったくせにボッチでコミュ障陰キャだった事実を全く知らんなんて愚かすぎる。
今まで子供の話を何も聞いとらんかったんかと呆れる俺の横で、桜山が腫れ物を触るように口を開いた。
桜山「えっと……それは……」
相当言葉を選んでいるみたいだが、夕太くんの言いぶりにこの建築士の息子が何か問題を起こしたのかと
思い切り眉根を寄せていた。
夕太「あ、先輩勘違いしないでね。まーくんは何にも
問題なかったんだよ。ただ……おじさんの方がちょっと
問題起こしちゃったんだよね」
「き、君!!さっきから何を言うんだ!!!失礼なことを言わないでくれ!!!」
夕太くんがチラッととっとを見た瞬間、逆上したとっとは顔を真っ赤に夕太くんに向かってキレてかかった。
いくら桜山の関係者で応慶の生徒とはいえ晒し者にされるのは耐えられないのだろう。
とっと恒例の紳士ですけど何か?のフィルターは秒速で外れてここがホテルのロビーだということも忘れて怒りに震えている。
あの初期型陰キャの短気さはやっぱりここからきてんのかと俺はシラケた目で静かに見つめた。
夕太「何で?有名だよ?病気でずっと伏せってた
まーくんのお母さんが死んだばっかなのに、よりにも
よってその葬式で愛人と再婚するって伝えたって」
着物姿の俺と桜山に加えて夕太くんは誰よりも目を引く格好をしているせいか、セリルアンタワーのロビーにいる客達は一体何事だと騒然としている。
夕太くんは一歩踏み出し、鋭い眼光でとっとを射抜いた。
夕太「何?本当は違うの?」
「そ、そ、それは……その、」
夕太「さらにその場で実は腹違いの妹がいたってことも教えたんでしょ?しかもその子は応慶中等部に通っててまーくんの1個下で……これも違うの?」
全く譲る気のない夕太くんは容赦なく畳み掛けると、
とっとの顔はみるみるうちに強張っていく。
夕太「腹違いの妹は最近やたら羽振りがよくてハイブラのバッグとか服とか持ちまくりでさ?パパ活してるって噂だけど……でもおじさんが本物のパパなら問題ないか!!」
「し、し、失礼だぞ!!!いくら桜山くんの同業者
だからって___」
夕太「失礼も何も事実じゃん。その結果可哀想な
まーくんは応慶にいられなくなって名古屋に逃げ込ん
だんだよね。問題起こしたのは父親なのに最低って
学校中で噂だよ」
新しくできた娘は金の成る木を手に入れた途端に浮かれてはっちゃけている……というのは俺らのただの空想にすぎなかったが、やっぱ大方当たったんだな。
ペラペラと澱みなく話す夕太くんにとっとはついに黙り込んでしまった。
そりゃ自分がしでかした事を誰かが噂をしてるだなんて、このプライドの権化みたいな男には耐えられんわな。
___でも、やっぱり。
このタイミングで陰キャのために正々堂々おかしいことをおかしいと言ってのける夕太くんは本当にかっこいい。
面目丸潰れほとっとは目を逸らしてバツの悪そうな顔をするだけで何も言い返せないでいた。




