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蓮池楓の東京log4



じっくりと1つずつ作品を見て回るが、必ず目に留まるのは桜山のボンクラ息子のものばかりだ。



『 哀 / 桜山幸太郎(さくらやまこうたろう)



一文字タイトルなんて偉そうに。


こんなもん〝巣鴨〟とか〝多摩川の土手に咲く花〟とかもっと分かりやすく出しやがれ。


心で1回悪態をついてから荒枯れ枝と一輪の蘭で構成されたシンプルなデザインの作品を改めて眺める。



……このサイズ感で哀愁を出せるのかよ。



俺も作ろうと思えばそっくりそのまま作れるけど、

それでもこの心に寄り添う感じが出ねぇな。


睨みつけるように作品を見回すと、この花から感じる

切なさが不思議と色白の一条先輩とリンクする。



あぁ、この感覚………。



作品を見て誰かの顔が度々思い浮かぶ今日のこの感覚を、自分の中に深く落とし込んでいきたい。


生まれて初めてそう思った。


ずっと自分の世界には夕太くんだけがいればいいと

思っていたけど、高校に入って俺にしては珍しく話す

相手が増えた。



梓先輩、一条先輩に三木先輩。


それと……。


まぁ、一応仕方がないけどあの陰キャも入れといて

やるか。


1人1人の顔を思い浮かべながら、この感覚を活かすなら先ずは手っ取り早く先輩たちをモチーフに作品を作るのもありだよなと立ち止まったまま考える。


梓先輩なら芸能界の華やかさをマゼンダのガーベラで

表現して、それが映えるよう薄い水色のデルフィニウムで引き立てたい。


三木先輩は花器じゃなくて黒い敷板使って緻密に作り

上げていくのもいいな。



それから一条先輩は……。



楓「……」



それこそ桜山みたいなのが上手く作りやがるんだよな

クソ野郎。


自分の苦手なものが堰を切ったように浮き彫りに

なって、ライバルの上手さを噛み締めるしかない。


一条先輩のさり気ない優しさや誰かの心の拠り所みたいな存在を華で表現するのはシンプル故に至難の業だ。


桜山の息子の実力を前に、どうせ俺には梓蘭世のようなThe・名古屋みたいなド派手な作品しか作れませんよと

斜に構えた。


それにしてもいつも直感だけで生けることの多かった俺が、人物をモチーフにどんな生け方にしようかと新しいアイデアが次から次へと湧いてくる。


次にワークショップがある時は来た人に何か1つテーマを考えさせてから作らせるのも面白そうだな……。


名古屋に帰ったらハゲジジイにあれもこれもと提案して邁進しようと歩き出した。


刻々と移り変わる時間の中で、蓮池流本来の形を崩さず、伝統を重んじながら現代人が楽しめるようアップデートしていかないと。


どこもかしこも景気が悪く、ぼーっとしてたらこういう伝統文化は廃れる一方だからな。


6階も見て帰るかとエレベーターに向かおうとした瞬間、




「か、楓くん!!!!」




誰かに大きな声で呼び止められた。


振り返るとそこに立っていたのはさっきまで上手いなと感心していた作品の作り手本人だった。



楓「うわ……」


桜山「楓くん!!見に来てくれたんだね……!!

嬉しいよ!!」


楓「たまたま東京に用事があったから覗いただけだ」


桜山「それでも嬉しいさ!!」



桜山流のボンクラ息子は目を輝かせて駆け寄ってくるが俺は敢えて素っ気なく返す。


俺より優にデカい桜山は犬がしっぽを振るみたいにニコニコ近づいてくるが、さすが家元を継ぐ者として品格に満ちた着物姿だ。


深い群青を基調とした桜山流の家紋の入った正装は夏の華道展にふさわしい清廉な美しさを放っていて、そこにいるだけで品性とはこうやって自然に滲み出るものですよと体現している。



……が、いかんせん黒髪センター分けの天パの毛量が

多すぎだろ。



てめぇの作品くらいスッキリ髪も梳けと睨みつければ、人の良さそうなタレた目で嬉しそうに笑いかけられた。



桜山「6階は父さんの作品なんだ。僕のは___」


楓「4階と5階のあれやこれだろ?まぁそれが1番上手いけどな」


桜山「え!?」


楓「え、じゃねぇわ。こういうこじんまりとした華が

アホほど上手いってのに、4階の無駄に派手で身のない

大作は突然どうした?とち狂ったか」



4階の現代人に寄せた派手な華よりもこっちの静かな味が断然いいと俺なりに伝えただけなのに、桜山の息子はわかりやすく動揺を顔に出しやがった。


どいつもこいつも直ぐに顔に出て___。


いや、ちょっと待てよ?


そういやこいつも応慶だよな?


確か俺の2個上だから三木先輩と同い年か。


自立しすぎた三木先輩と比べるのは酷ではあるが、

こいつこそ平和ボケしたボンボン代表。


陰キャといい桜山といい、応慶は一体どんな教育して

やがんだと目を細めた。



桜山「実は……楓くんの作品見ていいなと思ってさ、

挑戦したくなったんだ……」


楓「はぁ?俺らはジャンルが違ぇだろうが。よく見ろ、この作品がいいからこれにばっか人が集まってきてんだろ」


桜山「それは違うよ。楓くんが素敵だから___」


楓「アホなこと言っとんなよ。俺もう帰るわ」



腹立つわぁ………。


ちらともう1度先程の蘭を見るが、客は必ずこのボンクラ息子の作品で足を止める。


平和ボケしてるくせに誰よりも目を引く作品を作るなんて腹立つなと目の前でシュンと項垂れる桜山を見つめた。


目が合えばまた桜山は人の良さそうな顔で微笑んでいて、親の代から応慶に通う由緒正しい家で育つとこうも人当たりの良い笑顔が振りまけるものなのか。


所作も素晴らしく動く度に揺れる裾まで品がいい。


陰キャも品が無くはないがどーしたってとっと(笑)の下品さが垣間見えるんだよな。


4月の頃の〝ハリウッドスターですけど何か?〟レベルで気取り散らかす自認のズレた陰キャを思い出して思わず吹き出した。



桜山「楓くん、今日はご機嫌なんだね。……あ、あのさ、もし良ければ今日僕と一緒に夜ご飯食べにいかない?」



何を勘違いしたのか桜山のボンクラ息子は嬉しそうに

夕飯の誘いをかけてきた。



楓「幼馴染と食うから無理」


桜山「その方も一緒でいいから!!」



この男はこうやって会う度食事に誘ってきて正直鬱陶しいが、いつもなら断れば『またの機会に』とすぐに引くのに今日はどうしてか引く様子がない。



楓「……何が目当てだ」



ため息をつくと、桜山はニコニコと続けた。



桜山「実は冬のワークショップについて話したくてさ」


楓「___ワークショップ?」


桜山「あれ?楓くんのお父さんから聞いてない?」



きょとんとしてる桜山の話を聞けば、華道の基本を学びながら異なる流派の特徴や魅力を比較し、参加者に華道の楽しさと奥深さを伝えるワークショップをやるらしい。


俺と桜山がメイン講師で名古屋と東京で1日ずつ会場を

借りることまで決まっているが、詳しいプログラムは

決まっていないしそれを相談したいとのことだった。


あのハゲ……。


やけに羽振りがいいと思ったがこういうことだったんか。



楓「なぁ、その日程もう決まってんの?」


桜山「一応11月の頭予定なんだけど、それも含めて話し合いたいなって」



それなら文化祭とは被らなさそうだな。


楽しみにしているわけではないが、初めてちゃんと参加する行事だ。


SSCの発表もあるし、何より夕太くんがとても楽しそうにしてるから日程が被らないなら良かったとほっとした。



楓「はぁ……わかった。でもそこまでしっかり詰めれ

ないかも___」


桜山「よかった!!渋谷のセリルアンタワーホテル

分かる?あそこの鉄板焼きが美味くて贔屓にしててさ!!」



桜山は俺の返事を聞いた途端、見るからにアホほど浮かれて顔を紅潮させた。



楓「ハシャいでんなよ。とりあえず終わったら連絡

しろ」


桜山「もちろん!あぁ、夢みたい……楽しみだな……」



今にも小躍りしかねない浮かれように眉根を寄せながら、俺はスマホを取り出して夕太くんにチャットを

送った。






本日も小話!

続きます✨

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