蓮池楓の東京log1
夏休みも終盤、俺と夕太くんは朝早くから新幹線の
グリーン車に揺られて駅弁を食べている。
普段ならまだ余裕で寝てる時間なのに東京まで向かっている理由は旅行でもなんでもない。
今日は東京で活動する華道流派、桜山流本部が仕切る
いけばな展〝桜の会〟の初日。
古くから続く華道の名門流派、桜山流はいけばなの世界じゃ一つの巨塔で、近年〝都市の静寂〟をテーマに繊細さと大胆さを織り交ぜた作風で名を馳せている。
今回は青年部がメインということもあり、俺は蓮池流の跡取りとして以前から敵情視察をするつもりだったってわけ。
夕太「でんちゃんさぁ……」
楓「何さ」
ただ事情を知らない夕太くんは新幹線南改札の待合室で買ってあげたアイスブリュレラテを飲みながら、呆れ顔で隣に座る俺を見ていた。
夕太「何で他んとこの華を見に行くだけなのにわざわざがっつり化粧してんのさ。しかもそれこの間仕立てた
ばっかの1番いい着物じゃん」
楓「敵情視察なんだから当たり前でしょ?舐められたらたまったもんじゃない」
夕太くんはわっかんないなーと呟きながら駅弁の天むすを広げてむぐむぐ頬張り始めた。
楓「桜山流のボンクラ息子を前に、蓮池流の看板を背負ったこの俺が半端な姿で現れるわけにはいかないの」
夕太「ふーん。めっちゃ意識してんだね」
楓「まぁね」
桜山流の技と美意識をこの目で確かめ、自分の作品に
新たな息吹を吹き込もうと化粧も着物もいつもより念を入れて整えた。
夕太くんの言う通りで今日の俺はかなり気合が入ってる。
ちなみに夕太くんが東京に向かう理由は、俺とは全く
関係ない。
夕太くんの1番上の陰気なロリータ姉貴が原宿のラフォーラで自作ロリータブランドのポップアップを開催するんだとか。
楓「……それより夕太くんこそ、そのカラコンは何さ」
夕太「よくぞ聞いてくれました!もう朝からまじで大変だったんだよ!!でんちゃんこんなん入れてよく華なんてできるよね」
楓「夕太くんは視力いいから普段コンタクトなんてつけないもんね。にしてもロリータ姉貴も難儀な女だな……」
夕太「まぁお小遣い貰えるしやる以外ないっしょ」
ロリータ姉貴はバイト代を弾む代わりに手伝い兼モデルとしてそれはもう着飾って接客させる気満々らしい。
まあ姉貴は人件費は掛からないし、夕太くんはお小遣いが貰えるWinWinではあるよな。
夕太「向こうに着いたらスタッフさんがメイクも髪も
やってくれるんだって。でもカラコンだけは先に入れて目を慣らせってうるさくてさー」
その結果、夕太くんは普段の綺麗なヘーゼル色の瞳とは全く違う禍々しい真っ青なカラーコンタクトを着用しているという訳だった。
ついでにいえば金髪を通り越したほぼ白髪……グレー?みたいに髪も染められていて、あのクソ姉貴は素材を
活かすって言葉を知らんのか。
楓「え、てか夕太くんまさかロリータ着るの?」
夕太「ロリータってかこう……何か短パンとこう、少年の……伯爵の……何て言ってたっけな」
楓「あー……」
話を聞けばポップアップのコンセプトは『Winter Nocturne』。
ゴシックロリータ特有の重厚感やダークな美学を再解釈した新作アイテムを並べるらしいけど……。
あのロリータ姉貴、自分が黒髪の一重瞼だからって夕太くんに夢全部乗せやがってとつい舌打ちしてしまう。
夕太「冬と漆黒がなんの関係があんだろと思うけど……バイトとしてきっちり、いちねえの言われるがままに
頑張ってくるよ」
夕太くんは呑気に笑ってるけど、どうせ濃紺や黒のテーラードジャケットの下にフリル付きのシャツとか着せて、膝丈ショートパンツにハイソックスと革靴を履かせる気だよ。
そんでネクタイや懐中時計、トップハットでゴテゴテ着飾って少年伯爵のようにするつもりなんだと夕太くんの拙い説明でも伝わってきた。
夕太くんはそのままで可愛らしいのに。
余計な飾りなんて1つもいらないんだよ。
楓「ねぇ夕太くん、服着たら必ず写真撮って送ってよね」
夕太「えーやだよ!!」
楓「どうしてさ。絶対似合___」
「2人とも、富士山が見えますよ」
その瞬間、邪魔をするように俺たちの後ろの席から
聞こえる声につい2回目の舌打ちをしてしまう。
楓「山如きで何をハシャいどんだババア!!」
夕太「おー!綺麗!おばさん教えてくれてありがとう!」
夕太くんが立ち上がって後ろのババアにお礼を言うと、
「ほら夕太くんこれを見てごらん、スマホでこんなに
綺麗な写真が…おや、このパンは美味しいね」
今度はハゲジジイが浮かれた声を上げやがった。
楓「何人のを勝手に食っとんだ、ハゲデブ!!
寄越せ!!」
実は俺らは2人で東京に向かっているのではない。
俺が敵情視察に行くって夕太くんがババアにポロッと
漏らしたのをきっかけに、こいつらまで同じ日に夫婦
水入らずで東京観光するとか抜かしやがって結局両親
同伴。
東京なんて仕事で何度も行ってるくせに何が今更観光だ。
夏の華展も終わって久方ぶりの休暇旅行とか最もらしいことを言ってるが、俺がどっかで問題起こさないか
見張りも兼ねてるんだろ。
楓「俺は本気で仕事してるのにクソがよ……」
夕太「仕事ぉ?でんちゃんのはただの覗き見だよ」
楓「人聞きの悪いこと言わないでよ」
夕太くんは再び席につくとイラつく俺を気にもせず
ババアから受けとった紙袋を開けてパンオショコラを
食べ始めた。
楓「大体こっちは湿気た金山みたいな場所でちんまり
展示しとんのに……なぁーにが渋谷だよ」
でかい流派とはいえ、あのボンクラ息子如きで渋谷で
大々的に展示できるのが気に入らない。
しかも今回とはまた別に、青年部用の出来たばかりの
華道会館でのワークショップも決まっていると噂には
聞いている。
ハゲも耄碌こいたジジイも俺に散々でかい顔しとるくせに何が金山だ。
東京の会場を抑えろとは言わんがせめて名駅か栄付近でもっと広くて新しい綺麗な会場を真剣に抑えて来いってんだ。
楓「おい、どうせ暇だろ。銀座店のFONDI行ってこい」
夕太「もー!!でんちゃん!!」
苛立ちをぶつけるついでにFONDIの冬のレオパード柄
コートを強請ろうとした途端、夕太くんが頬っぺを膨らませて怒り出す。
「ははは……楓、欲しいものは全部メールに画像と一緒に送っておきなさい。少し観光したら買ってきてあげるよ」
楓「……随分物分りがいいな」
「だって楓さんは秋からは___」
「おっと母さん、まだ言ってはいけないよ」
………早めの仕事料ってか?
ハゲが口止めするということは何かしらまた俺は多忙になるのだろう。
先に買ってくれるのであれば何でもいいと早速欲しい物をスクショをしまくれば、横で夕太くんは難しい顔をしていた。
夕太「でんちゃん、秋から相当忙しいんじゃないの?」
楓「だろうね。文化祭と被らなきゃいいけど」
夕太「……ふーん」
夕太くんは俺の言葉に何故かくふくふと嬉しそうに
微笑んだ。
本日は小話!
続きます✨




