265.【時が来たら】
梓蘭世はテレビの世界にまた戻れるのだろうか。
今日1日のバイトを経て、本音が思わず口からこぼれて
しまった。
三木先輩はしげしげと俺を見つめどこか探るような視線を向けるが、俺は構わずに言葉を続けた。
雅臣「やっぱりモデルじゃなくて……もっと、こう、
梓蘭世らしく輝ける場所があるんじゃないかと……」
___余計なお世話だなんて、分かってる。
でも、あんなに節制して身を削るように努力する姿を
見ていると、もっと自由に輝ける場所があるはずだと
思わずにはいられなかった。
子役の頃のようにはいかないかもしれないが、あの人はテレビの画面や大舞台でこそ魅力が映える気がする。
ポタージュを飲んで美味いと呟いた時の気の抜けた無防備な表情を見たらどれだけ張り詰めていたか改めて
実感した。
それが仕事とはいえもう少し心身をすり減らさないものであって欲しい。
三木先輩は本気で心配する俺をじっと見つめると、
三木「時が来たら戻るさ」
どこか全てを見透かしているような余裕のある笑みを
浮かべた。
確信に満ちた口調で言い切るその姿に、俺の心配は無用なものだと知る。
三木「お前は優しいな。蘭世のことを本気で心配してるのは雅臣くらいだぞ。」
雅臣「え?い、いや、そんな……」
先輩の言葉に、俺は思わず口ごもる。
俺が梓蘭世のことを気になって仕方ないのはきっと
ファンだからというのもある。
でも、それだけじゃない。
梓蘭世は芸能人ならではの華とオーラを纏っているのに、どこか壊れやすいガラス細工みたいな危うさを秘めていて目が離せないのだ。
三木「それに人の心を癒す空間を作るのが上手い」
スープジャーの入った袋をちらと見る三木先輩に、俺のしたことは無駄じゃなかったと気づく。
三木「___だけどな」
ポタージュを飲んで梓蘭世の心が少しでも軽くなった
ならいいと喜ぶ俺を見つめる先輩の声が急に厳しくなった。
三木「蘭世は甘やかすとろくなことがない。あいつの
ことは心配しなくて大丈夫だ。後ろで俺がしっかり手綱を引いてるからな」
苦笑する先輩の声には誰よりも梓蘭世の全てを把握している自負が滲んでいた。
素人の俺には梓蘭世がこの先どんな道を歩むのかなんて何1つ想像がつかない。
でも先輩にはきっとこの先のビジョンがしっかり見えているんだろう。
それなら俺は梓蘭世が自分のペースで、自分の納得いく場所が見つけられるように心の奥でひっそりと願うだけだ。
雅臣「出過ぎたことをすみません。今日もありがとう
ございました!!また明日もよろしくお願いします」
この人に任せておけば何の心配もないと、俺は頭を
下げた。
三木「明日は9時から来れるか?それと動きやすい服と靴で来てくれ」
雅臣「わかりました!」
事務所を出ると、蒸し暑さが俺の顔を包み込む。
夏の名残のような湿気が肌にまとわりつくが、何故か
それが頭を少しだけクリアにしてくれる。
夕日の赤みが薄く残る帰り道を歩きながら、俺は今日1日のことを静かに振り返った。
オーディションを無事に終え、梓蘭世がしばらくの間
プレッシャーから解放されて良かった……。
あの自由でどこか危うい輝きが梓蘭世に1番相応し場所で輝きますように。
1番星に願いをかけながら地下鉄までの道のりを歩く。
……それにしても。
俺は梓蘭世の将来を心配する前に、自分の将来をちゃんと考えないと。
一緒の大学に行くって約束したもんな。
自分の将来が他人任せだなんて情けない話かもしれないが、梓蘭世との約束だと思えばその選択に後悔することはない気がした。
あの約束が俺の中で大切なものなって、それに応えたいと思う。
「明日の天晴くんさ___」
その瞬間、目の前を髪にリボンを結んだ女の子たちが
駆け抜けていく。
その名前を追うように振り返ると、カラフルジュエリストのカードみたいなものを鞄からぶら下げているのが目に入り、天晴さんのファンだと気がついた。
雅臣「分かるわけないよな……」
たった2日間バイトしただけ、社会の厳しさは実感できても芸能界のことなんて俺にはさっぱり分からなかった。
キラキラした舞台の裏側は深く複雑で、俺みたいな素人ができることなんてほとんどない。
だからこそ、梓蘭世との約束だけはちゃんと守りたいと思った。
俺だけは裏切らないことを証明するためにも勉強を頑張るのと同時にファンレターでも書こうかな。
梓蘭世がどんなに遠い世界に行っても、俺なりの応援を伝えたい。
ささやかでもあの人の心を温められる何かを、俺はこれからも作っていけたらいいなと強く思う。
夕日の最後の光が消える中、俺は少しだけ軽い足取りで家路を急いだ。
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明日からは小話です!!
雅臣がバイトしてる間楓たちはというと……?




