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263.【美しさに潜む影】




俺は驚いた顔つきの赤木さんを見て、もしかして梓蘭世に決まったことは機密情報だったんじゃと真っ青になる。


つい口に出してしまったが赤木さんはバイトとはいえ

一応二階堂さんのお店のスタッフなので他に漏らすことがないと信じるしかない。


バイト初日に事務所のことを迂闊に話さないように注意されていたのに……。



郁巳「そう、……蘭世に決まったんだ」



大変なことをしてしまったと焦る俺の隣で赤木さんは

噛み締めるように梓蘭世の名前を呟いた。


さっきまでとは違って顔も暗く、何だか空気が一瞬で

重くなった気がする。


どことなく気まずい沈黙が漂う中、赤木さんが少し

バツの悪そうな笑みを浮かべた。



郁巳「あー……実は俺も同じ事務所だったんだ」


雅臣「え!?」



突然の衝撃発言に声が裏返ってしまった。


この人も元三木プロダクション出身なのか!?


だから俺が三木プロでバイトしていると聞いて驚いて

いたのか。


確かに赤木さんの整いすぎな顔立ちや佇まいにはどこか芸能の香りが漂っていたけど、まさかそんな過去があったなんて。


ミーハーな俺はつい好奇心が疼くが、



郁巳「もう辞めたんだけどね」



伏し目がちに呟く赤木さんの表情に複雑な影が見えて

口を閉ざした。


軽い口調の裏に何か重いものが隠れている気がして、

できるだけ言葉を選んで当たり障りのない会話を始めた。



雅臣「最初に赤木さんを見た時、絶対芸能関係の方だって思いました」


郁巳「何言ってるの?俺なんか全然。華もオーラも何にもないし」



……。


……え?


華もオーラもないだなんて、何を言ってるんだはこっちのセリフだ。


鯛焼きが全くそぐわない、造形美としか言いようのない顔を見つめると赤木さんは自嘲気味に笑っている。


どうやら本気でそう思っているようで首を傾げるが、

それでも芸能界出身と知ったからには迂闊に口を出すことは出来なかった。


華々しい芸歴を持つ梓蘭世でさえ悩みがあるんだから、こんなに美しい人でも芸能界を辞めなければならなかった理由がきっとあるんだろう。


俺はただ黙って笑顔を返すしかできなかった。



郁巳「でも、蘭世がモデルかぁ……意外かもね」



平日でも大須は夏休みの学生でそれなりに賑わっていて、赤木さんは俺たちの目の前を通り過ぎる人を眺めながらぼんやり呟いた。



雅臣「えっと、その……彼なりに色々模索してると言いますか……」


郁巳「羨ましいよ。何でもできるんだから」


雅臣「は、はは……」



鯛焼きを食べ終えた赤木さんは包装紙をくしゃりと握りしめた。


今の言葉にどう返せばいいんだろうか?


梓蘭世への憧れとは違うどす黒い感情が垣間見えた気がして胸がざわつく。



郁巳「親も本人も有名で、顔もいい。成長して子役の頃より遥かに目を引くのに今は芸能界にいない」


雅臣「……」



解剖するように、言葉を1つ1つ丁寧に並べていく赤木さんと俺の目が合う。


感情のない目を避けるように俺は慌てて鯛焼きを1口齧ると熱いあんこが舌を焼くが、胸のモヤモヤを誤魔化すには十分だった。


さっきから赤木さんの言葉の裏に隠れる影がどうにも

居心地悪い。


梓蘭世に対する嫉妬なのか、それともただの羨望か。


どちらにせよあまりいい感情じゃない気がして、早く

三木先輩の元へ戻ろうと思うとたい焼きを慌てて口に詰め込む。



郁巳「まあ、蘭世は二階堂さんの手掛ける服のイメージに合うんだろうね」



まるで梓蘭世が二階堂さんのモデルをやれているのは

ただイメージに合うからだけだとでも言うような、絶妙に含みを感じる話し方はやっぱり梓蘭世に何か思うところがあるのだろう。


しかし俺は梓蘭世のファンとしてこれだけはハッキリ伝えなければと口を開いた。



雅臣「……あの人はきちんと努力してますから」


郁巳「努力?」



力を込めて答える俺に赤木さんは眉を上げて冷めた目をするだけだった。



雅臣「梓蘭世は過去の栄光に縋らず、日々努力し進化し続けてるんです!」



さも梓蘭世が努力なんかせずに楽に幸運を得てるかのような雰囲気に納得がいかず俺は言葉を続ける。



雅臣「ほ、本当に凄い人なんです!」



あの人が今まで俺に話してくれた本音を思い出して、

誰もが簡単に生きてる訳じゃないんだと更に語気を強めた。


ただの有名な子役で終わらないために今も必死にもがいて戦っている。


俺はつい赤木さんにも分かってほしいと思ってしまい、大きな声で熱弁する自分を止められなかった。



郁巳「……へぇ、栄光ね」



赤木さんが呟くその声に、微かな冷たさが混じっているのを俺は見逃さなかった。



雅臣「そ、それに梓蘭世をいつまでもモデルにさせて

おくつもりはありませんから!!ははは!!」



俺は急に声を張り上げ無理やり笑うが、自分の会話の

下手さに絶望的な気持ちになった。



___だ、ダメだ。



俺の気持ちだけが変に空回りしすぎていて、赤木さんに梓蘭世の努力が全然伝わってない。


それにこの話題をこのまま続けるのは非常に危険な気がする。


俺がどう言おうときっと赤木さんの中の梓蘭世に対する影のある感情は簡単に無くなるものではなくて……

というか俺がまた余計なことを口走ったせいでおかしい程気まずい雰囲気になってしまった。


蓮池にコミュ障と言われるわけだと肩を落とすと、突然赤木さんの目に鋭い光が宿る。



郁巳「ねぇ、それって春樹くんが言ったの?」


雅臣「春樹くんって……み、三木先輩は___」


郁巳「ごめん、何でもない」



急ぐように言葉を被せた赤木さんは立ち上がって握り

潰した鯛焼きの紙をゴミ箱に放り投げた。


微妙に重い空気だけが残ってしまいどうしようかと冷や汗が止まらないが、



雅臣「……あっ!!ポタージュ!!」



ふとポタージュを持ってきたことを梓蘭世にまだ伝えていないことを思い出す。


買い物も済んだし、いつまでもここで話し込んでないで三木先輩に連絡しないと。


昨日の反省を活かさなければと急に胸に焦りが

広がった。



郁巳「ポタージュ?」


雅臣「すみません突然……梓先輩がご飯食べてないの

思い出して」


郁巳「朝ごはん食べてないの?」


雅臣「いえ、そうじゃなくて、二階堂さんのモデルの

仕事取るためにかなり無理して節制してたから……胃に優しいポタージュを作るって約束したんです」



首を傾げる赤木さんに俺は一応説明すると、驚いたように目を見開き持ち帰り用の鯛焼きの袋を落としかけた。



雅臣「芸能界って……厳しいですよね。すみません、

俺そろそろ戻ります。買い物手伝っていただきありがとうございました!!」


郁巳「い、いや……」


雅臣「またお邪魔する機会があれば、よろしくお願い

します!」



梓蘭世の節制しすぎの華奢な体を思い浮かべて、俺は

頭を下げスマホを手に取り走り出した。





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