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261.【不条理な世界】




梓蘭世を追ってスタジオの扉を押し開けると、残って

いた全員が一斉に視線を投げ、ざわめきが波のように

広がった。



ざわめきの中心は、怒気を纏った梓蘭世だ。



会場に再び戻ってきた梓蘭世に関係者たちの瞳は釘付けで、刃のような輝きを放つ姿に誰もが魅了されている。



雅臣「三木先輩、すみません……俺、」



連れ戻したものの怒らせてしまって、と続けるより先に二階堂さんの鋭い声が割り込んだ。



「11番、最初からその表情してよ」



椅子に腰掛けた二階堂さんの言葉がマイク越しにスタジオ全体に響くと、梓蘭世はつかつかと近づき挑発的な目つきでその前に立った。



蘭世「てめぇの目が節穴なのを俺のせいにしとんなよ」



その言葉に、スタジオ内の空気が一瞬で凍りつく。


せ、せっかく合格したのになんてことを……!!



オーディション主催者である二階堂さんを真正面から

射抜く梓蘭世に、俺は心臓が止まりそうになった。


しかし二階堂さんは場違いなほど軽やかにヒュウと口笛を吹いた。



「11番を5着にしてメインも任せる。これで確定ね」




………。


……………え?




「あぁそれと、38番はありがとう。帰っていいよ」




ど、どういうことだ!?


あまりの急展開に状況がよく飲み込めないが、これは

二階堂さんの気が変わって38番の衣装も梓蘭世が勝ち

取った……ってことなのか?


周りの様子を伺うと二階堂さんの決定事項に誰もが

戸惑っている。



三木「さすがだ、雅臣」



そんな中、三木先輩が満面の笑みを浮かべて俺の背中を力強く叩いた。



雅臣「は、はい……?」


三木「俺ではあの表情まで引き出せない。さすがだよ、雅臣に任せてよかった」



……俺が引き出した?


満足気に頷く三木先輩を見て、梓蘭世のあの怒りに

満ちた表情が追加の衣装を決めた勝因となったのだと

気がつくのにかなり時間が必要だった。


お、俺の余計な一言がこんな形で役立つだなんて……。



三木「この分は給料に上乗せしとくからな」



しかし38番のモデルが肩を落としてスタジオを出ていく背中を見ながら、俺はどうしようもない罪悪感を覚えた。



___確かに仕事は決まった。



でもこの後味の悪さはどうすればいいんだ?


俺が無意識で梓蘭世を焚き付けた結果、知らない誰かのチャンスを奪ってしまったみたいで胸が痛む。



三木「……雅臣、仕事中だぞ。公平な世界なんてないって言っただろ?しゃんとしろ」


雅臣「は、はい」



三木先輩は隣で落ち込む俺を小声で一蹴した。



『公平な世界なんてない』



抽象的に感じていた言葉の意味が、実際に目の前で

分かりやすく形になると残酷で怖くなる。


でも俺は今三木プロに雇われている身で、何か言える

立場でもないと気を引き締め直すしかなかった。



「修さんももう終わったなら帰っていいよ。店の休憩

変わってあげないとでしょ?」


「ほーい、ほんなら行こかな」



これでオーディションは終了のようで、二階堂さんが

スタッフに話しかけているところに三木先輩が声を掛ける。



三木「お忙しいところ恐縮ですが修司(しゅうじ)さん、お店戻られます?受け取り予定のアクセサリー、うちのスタッフに渡して貰えると助かるんですが……」


「あー!そやったな!!すまんすっかり忘れとったわ」



〝しゅうじさん〟と呼ばれる男性が関西弁風の軽快な

話し方で明るく笑うとスタジオの硬い空気がほんの少しだけ和らいだ。


三木先輩は俺の方に視線を移すと新たな仕事を追加した。



三木「今からフィッティングに入るから、買い物ついでにPara_kidで荷物受け取りも頼んでいいか?」


雅臣「あ、は、はい!もちろんです!」



天晴さんに色々買い物を頼まれていたことをすっかり

忘れていた……。


頭のどこかでさっきの重苦しいオーディションの雰囲気がまだまとわりついていたが、そんな場合じゃないと反射的に頷く。



三木「修司さんが案内してくれるから着いて行ってくれ。1時間半くらいしたら終わると思うから、その頃連絡するよ」


蘭世「三木さん、打ち合わせ入るって」


三木「今行く」



先輩はすぐに二階堂さんと共に颯爽と打ち合わせに向かった。


荷物の受け取りという口実のおかげで、ようやくこの

スタジオの重たい空気から一時解放される気がして

ふっと息をつくと、



修司「ほな、行こか!」



にっこりと笑いかけられる。


陽気な笑顔に白い歯が輝き、短く刈った髪とカジュアルなTシャツにジーンズのラフなスタイルが親しみやすい雰囲気だ。



雅臣「お、俺、藤城っていいます。案内よろしくお願いします」


修司「なぁんやめっちゃ礼儀正しい子やん」



しゅうじさんは笑顔で肩を叩いて名刺を渡してくる。



雅臣「あの、俺入ったばかりのバイトで……名刺とか

持ってなくてすみません」


修司「ええって!気にせんで!大人はこーいうのせな

あかんねん」



そう言ってまた笑う褐色肌の彼の名刺には〝呉修司(くれしゅうじ)〟と名前が記されていた。


呉さんの屈託ない笑みをみて何となく柊を思い出す。


……柊も蓮池もどうしているだろうか。


合宿からまだ数日しか経ってないのに随分会ってないみたいに感じて少し寂しくなるが、呉さんに背中を押されてドアへ向かうと、ふと視線を感じて振り返る。


視線の主は梓蘭世で、目が合った途端になぜか思い切り舌を出された。


まるで子供の悪戯のような仕草に、俺は苦笑いを浮かべ前を向いてくださいと手を差し出す。


踵を返して二階堂さんの元へいく梓蘭世を見送ってから俺は呉さんと一緒にスタジオを出た。




______


____________




修司「へー!ほんなら3日間お試しバイトなんや!」


雅臣「そうですね」


修司「最近の若い子はしっかりしとるねぇ」



オーディションを行っていたスタジオは大須と一括りに言っても上前津(かみまえづ)という駅に近かったらしい。


正直あの入り組んだ路地にある『Para_kid』に辿り着けるか不安だったので呉さんが案内してくれて本当に助かった。


俺なんかにフレンドリーに話しかけてくれて会話も弾む中、角地に洗練されたお店が見えてきた。



修司「ほい、とうちゃーく!いくー!!ただいまー!!」



店の扉を開くと、カウンターの向こうで服を畳んでいた店員さんがふっと顔を上げる。



___な、なんだこのCGみたいな美形は!?



俳優の卵なのか、それとも既に有名なモデルなのかと

梓蘭世以来の衝撃を受ける。


サラリと流れる髪にシャープな顎が尖っていて、ファッション誌からそのまま抜け出してきたような佇まいだ。


梓蘭世とはまた違うタイプの美形を見つめながら、今日は人間離れした人ばかり見てる気がすると頭がクラクラした。



「修司さん、お疲れ様です」


修司「客入りどやった?」


「そこそこでしたよ。えっと、いらっしゃいませ?」



店員さんの視線が俺に向き、ふわりと微笑まれると秒速で心を奪われる。



雅臣「お、お綺麗ですね………」



あまりにも綺麗すぎてつい口をついて出た言葉に、

店員さんはぱちぱちと瞬きをした。




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