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260.【価値の無駄遣い】




「11番が3着、38番が1着……」



モデルたちの番号と割り当てられた衣装の数が、次々と読み上げられていく。


まだ衣装さえ着せて貰えない人もいるというのにこんなにもあっけなく決まってしまうのか。


結局何が基準だったかはわからないままだが、梓蘭世の割り当てられた衣装の数が1番多いことに少しだけ安心する。


晴れて二階堂さんの目にかなったモデルたちは衣装を

脱ぎ私服に着替えるためにバックヤードへ消えていった。



雅臣「良かったですね」



俺は嬉しくなってこそっと三木先輩に話しかけるが、

先輩は片眉を上げ軽く肩をすくめるだけだ。



……もしかして、何か不満なのか?



せっかくモデルとして選ばれたのに微妙な表情をする

なんてどういうことだと首を傾げていると、



蘭世「……クソがよ」



ちょうど着替えを終えた梓蘭世が低く呟きながら俺たちの待つ壁際に戻ってきた。


その顔には明らかに苛立ちが滲んでいて、合格したのに機嫌が悪いなんて全く理解ができずに困ってしまう。



雅臣「お、お疲れ様です!」



とりあえず慌てて労いの声をかけるが、それもむなしく事態はすぐに動き出した。



三木「……3着か」



三木先輩がふむ、とわざとらしく顎に手を当て考え込むような仕草を見せると、梓蘭世の目が一気にキツくつり上がった。



蘭世「不満なのかよ」


三木「いや?今日はそんなもんだろうと思ってたよ」


蘭世「は?改善点あんなら言えよ」



…………。


………胃が痛い。


ようやくオーディションが終わったというのになんで

こんなに空気が悪いんだ。


間に立たされた俺はオロオロしながら2人の顔を盗み見るが、三木先輩は何も気にならないのか涼しい顔のままだ。


一方、梓蘭世は苛立ちに内なる炎を覗かせていて、この人は怒ると恐ろしいほど綺麗になるなとどこか惹かれて見つめてしまう。



三木「改善点?特にないよ。この結果はお前がイメージに合わなかっただけだ」


蘭世「___死ねよ」



軽い調子で返され苛立ちが頂点に達した梓蘭世は三木

先輩に思い切り鞄をぶつけるとそのままスタジオを出て行ってしまった。



ど、どうしてそんな煽るようなことを……!!



お疲れの一言くらい掛けてもいいじゃないか!!!


周囲の関係者たちがチラチラと視線を投げてくる中、

俺はどうすればいいの分からずますます狼狽えてしまう。




「……へぇ、いいね。もう1回見ようかな」




突然、静まり返ったスタジオで二階堂さんが呟いた。


い、いいって?何がいいんだ?


俺は混乱しながら二階堂さんを見るが、彼はただ思案に耽るように顎を撫でているだけだ。


だが三木先輩はその言葉を聞き逃さなかったのか、

涼しい顔で俺の方に視線を移してきた。



三木「雅臣、急いで蘭世を追いかけて呼び戻してきて

くれないか?」


雅臣「え!?」



思わず声が裏返るが、三木先輩はニッコリ笑い俺の肩をポンと叩く。



三木「お前が適任だから早く行ってくれ。駐車場に

向かってるはずだ」



さっきの殺気立った梓蘭世の目つきがリプレイされ、

本当に嫌な予感しかしない。


……でも、これも仕事だよな。


頷きつつも少し怯えながら俺は梓蘭世の後を追うべく

走り出した。




______


_______________





エレベーターを降りてダッシュして外に出て角を曲がり、駐車場付近でようやく梓蘭世の背中が見える。


背後から見ても殺気が伝わり、周囲には誰も近づくなと言わんばかりのオーラが漂っている。



雅臣「ま、待ってください!梓先輩……!!」



怒鳴られるのを覚悟して声を絞り出すが、振り返った

梓蘭世の姿に思わず息をのんだ。


怒りに燃える瞳が宝石のように輝き、美しさと怒気が

混在する顔はとても綺麗だ。


怖いのに目が離せず、俺は黙ったまま見惚れてしまった。



蘭世「……何だよ」



ぼーっと立ち尽くす俺を訝しんだ梓蘭世は眉根を寄せるが、



雅臣「み、三木先輩が戻って来て欲しいと……」


蘭世「はぁ?」


雅臣「二階堂さんが、何かもう1回見たいとか呟いて

いまして……その関係かと……」



しどろもどろに話す俺に、梓蘭世の眉間の皺はより深く刻まれた。


こ、怖……。


キツイ眼差しに心が縮こまるが、己に落ち着けと心で

言い聞かせる。


蓮池の般若を背負ったみたいなあの顔に比べれば何も

怖くないだろ。


無理やり口角を上げて目の前の鬼神の返事を待っていると、しばらくして大きなため息が聞こえた。



蘭世「最初っからそう言えよ勿体ぶりやがって……

俺以外ないだろうがバカかよ」



そう苛立たしげに言うと、梓蘭世は身を翻した。


怒りに燃える姿は誰よりも美しく際立っていて、ここにスポットライトなんてないのに目を引いた。


やっぱり梓蘭世は選ばれし人で、これからモデルとしても引く手あまたの存在となるだろう。


でも……。



雅臣「梓蘭世はどこにいても綺麗ですけど……」


蘭世「あ?」



ぽつりと呟く俺に気づいた梓蘭世の視線が突き刺さる。


梓蘭世の怒りに今から絶対に油を注ぐ自信はあるが、

それでも俺は口を開くのを止められなかった。




雅臣「俺は梓蘭世の無駄使いをしないで欲しいです」




オーディションの冷たい空気や品定めするような視線、モデルたちの疲れた表情___。



あそこに梓蘭世がいる必要なんてあるんだろうか?



梓蘭世は稀有な存在で、もっと自由に、モデルではなく子役時代のような輝きを放てる場所にいるべきだと俺はオーディション中痛感した。



雅臣「この仕事は梓蘭世に向いてないと思います」



強い衝動が俺の心を駆り立て、勇気を振り絞って続ける。



雅臣「……子役の頃の最盛期を超えるために模索してると思うんですけど、それは自分の価値を消費するだけ

だと思います」



子役時代の輝く姿最盛期を超えようともがいているのだとしても、このままでは梓蘭世が自分自身を消費して潰れてしまう。



雅臣「同じ舞台なら、モデルじゃなくてミュージカルとか演技とか___」




しかしその瞬間、梓蘭世の怒気が爆発した。




蘭世「何知った口聞いとんだ!!たかが2日事務所に

いただけで業界人気取っとんなよ!!!」




舞台仕込みのよく通る声が嵐のように響き、つい身震いしてしまう。



蘭世「消費!?もがいてる!?馬鹿なこと言っとんなよ!!!俺はな、俺自身を高めてるだけだわ!!」



怒りに震えながら吐き出した言葉は本物で、俺の心配を一蹴する。



蘭世「二度と俺の心配なんかすんじゃねぇぞ!!!

てめぇは親金の心配でもしてろ!!!」



どうやら俺は火に油どころか爆弾のスイッチを何発も

押したくらいにとんでもないことを言ってしまったらしい。


烈火の如く怒り散らかしてスタジオに戻るべく走り出した梓蘭世を慌てて追いかけるが、足はまるで鉛のように重い。



……どうして俺はこうも余計なことばかり言ってしまうんだ。



先を行く背中を見つめながら俺は自分の口の軽さを恨んだ。


読んでいただきありがとうございます。

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