29.【辞められなくなった】
三木「それがあと1人なんだが中々集まらなくてな」
三木先輩がため息をつくが、待て待てとつい口を出しそうになる。
あと1人ってなんだよ。
頼むから名前を貸しただけの俺をそこにカウントしないでくれ。
眉を顰めたくらいでは全員察する事もなく、椅子を蹴り倒してしまいたいのは俺の方だとイライラしてきた。
こうなったら顧問の小夜先生に話し合いの場を設けてくださいとお願いするしかない。
名前を貸すだけの約束だったのにいつのまにか俺1人が部員集めをしなければならない状況になっている事、そしてサークル参加なんてもうしたくない事、ついでに梓蘭世が俺を目の敵にするのもどうにかして欲しい事、言いたい事が山程ある。
今日の帰りに何としても担任をとっ捕まえて全部言ってやる。
そんな鬱屈した思いを抱えながら、とりあえず今だけの我慢だと言い聞かせ先輩2人のやり取りに口を挟むのは辞めた。
桂樹「やっぱ集まってねぇのか、まあ三木嫌われてるもんなー」
き、嫌われてる…?
中々酷いことをハッキリと……
この桂樹先輩の感じからすると茶化しているだけ……いや、それとも本気で言ってるのか?
三木「お前と違って俺は人望がないからな」
乾いた声で笑う三木先輩の言葉が強がりなのか謙遜なのかもわからない。
2人の顔色からは何も窺えないが、前に桂樹先輩が三木先輩はキツいところがあると言っていたし、嫌われるまでいかないにしても押しが強いのは事実だ。
現に俺も被害を被っている。
その場の全員が見ている中で突然三木先輩は思いついたようにそうだ、と手を鳴らし目を光らせた。
三木「リオ、お前名前貸してくれないか?」
…この人が嫌われているというのは本当かもしれない。
何という無神経さ。
合唱部をさっさと辞めた張本人が普通そんな事頼むか?
しかも桂樹先輩は三木先輩が辞めるのをあんなに反対していたじゃないか。
あまりにも図々しくおかしい発言に俺と同じ気持ちの人は居ないのかとチラと周りを見ると、柊が何か言いたげな顔して立ち上がった。
こいつも俺と同じ気持ちなのかと思うと、
夕太 「それいい!先輩ピアノ弾けるよね!?じゃあSSCの作曲とか任せられるし万々歳じゃん!!」
な、何が万々歳だ馬鹿!
ふざけたことを抜かしやがって!!
まだ何も言っていない桂樹先輩の周りを目を輝かせながら煩くチョロチョロ駆け回る柊を睨み、この馬鹿と言ってやろうかと思ったがワイヤー並に神経の図太い柊に期待した俺の方が馬鹿だとため息が出た。
桂樹「いやいやいや、俺様子見に来ただけだし…」
ご最もな返しの桂樹先輩に、こいつら相手に名前だけ貸すのは不可能ですよと今すぐ教えてやりたい。
文化祭の発表だの辞めるなら代わりを見つけろだの俺を拘束しておいて図々しい。
そして今、柊がしれっと作曲を依頼とか抜かしやがったのを俺はちゃんと聞いていたぞ。
ピザパーティーみたいなイベントサークルみたいなこと言ってたくせに、実は本気でやるつもりだった事を知ってますます辞めたくなった。
このままでは桂樹先輩まで同じ手で言いくるめられてしまう。
今すぐ逃げた方がいい。
現にあれこれ巻き込まれてうんざりしている俺は、一所懸命桂樹先輩にや・め・ろと目配せをする。
夕太「生徒会が、とかそれっぽいこと言ってましたけど結局はミルキー先輩が心配で見に来たんですよね」
にこっと笑う柊が、どうやら確信をついたみたいだった。
バツが悪そうに頭を掻きながら言葉を濁す桂樹先輩に柊はここぞとばかりに畳み掛ける。
夕太「麗しい友情!ほらここ、ここに名前を書くだけでミルキー先輩の様子を堂々と見に来れますよ!」
桂樹「…ミルキー?」
桂樹先輩が誰のことだと首を傾げる。
夕太「みきはるき、でミルキー先輩!」
それを聞いた瞬間、桂樹先輩は吹き出した。
桂樹「ミルキー!三木お前後輩にミルキーとか呼ばれてんのかよ!似合わねぇ!」
桂樹先輩が大笑いしながら三木先輩の背中をバンバン叩いている間に、柊は用意周到に入部届をリュックから出してきた。
ひたすら押しまくる柊に俺はついに我慢ならずついに横から口出しした。
雅臣「強引すぎるだろ!!桂樹さんだって__」
桂樹「雅臣もサークルここなんだっけ?」
突然俺に話を振られ驚くも、これは頷いていいのだろうか。
いえいえ俺も名前だけ貸してるだけですよと言うべきなのか、それとも今すぐこんな変なところは辞める予定ですとハッキリ言うチャンスなのか。
雅臣「えっいや、俺は…まぁ」
桂樹先輩が危険を察知してくれて尚且つ三木先輩に角が立たない言い方を考え倦ねていると、桂樹さんは俺の肩に手を乗せた。
桂樹「雅臣いるなら入ってもいいかぁ」
雅臣「え!?」
何で俺?という疑問が浮かぶが純粋に少し嬉しくなった。
桂樹「__て言っても、6月後半からはあんま顔出せないぜ?」
梅生「あっ…」
その言葉に突然一条先輩が少し気まずそうな顔をする。
6月後半に一体何があるんだと俺達1年は3人とも首を傾げる。
三木「大会があるもんな。そこはもちろん合唱部の方を優先してくれて構わない」
も、もしかしてあのソロがどうのと揉めてた例の大会か!!
桂樹「……へーへー、三木ペン貸せよ」
三木先輩が胸ポケットに挿していたペンを投げると、左手でキャッチした桂樹先輩は皆が見守る中で入部届けに名前を書いた。
カタカナで力強くリオンと書かれた名前はその華やかな容貌に相応しかった。
俺がそんな名前だったら浮いて仕方ないだろうな。
……いや、今はそんな事どうでもいい。
横目に桂樹先輩を見て、本当に大丈夫なんだろうかと俺が不安になる。
少し気まずそうな一条先輩の顔が当たり前の反応だと思うし、もし合唱部の人達がこの事を知ったらいい顔はしないだろう。
それに俺が名前を貸す一因だと知れたら合唱部の人達に何を言われる分からない。
俺のどこを気に入ってくれているのか分からないが、例え本当に名前だけだとしてもこのまま入部させるのはまずい気がしてきた。
止めるなら今しかない。
雅臣 「あの、かつら__」
夕太「ジュ、ジュリオン先輩!?」
止めようとした俺の隣で、柊が素っ頓狂な甲高い声を出した。
……ジュリオン…?
理解するのに数秒かかったが、
雅臣「バカ!お前どこで名前区切ってんだよ!」
『桂樹リオン』と書かれた入部届を柊が両手で上に掲げる様子を見て、ジュリオンが桂樹先輩のことだと気づいた。
何度も周りが桂樹先輩と呼んでいるのに何故ジュリオンなんてトンチキな名前だと思えるんだ!
楓「……夕太くんさ、自分の苗字が1文字だからって全員1文字で区切るのやめなよ。桂ジュリオンじゃなくて桂樹リオンでしょ、自分も桂樹先輩って呼んでたじゃん」
夕太「そ、そっか…でも紙に書くと…ジュリオンにしか見えなくない?」
何でそうなるのさと呆れる蓮池に今回ばかりは賛同した。
梅生 「……っ…」
三木「ジュリオン!!語感も良いしお前にピッタリじゃないか!!」
ツボに入ったのか珍しく肩を震わせ笑う一条さんに、先程とは立場が逆転し、俺の事は言えないなと三木先輩も大ウケだ。
桂樹「……まぁ好きに呼んでくれよ」
苦笑しながら桂樹先輩が俺に近寄ってきて、
桂樹「名前貸したもん同士仲良くやろうな雅臣」
と、こそっと話しかけてくれた。
桂樹「お前真面目そうだからここ1人で抜けれねーだろ」
片目を閉じる桂樹先輩と目が合って、俺が一緒に付き合ったると言ってくれるのを聞いて感動した。
……こ、この人、なんていい人なんだ!
俺1人で困っていたのをきっとどこかで察してくれたんだろう。
柊や蓮池じゃなく俺が求めていたのはこういう気遣いができる人だ!
しばらくの間その優しさに感動し、動けなかったがふと俺は重大な事に気がついた。
桂樹先輩が入部した今、俺は確実にこのサークルに所属していないといけないよな?
この見るからにイケメンで陽キャな先輩は恐ろしいことにピアノまで弾けるのだ。
サークルの名の通り、もし桂樹先輩が作曲とかし始めたらどうする?
こんなに気遣いが出来る心優しい先輩が、名前だけ貸して済むとは到底思えない。
どうせ俺みたいに何だかんだとこいつらに無理やり巻き込まれて大変な目に遭う事は容易に想像が着く。
それなのに次ここへ来た時にもし俺が黙って辞めていたらどうなる?
俺の印象も地に落ちるだろうし、こんないい人を裏切ったも同然となる。
7人という人数もクリアして非常にこの場が盛り上がってる中で俺は1人青ざめる。
桂樹先輩にやはり2人で考え直そうと声を掛けようとするも、
桂樹「げ、ガク…やべ、俺行くわ!」
誰かから呼び出されたのかスマホの着信に気がついた桂樹先輩はその場を後にしようとする。
しまった、遅かった、タイミングが悪すぎる!
夕太「ジュリオン先輩の歓迎会!今度はタコパしましょうねー!」
大声で叫ぶ柊に向かっておう!と返事をして消えていった。
三木「リオは律儀な男だからな。何だかんだ手伝いに来るだろう」
そう独り言を言う三木先輩に、俺は心の中で中指を立てる事しかできなかった。




