255.【初給料だけど…?】
あの後30分ほど早く終わったものの、今日やることは
もうないと言われ、軽く客間を掃除してから帰宅した。
家に着いた瞬間、気が張っていた糸がプツンと切れた
みたいに肩の力が抜けてようやく一息つけた気がした。
手洗いを済ませてキッチンに立ち、コーヒーメーカーのスイッチを入れるとコポコポと小さな音が響いて香ばしい匂いが部屋に広がっていく。
出来上がったものをマグカップに入れてダイニングに
腰をかけついでに明日の予定をスマホで確認する。
三木先輩に明日の予定を確認したところ、午後から梓蘭世のオーディションの付き添いという名の荷物持ちをするらしい。
二階堂さんのところの新作コレクションは毎シーズン
きちんとオーディションをしているらしく、モデルが確定しているわけではないそうだ。
三木『明日の蘭世はピリついて機嫌が悪いだろうから
上手く頼むぞ』
三木先輩に重々しく釘を刺されたけど、あの我儘王子の機嫌を上手くあしらうなんてどうすればいいんだと
今から荷が重く感じてしまう。
オーナーの二階堂さんと仲が良いからモデルの仕事を
優先的に回して貰ってるんじゃないか、なんて軽率な
考えを口にしなくて本当に良かった。
そんなことを言おうものなら明日は朝から地獄を見ていただろう。
雅臣「それにしても……」
初アルバイトは意外と余裕だったな……。
コーヒーを味わいながら今日の出来事を少し振り返ってみるが中々いい経験だったよな。
色んな人の考えに触れて、自分の悩みのスケールも
わかった。
怒られたりはしたが、基本的にしっかり返事さえすれば何とかなる気がして明日も頑張ろうと前向きな気持ちになれる。
雅臣「そうだ」
マグカップをテーブルに置いて、俺はカバンの中から
封筒を取り出した。
___初給料だ。
くしゃっとした紙の感触に、初めて自分で稼いだという実感がようやく湧いてきた。
毎日業務終わりに給料は手渡ししてくれるとのことで、俺は帰り道このお金で何を買うか真剣に考えた。
三木先輩には学校にバレないよう他言無用と念を押されたけど、俺の頭は使い道でいっぱいだった。
せっかくの初給料だもんな。
母さんに花を買ったり、映画を見に行ったり……。
次から次へと色んな選択肢が浮かび、自分の頑張りを
褒めつつ本当に初めて自分で稼いだ金に感動さえ覚える。
早速ワクワクしながら封筒を開き、中を覗き込むと、
雅臣「……えっ?」
……。
…………。
さ、ささ、3000円?
俺は慌てて封筒から札を取り出し丁寧に数え直すが、
何度数えても3枚きっちりの3000円だった。
い、いや、待て待て待て。
5時間働いて、3000円?
正確には4時間半だったけど、そんな馬鹿な……。
心臓がドクンと跳ね上がり、冷たい汗が背中を伝う。
三木先輩がもしかして金額を間違えているのかもしれなも慌ててスマホを取り出しチャットを開く。
できるだけ失礼のないように、さりげなく時給の話を
聞くしかない。
〝お疲れ様です〟
〝聞き忘れていたのですが、バイト期間の時給って
いくらですか?〟
送信ボタンを押した瞬間、胃がキリキリと締め付けられる。
返信が来るまでの数秒が永遠のように感じて、跳ね上がる心臓を抑えながら必死に平常心を保とうとコーヒーを
1口飲むが味なんてしない。
スマホが震えた瞬間俺はすぐにチャットを開くが、
〝時給は試用期間だから1000円だ〟
〝今日は5時間のうち2時間は蘭世と話してたから、
その分を差し引いて渡した〟
〝明日もよろしく頼むぞ〟
…………。
……………………。
う、嘘だろ!?!?
そういえば俺は子どもの面倒を見てくれと頼まれたが
それも10分ほどで終わって帰ったはずだ。
その後梓蘭世と話してはいたが2時間も時間が経っていたのか!?
そんなに長く話し込んでいただなんてと驚きながらも俺はもう1口コーヒーを飲み何とか落ち着きを取り戻す。
時給と俺が梓蘭世と話していた分は給料に反映されないのはとりあえずわかった。
でも俺はどう考えてもただ遊んでいたように思われてるよな……?
話すのが駄目な訳では無いと思うが、常識的に考えれば立ち話だとしてもせいぜい10分程度だろう。
それなのに俺ときたら2時間もダラダラと話して……。
バイト中だという意識が完全に抜け落ちていた自分の
失態にさっきから冷や汗が止まらない。
三木先輩に休憩していいと言われたわけでもないのに
ただ座って喋っていただなんて、誰がどう見ても仕事もせずにサボってる奴じゃないか。
どうしてあそこで早く話を切り上げて、三木先輩を探し出してまだやることがないかを聞かなかったのか。
『ちゃんと働けよ』
ふいに梓蘭世の帰り際に言われた言葉が頭の中でエコーのようにリピートされる。
あの軽い口調の裏にこんな意味が隠れてたのかと恥ずかしさと不甲斐なさが胸を締め付ける。
せっかく三木先輩の好意で雇って貰ったというのに、
今日の俺は傍から見れば仕事もせずただ喋るだけ喋って帰るだけの使えない奴に違いない。
いてもたってもいられず、俺はすぐさまスマホを開いて
三木先輩のチャットに電話してもいいかと打ち込んだ。
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