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252.【努力の結果】



梓蘭世の横顔がチラリとこちらを捉えた。


何か言いたいことでもあるのかと言わんばかりの探る

ような視線に非常に気まずい思いがする。


このまままたベラベラと自分の不満をこぼす前に何とか話を逸らさなければ……。



雅臣「そ、そういえば梓先輩、背伸びました?」


蘭世「え?マジ?」



さっきソファに並んで座った時に感じたことを唐突に

口にしてみるが、以前は少し見下ろすくらいだったのに今は俺と身長がほとんど変わらない。


問題は梓蘭世の方が俺より腰の位置が遥かに高い気が

することだが……。


いや、高いというよりスラリと伸びたシルエットが

芸能人ならではの完璧さでやはり洗練されていた。



蘭世「ま、何でもいいけど腹減ったな………」


雅臣「珍しいですね」



俺は思わずそう呟く。


いつもどこか浮世離れした雰囲気で、食欲すら超越しているかのように振る舞っているこの人の口から〝お腹が空いた〟なんて言葉を聞くことは滅多にない。


残暑が厳しいこの時期でも長袖のジャケットが華奢な体を包み、袖口から覗く手首は骨と皮だけでできているかのように細かった。



雅臣「……あの、何か買ってきましょうか?」


蘭世「喧嘩売ってんのか」



あまりのカリカリ具合が気の毒に思えてきて自然に提案してみるが、梓蘭世の反応は即座で、鋭利な刃のように切り込んでくる。


……何が気に入らないんだ?


一体何で怒らせたのかさっぱり分からず、言葉に詰まってしまい身を引いた。



蘭世「……明日オーディションなんだよ」


雅臣「お、オーディション?」



梓蘭世は吐き捨てるように言いながら視線を窓の外に

逸らし、ため息を漏らす。



蘭世「二階堂さんとこの新作コレクション」


雅臣「えっ!?梓先輩で決まってるんじゃ……」



半分以上出かけた言葉を、俺は慌てて飲み込んだ。


てっきりオーナーの二階堂さんと仲がいいから、モデルの仕事を回して貰っているんだと思っていた。


しかし梓蘭世は明らかに舐めてるのかという顔をして

いて、これ以上は余計なことを言わない方がいいと口を閉ざす。



蘭世「別んとこのは1本決まってるけどあっちはオーディションなんだよ……お前は明日一緒について来んの?」


雅臣「えっと、まだ何も聞いてないので確認しておきます」


蘭世「あっそ」



梓蘭世は吐き捨てるように言って、ソファの背もたれに頭を預けて目を閉じた。


その声には苛立ちと疲れが混じっていて、横顔のラインがいつもより遥かに儚く見える。


……何で気づかなかったんだろう。


いくら芸能人だからといってお腹が空かないわけない

じゃないか。


食べないという選択は仕事を勝ち取るために必要なことで、その細さは梓蘭世の厳しい努力の結果だと悟った。


誰もが自分と戦っていて、梓蘭世とて例外ではないと

俺は初めて知った。


あの小さな少年でさえ自分の得意分野を磨き目標に向かって突き進んでいるのに、俺ときたらいつまでもグダグダ不満を口にし、行動しているつもりで結局何も変わっていない。


俺が自ら起こした行動なんて柊と友達になりたくて弁当を一緒に食べようと声をかけただけじゃないかと恥ずかしくなってきた。


あれだって半分は勢い任せだったと落ち込んでいると、



蘭世「辛気臭ぇ顔しとんなよ。何か面白いことでもしろ」


雅臣「な、何ですか突然!!嫌です___」


蘭世「腹減って死にそうなんだよ。気を紛らわせる雑用の一環、はよやれって」



即座に拒否の姿勢を見せたが、容赦なく睨みつけられる。


しかしバイト代にはこの無茶ぶりも含まれているのかと考えると逆らう選択肢はない。


本当にわがままだなと頭をフル回転させながら俺の

できる限りの面白いことを考えてみる。



雅臣「じゃあトランプの手品でも披露しようかと……」


蘭世「トランプなんて…あぁ小道具にあるわ」



渋々提案すると梓蘭世はだらっとした姿勢からピクリと顔を上げ素早く立ち上がった。


部屋の隅にある雑然とした棚に向かい、ガサゴソと物をかき分け使い古されたトランプの束を引っ張り出すと俺の前に放り投げるように置く。



蘭世「やれよ」



相当、気を紛らわせたいんだろう。


俺はトランプを手に取ると、直ぐにカードをシャッフルした。


合宿最後の夜に一条先輩と少しだけ練習した時のマジックを思い出しながら挑戦する。



____が、しかし。



雅臣「あ、あれ?」



指先が思うように動かず、カードがバラバラと机にこぼれてしまった。



蘭世「下手くそ、貸せよ」



短気な梓蘭世は呆れたように手を伸ばし俺からトランプをひったくると、次の瞬間、手の中でカードがまるで生き物のように滑らかに動き始めた。



雅臣「え!?」



シャッフル、ファン、さらにはカードを1枚宙に浮かせて見せるその手さばきはプロのマジシャンそのものだ。


それなら最初から自分でやればいいのに、と思いながらも俺は素直に褒めた。



雅臣「上手ですね。一条先輩より手捌きが早くて__」


蘭世「そりゃ梅ちゃんには俺が教えたからな」


雅臣「え!?それならどうして俺にも……いえ、

暇じゃないですもんね。すみません」


蘭世「お前と違ってな。ま、いいわ」



ほっ、と梓蘭世はトランプを素早くシャッフルして遊んでいる。


実際に目の当たりにして気づいたが三木先輩も梓蘭世もやるべき事がちゃんとある。


勉強に真面目に取り組んでるわけでもない俺なんて暇人扱いされても当然だと思った。



雅臣「……やっぱり俺みたいな奴こそ大学に行くべき

なんだな」



ぽつりと呟きながら、家に帰ったら奨学金制度や学費免除のある大学をちゃんと調べようと改めて心に誓う。



蘭世「どしたよいきなり、 話せよ」



梓蘭世はトランプを弄びながら、怪訝そうに俺を見る。



雅臣「いや、もう俺は自分語りはしないと決めたので」


蘭世「へー、自分語りの自覚あったんだ。でも陰キャの自分語りほどおもしれぇもんないからはよ話せ」



……。


…………。


梓蘭世にまでそう思われていたのか。


俺の話なんてやはりただの愚痴にすぎなかったと再び

衝撃が走る。


それなら尚更自分語りなんてしたくないが、ここで断ればお腹が空きすぎて殺気立つ梓蘭世に殴られるか怒鳴られるか、何にせよ予測不能な事態が起きるに決まっている。


ここは前回の教訓を活かして、前置きは全て省いて簡潔に話すしかないと意を決した。



雅臣「俺は親金が切れるかもしれないので、将来を見越してバイトで生活費、学費を補う練習を今ここでしているのですが、改めて俺は要領が悪いなと思ったのでしっかり大学に行こうと決めた所存です」


蘭世「はい、失格。面白味なし、俺が面接官なら速攻

落としとるわ」


雅臣「じゃあどう言えばよかったんですか!!!」



ゲラゲラと笑う梓蘭世に憤慨しながら声を上げた。



読んでいただきありがとうございます。

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