238.【含みのある言い方】
あの後部室に戻ったものの、30分もしないうちに皆が
起きてくるだろうと踏んで俺と一条先輩はこっそり2階へ上がった。
そこで少しの時間だったが一条先輩がマジックを1つ教えてくれて、練習してみると1発で成功。
ミシンの件があってマジックまで苦戦したらと心配していたが、METUBEに上がっていた上級者用のマジック
動画も真似してみたらこれも見事に習得した。
不安要素が消えたと同時に皆が起きてきて、着替えも
終わり後は帰るだけだ。
蘭世「夕太頭そのまま帰んのかよ」
夕太「えー、もう家帰るだけだし……」
楓「にしても爆発してるよ」
蓮池の言うように柊の寝癖が凄いことになってるな……。
くるくる頭がいつもの倍膨れ上がっていて、あちこちに跳ねて鳥の巣のようになっている。
梅生「そうしたら俺は布団返してそのまま帰ろうかな」
雅臣「あ、俺も手伝います」
夕太「雅臣はまた帰らずに残ってた方がよくない?」
一条先輩に続いて立ち上がろうとするが柊に肩を押されて再び椅子に座らされる。
夕太「最後の戸締りもあるし、ジュリオン先輩も三木先輩もまだ荷物ここに置いたままだから戻ってくるっしょ?」
楓「三木先輩は?どこ行ったのさ」
蘭世「顧問に帰るって報告、そんで生徒会に布団返却
用紙出しに行くらしい」
梓蘭世に三木先輩の行方を聞いた蓮池は心底呆れた顔で俺を見つめた。
楓「……お前マジで最後くらい部長らしく戸締りだけはしてこいよ」
…………。
…………………………。
本当にその通りすぎて、項垂れるしかない。
責任持って戸締りだけはすると誓い、4人に布団の返却を任せることにした。
蘭世「梅ちゃん反対側持てよ」
楓「夕太くん、俺が持つよ」
それにしても蓮池も梓蘭世もこうも変わるか。
昨日とは打って変わって率先して布団ケースを持つ2人に呆れてしまう。
夕太「じゃ!!雅臣また9月な!!」
雅臣「おう、またな」
楓「宿題写メって送れよ」
柊が明るく笑顔で手を振るので俺も同じように返すが、蓮池の一言で勢いよく振り返る。
雅臣「何でだよ!!自分で__」
楓「9月も弁当食って欲しかったら送れ」
雅臣「それは関係ないだろ!?」
蘭世「うるせぇな早く行け!!でんも宿題くらい自分でやれ頭悪ぃんだから!!」
梓蘭世が最後まで喚く蓮池の尻を思い切り蹴飛ばす。
蓮池は最後まで俺に中指を立て舌を出していたが、
ようやく全員部室から出て行った。
突然静まり返る部室に何となく寂しくなって、最後に
掃除でもしておくかと立ち上がる。
雅臣「……はぁ」
……色々と濃い2日間だったな。
初日にあった事を忘れそうになるくらい濃密な時間
だったとフローリングワイパーをかけながら自然に口角が上がる。
ジャンケン大会もして、焼肉も食べて花火もして、更には先輩たちともたくさん話して……。
この夏休みはかつてないほど楽しくて、あんなに待ち
遠しかった合宿がもう終わってしまうだなんて信じられない。
夏休みが終わる寂しさもあるが、9月になったらきっと
また新しい楽しみが舞い込んで来るのだろう。
「……あれ?」
新学期が楽しみだと考えていると、突然、扉の開く音と誰かの声が聞こえて振り返る。
雅臣「桂樹先輩!」
桂樹「お、おぉ!雅臣いたのか」
雅臣「最後に掃除して戸締りしてこうかと……」
桂樹先輩は荷物を取りに戻ってきたのだろうが、キョロキョロと落ち着かない様子で部室を見渡している。
雅臣「えっと、皆さん布団を返してそのまま帰るのと、三木先輩は顧問に帰る報告と生徒会に寄るそうなので
まだ戻ってこないかと……そうだ、何か飲みます?」
桂樹「いや、いいって!あと俺も掃除手伝うよ」
桂樹先輩は俺の手からフローリングワイパーを奪うと
早速部室の掃除を始めた。
アイツらからは絶対に出てこない言葉に、その優しさに俺は心から感動してしまう。
俺がやりたくてやってることとはいえ、先輩の気遣いがとても温かく感じだ。
雅臣「いいんですか?すみません、助かります」
桂樹「いいも何もあるかよ!ったく、アイツら雅臣だけに何でもやらせやがって…」
お言葉に甘えてフローリングワイパーは桂樹先輩に任せて、俺は机を拭こうとウエットティッシュを取り出した。
昨日の三木先輩との会話を聞いてしまったせいで俺は
少しだけ気まずくなるが、いつも通りの桂樹先輩の姿にほっとした。
桂樹「合宿無事終わって良かったな。あと残りは衣装くらいだろ?」
雅臣「そうですね。それと俺のマジック……」
桂樹「そうじゃん!どう?できそう?」
雅臣「何とかなりそうです」
軽く話しながら机を掃除をしていると、置いてある皮のトレイの上には誰かのネックレスとリングが雑に入っている。
何でもかんでも気にせずに部室に置いてくなんて、
梓蘭世が蓮池しかいない。
トレイを退けて机を拭いて、ついでに絡まりそうな
ネックレスを丁寧に置き直していると桂樹先輩が静かに呟く。
桂樹「モデルはやるのに歌うのは嫌とか舞台に立つのは嫌とか……」
苦笑する桂樹先輩の目線は俺の手の中にあるネックレスに向けられている。
桂樹「芸能人の考えることはわかんねぇな」
すぐに梓蘭世のことを言っているんだと気がつくが、
桂樹先輩には合唱部では頑なに歌わなかったのに、SSCでは普通に歌う梓蘭世のことが理解できないのだろう。
確かに、梓蘭世の行動は周囲から見れば矛盾が多く不思議な行動に見えるのかもしれない。
でもあの人が活動休止中でも少しずつ仕事を受けているのは将来の復帰を見据えた戦略的だとか、何故歌いたくないのかなんて、本人と深く関わらなければ誰も知る由もないから仕方がないよな。
〝芸能人なんだからちょっとくらい歌ってやればいいのに〟と思っていた時期があった俺は桂樹先輩の複雑そうな表情を責めることはできなかった。
桂樹「ま、でも文化祭終わったら一気に受験モードだしな!今の内に遊んどかねぇと!」
さり気なく話題を切り替えるその自然な流れに、まるで何もなかったかのようにまた会話が弾み始める。
雅臣「桂樹先輩は成績も良いですし、大学は県外とかも視野に入れてるんですか?」
桂樹「いや、付属あるからそのまま上にあがるよ。三木じゃねぇんだから一々受験したりしねぇって」
雅臣「そ、そうなんですね……」
………。
この2日間、俺はこの含みのある言い方がずっと気になっていた。
三木先輩との微妙な距離感や、どこか棘のある言葉。
桂樹先輩の明るい笑顔の裏にはどんな思いが隠れているのかなんて分かるわけもなかった。
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