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237.【溢れ落ちた言葉】




一条先輩の言葉が、じわじわと俺の内側に潜んでいた

本音をそっと浮かび上がらせる。



俺はもしかして怖かったのか?



これまで見ないふりをしていた自分の気持ちが初めて

クリアな輪郭を帯びた。


親父との関係や、将来の不確かな影を考えることを避けていたのはきっと怖かったからだ。


何か行動を起こせば今の幸せな時間が壊れてしまうかもしれない。


そんな恐怖が心のどこかでずっと燻っていたのだとようやく気がついた。



雅臣「俺…その、親父と連絡取るのがやっぱり怖くて、色々先のこと考えるのが怖いんです」



声を絞り出すように言うと一条先輩は柔らかな笑みを

浮かべる。



梅生「今から話すことは藤城に直ぐに何か行動に移せ

ってことじゃないんだけどさ」


雅臣「は、はい」


梅生「……必要以上に怖がらなくても大丈夫。失敗から

学ぶことはたくさんあるよ」



一条先輩の声は揺るぎない強さを湛えていた。


その笑顔には幾多の試練を乗り越えてきた者にしか出せない深みのある男らしさが滲んでいる。



梅生「それに傷つくことだって経験の内だよ」




___何て重みのある言葉なんだろう。



穏やかな笑顔、軽やかな冗談、一条先輩は周りの空気を一瞬で皆を笑顔にする魔法のような力を持っている。


でもその瞳の奥はいつも寂しげで、どこか1歩後ろに引いているように見えたのは先輩の環境や過去の傷がそうさせたのかもしれない。


傷ついてもちゃんと立ち上がってきた、色んな経験をしてきた一条先輩の言葉だからこそ、俺は信用できて心が軽くなった。



雅臣「あ、ありがとうございます……気持ちが楽になりました」


梅生「ほんと?なんか上手いこと言えなくてごめんね」


雅臣「そんなことないですよ!?こう、救われたと言いますか……」



蓮池や柊のアドバイスだって俺の心を救ってくれた。


でも、一条先輩のように似た境遇を生き抜いてきた人

からの言葉が1番確かな希望をくれる。



梅生「本当にね、大丈夫だから。俺だって何とかなってきたんだから」


雅臣「……」



一条先輩は自分自身のことは仄めかすだけでやっぱり

多くは語らなかった。


ご両親がいないこと以外俺は何も知らないし、本人が

語らない以上聞くつもりもない。


控えめな微笑みは触れられたくない傷を隠し、語らずともその裏の物語を静かに伝えていた。



雅臣「すみません、俺の話ばっかり」


梅生「俺は人の話聞くの好きだから大丈夫。それに

やっぱり藤城といると気が楽だな」


雅臣「お、俺もです……!!一条先輩と話すとペースが

合うというか……」



一条先輩との会話は静かな湖畔で語り合うような自然さがあって、1番自分自身が穏やかでいられる気がする。



雅臣「蓮池とか梓ら…梓先輩とか。あの人達は会話も

行動も全部が早いから時々ついていけなくて」


梅生「分かるよ。蘭世といると……流れ星みたいな感じだな」


雅臣「キラッと光ってすぐ過ぎ去る、でしたっけ?それ韓ドラのセリフですよね」


梅生「バレた?」



ゆったりと流れる時間の中で俺達は顔を見合せて笑い

合った。


ふと、一条先輩が立ち上がって東の空に輝く明けの明星を見つめる。




梅生「……光りすぎてて眩しいよな」




薄く青紫に染まる空を見上げて、一条先輩強く目を閉じた。


その瞼の裏にはここにはいない梓蘭世を思い浮かべているのだろう。



梅生「目が眩むんだよ」



そう呟く先輩の横顔を見て、俺は何故か無性に引き込まれていく。




梅生「芸能人だからとか、そういうのじゃないんだよ。でも……俺には眩しすぎる」




切なさと寂しさが混じったような声が2人だけのピロティに響く。


ペースが、スピードが。


存在の全てが眩しいと語る一条先輩から目が離せなくなる。


一条先輩がずっと心の奥にしまっていた言葉が溢れ落ちた瞬間だった。



梅生「俺も誰かに気持ちを話せたらなって思うんだけど……」



ゆっくりと目を開いた一条先輩の声はどこか探るような響きを帯びている。


しかし待てど暮らせど続く言葉は出てこなくて、代わりにため息だけが夜の静寂に溶けた。



……今は言えないってことだよな。



何か話したいことがあるように見えるけど、先輩はどこか自分を戒めるように自分の腕を右手で強く握りしめた。


苦しそうな顔を見て、俺は思わず口を開く。



雅臣「お、俺が!!!」


梅生「え?」


雅臣「俺がいつか先輩の話を必ず聞きますから!!」




先輩の温かい笑顔や、さりげなく差し伸べられる手、

どんな時も変わらない優しさに、俺は何度も救われてきた。


だからこそ、今度は悩む先輩に俺が手を差し伸べたい。



雅臣「もちろん話したくなった時で構わないです。

先輩、俺はいつでも先輩の味方です」



胸に灯った思いは揺るぎない決意となって、この気持ちが一条先輩に伝わるようにしっかりと見つめた。



梅生「……ありがとう」



呟きと共に夜の帳が薄れ、朝焼けの光がピロティに差し込みその顔を優しく照らす。


その光は俺達の不安も寂しさも全て浄化するようにゆっくりと広がっていく。




梅生「ほら、夜が明けるよ」




陽光がまるで無限の未来を指し示すかのよう、俺たちを温かく眩しく照らし出していた。



梅生「……戻ろっか!」


雅臣「はい」



夜通し話し込んだ俺たちは朝日に導かれるよう笑い合いながら、部室へと続く道をゆっくり歩き出した。





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