236.【夜は長い】
雅臣「あ、いやその!!悪く言ってたとかじゃなくて!!」
梅生「大丈夫、分かってるよ」
その穏やかな声に少しだけ落ち着くが、梓蘭世がこぼした一条先輩への思いを勝手に話してしまったことを酷く後悔した。
せっかく2人が普通に穏やかに話せるようになったのに
俺の軽率な言葉でまた溝ができてしまったらと不安が
頭をよぎる。
雅臣「あの、梓先輩が……一条先輩に嫌われてるんじゃないかって心配していて……」
梅生「……俺が?蘭世を?」
____また口を滑らせた。
一条先輩が少し驚いたように顔を上げるが、その反応を見て俺は更に焦ってしまう。
梓蘭世から聞いた話を誰にも話さないと誓ったのに、
結局先輩への不安を口にしてしまった。
途端に梓先蘭世の〝絶対はない〟という言葉が脳裏に
響いて申し訳なさでいっぱいになる。
梅生「嫌うわけないよ。むしろ嫌うのは蘭世の方かもね」
雅臣「えっ?」
だが、言い表せない感情を抱えて不安に揺れる一条先輩の顔は梓蘭世と全く同じだった。
梅生「___本当のことを話すのって難しいね」
本当の事……?
親友に何か隠し事でもあるのだろうかとじっと見つめるがさっぱり分からない。
雅臣「あ、甘いものをもっと食べたいとか…?」
梅生「ハハッ……そうだね、そんな感じ」
一条先輩は軽やかに笑うがどうも本心は違うような気がする。
俺は小さな違和感を感じていた。
梅生「まぁマジックも悪くないけどさ?やっぱり文化祭の余興はシュークリーム早食い対決にするべきだと思うんだ」
雅臣「そ、それはちょっと……」
梅生「どうして?皆でこう1列に舞台に並んでさ」
生き生きとシュークリームへの思いを語り始める一条先輩に苦笑するが、早食い大会なんてやったところで先輩の1人勝ちは目に見えている。
一緒に参加させられた俺達は腹を壊すだけで、それなら俺がマジックを頑張る方がマシな気が……。
……あれ?
また肝心なことをサラリと躱されたような___。
梅生「そう言えば藤城、最近どう?」
雅臣「最近……というと?」
梅生「夏休み、東京帰ったの?」
一条先輩はトランプを切る手を止めて何気なく問いかけるが、急に自分の今の状況を思い出して気鬱になる。
親父のことや金のこと。
そして、これからのこと。
合宿を全力で楽しんでいたこの2日間は何1つ考えることもなかったが、どうしたもんだかなとため息が出てしまう。
蓮池や柊に話を聞いてもらってなんとか気持ちを持ち
直したものの、漠然とした不安はまだ残ったままだ。
雅臣「東京には……帰ってないです。その、俺まだ親父と会うの気まずくて」
梅生「そっか」
どうしたらいいのか分からなくて視線を彷徨わせる俺に気づいた先輩は優しく微笑んだ。
梅生「もし俺でよければいつでも話聞くからね」
一条先輩は急かすことなく、ただ静かに俺の心に寄り
添うだけだ。
俺みたいに余計なことを言うこともなくいつも落ち着いた対応で、自分の浅はかさが恥ずかしくなる。
ふと頭の中で蓮池の声が響く。
『ベラベラいらんことばっか話しやがって』
全く持ってその通りで、自分が話しすぎたという自覚はある。
梓蘭世にもうるさいと言われたばかりだし、こんな話を相談されても困るのはわかっているが、その優しさに甘えたくなってつい本音をこぼしたくなった。
雅臣「ありがとうございます……その、今お言葉に甘えてもいいですか?」
梅生「うん、いいよ。時間はあるしね」
雅臣「実は___」
俺は堰を切ったように一条先輩に現状を話し始めた。
今は楽しく学校に通えているが、来年からどうなるのかわからないこと。
親父が今何をしているのか気になるのに、連絡したら喧嘩になり東京に引き戻されるかもしれない不安や、この楽しい時間がずっと続いて欲しいのに叶わないかもしれないという焦り。
俺の取り留めもない、どうしようもない悩みを一条先輩は嫌な顔1つせず聞いてくれる。
話し終えた後の沈黙が妙に重くのしかかり、気まずさを誤魔化すように俺はジュースを飲み干した。
梅生「大丈夫だよ。俺も親いないけどさ、何とかなってきたよ」
その言葉に、俺はハッとする。
一条先輩の人生は俺なんかよりずっと大変だったはずだ。
それなのにこんなにも力強く〝大丈夫〟と言ってくれる。
梅生「子どもは親を選べないからね」
雅臣「…………」
一条先輩の表情と柊が時折見せる大人びた表情が重なって見えた。
その目の奥には過去の痛みが滲んでいるように見える。
先輩の目は、今までどんな景色を見てきたんだろう。
どれほどの重さを背負いながら、膝を折らずに立っていたんだろう。
一条先輩のように1人で前を向いて生きていく力強さが俺にはない。
梅生「藤城」
雅臣「は、はい……」
梅生「簡単には自分の望んだ形にはならないかもしれないけど、失敗を恐れないで」
それでも、一条先輩の眼差しはどんな暗闇でも希望を見出す強さが宿っていた。




