235.【眠れぬ夜に】
…………。
………………。
雅臣「痛いな……!!」
昨夜と寸分違わぬ状況に陥り滅茶苦茶に腹が立つ。
合宿最終日、朝まで1階でゲーム三昧だと意気込んでいた梓蘭世と柊はあっという間に即落ちした。
そのまま皆で寝る流れになったのだが、変に目が冴えてしまって未だに寝つけない俺は相変わらず柊に蹴飛ばされている。
横で安らかに眠る梓蘭世を決して蹴らないその不公平さまでがほんと腹立たしい!!
本当は起きてるんじゃないかと思うほど正確無比な蹴りに、くるくる頭を1発殴ってやろうかと布団の上で拳を握りしめる。
……三木先輩ももう寝ただろうか?
何となく階段上に視線を彷徨わせるが、2階から物音は
何もしない。
三木先輩はゲームを少し楽しんだ後仕事の調整のために
2階へ上がっていったが、そのまま1人そこで眠ってしまったのだろう。
このまま寝相の悪い柊に蹴飛ばされるくらいなら俺も
こっそり2階へ移動してしまおうか。
そんなことを考えていると、静寂に包まれた部室に
シャッシャッと空気を切る音が響く。
雅臣「……いっ!?」
思わず大きな声を出しそうになり慌てて口元を手で抑える。
暗闇に目を凝らすと、一条先輩が梓蘭世の隣でトランプをリズミカルに切り続ける異様な光景が見えた。
雅臣「お、起きてたんですか……?」
梅生「何か目が冴えちゃって」
そう答える声は柔らかく暗闇の中でも温かみが伝わってきた。
雅臣「そうだったんですね。俺も眠れなくて……」
これのせいでと柊を指差せばまた蹴られそうになって
慌てて避ける。
その姿を見て一条先輩はクスクスと笑った。
梅生「なぁ、外出ない?」
雅臣「外?」
梅生「少し話そうよ」
暗闇の中でもその笑顔が月明かりのように柔らかく輝いているのがわかる。
俺は小さく頷き、誘われるがまま外へ出た。
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部室をそっと抜け出した俺達は校舎のピロティへと向かった。
夏の蒸し暑さがまだ重く空気に絡みつき汗ばむ肌にまとわりつくが、それでもそこは静かで薄暗いコンクリートの柱の間にかすかな風が通り抜ける。
遠くで蝉の声が途切れ途切れに響く中、
梅生「はい、藤城」
一条先輩が自販機から買ってきた冷たいジュースを
手渡してくれた。
雅臣「えっ、あ、ありがとうございます!お金……」
梅生「いいよ。付き合わせてるし」
一条先輩は軽く笑うだけで、そのさりげない優しさに
俺の心はほのかに温まる。
ジュースを1口飲めば冷たくてさっぱりした味わいが喉を潤し、ほんの一瞬日常の喧騒を忘れさせてくれるようだった。
梅生「これ持ってきちゃった。マジック教える約束しただろ?」
取り出したのは角がすり減り色褪せたトランプで、裏返したカードをシャッシャッと音を立てシャッフルする。
その音が夜の静寂にリズミカルに響き、カードが指先で踊るように混ざり合い、魔法のような素早い動きに思わず見入ってしまう。
雅臣「マジック、俺にもできますかね」
梅生「練習したら誰でもできるさ」
雅臣「でももし失敗したら……」
文化祭本番は最初の盛り上がりが肝心なのに、広い舞台のスポットライトの下で失敗したら……そんな不安が
胸を締め付ける。
シラけた空気に包まれながらその後歌うだなんて皆に
申し訳ないと、前向きな気持ちになれないでいる俺を
見て一条先輩は柔らかく微笑んだ。
梅生「上手く出来なくても別に問題ないよ」
雅臣「……え?」
梅生「ミスしたらその時考えればいいんだよ。それに
柊がコサックダンスでも踊って笑わかしてくれるだろうし」
頭の中で柊が『絶対ミスすると思ったらから!』と
フォローしてくれるところまで想像がつく。
発案者は柊なんだからアドリブは任せてしまおうと笑うその軽やかな言葉に、俺の肩の力がふっと抜けた。
そうだよな、気負いすぎるのもよくないよな。
一条先輩の笑顔を見ていたら自然にそう思えるように
なってきた。
梅生「そうだ、失敗しないか占ってあげようか?」
雅臣「え!?先輩占いもできるんですか!?」
まさかの言葉に目を丸くする俺に、先輩は裏返した
カードから1枚引くよう促す。
梅生「俺に見せずに覚えておいて」
指示通りそっとカードをめくり、クラブの7を確認し覚えたことを伝えると一条先輩は目を閉じふむふむと頷く。
梅生「そのカード、ハートの9ですね?」
…………。
自信満々に宣言されたが……。
雅臣「い、いや……クラブの7ですけど……」
梅生「ふむ、髪型はボブで目がぱっちりした裏表のない子と文化祭で親しくなるでしょう……」
雅臣「……え!?」
全く的外れな適当すぎる占いに俺は思わず顔を上げるが、一条先輩は目を輝かせ口元を抑えて静かに笑っている。
雅臣「か、からかわないでくださいよ!」
梅生「ごめんごめん、藤城反応いいからつい」
その茶目っ気たっぷりの笑顔に、俺は思わず大声を上げてしまった。
しかも俺の好きなタイプをしっかり覚えていたんじゃないか!!
蓮池と柊にバラされなくて良かったと改めて思いながら、一条先輩の軽妙なユーモアに心が和む。
………一条先輩はいつもこうだ。
どんな時も自然と皆を笑顔にし、場の空気を温かくする。
あの梓蘭世ですら一条先輩と話す時は何よりも楽しそうで、普通の高校生らしい無邪気な笑顔を見せる。
一条先輩にそうさせる力があるんだろうと全てが理解できた。
雅臣「……梓先輩が、」
梅生「蘭世? 蘭世がどうかした?」
突然上がった自分の親友の名前に一条先輩が首を傾げる。
雅臣「一条先輩が前みたいに戻って良かったって言ってました」
梅生「……えっ?」
雅臣「その……元の明るい一条先輩に戻ったって」
一条先輩の目が一瞬揺れ、夜の静けさに溶け込むように小さく笑った。
梅生「戻った……か。戻ったって、なんだろうな」
一条先輩の笑顔はいつもと変わらず優しいが、その奥には何かしら言葉にできない想いが潜んでいるようだった。
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